「夜明け告げるルーのうた」レビュー

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映画
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評価 ★★★★☆(65点) 全107分

あらすじ 東京出身の中学三年生である足元カイは、日無町の父の実家で、父・祖父と三人で暮らしていた。日無は人魚の伝承のあるひなびた漁港だった。引用- Wikipedia

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自由と死生観を波のように描く

本作品は湯浅政明監督による劇場オリジナルアニメ作品。
監督は湯浅政明、製作はサイエンスSARU。
脚本は吉田玲子

湯浅政明監督の世界観


引用元:(C)2017ルー製作委員会

冒頭から「湯浅政明」という監督の世界観をビンビンに感じることができる。
等身が高くひょろっとしたキャラクターデザインのキャラクターたちは、
癖はありつつも、そのくせが「湯浅政明」監督の個性そのものだといわんばかりの
デザインであり、長い手足はキャラクターたちの感情をより見てる側に伝えている。

アニメでありながら「ミュージカル」のような見せ方だ。
表情だけでなくキャラクターの肉体すべてを使って表現する。
「劇場アニメ」という大きなスクリーンを舞台にするからこその、
キャラクターの大胆な動き、メリハリのあるカメラアングルが
見ていて飽きさせない画作りになっている。

主人公である「足元カイ」のボソボソとした喋り、暗い性格のキャラと
「湯浅政明」監督が好きそうな主人公だ(笑)
そしてそんな彼がクラスメイトと離れ島で曲を奏でていると、
「何者か」の声が聞こえてきてオープニングが始まる。

楽しげ明るくポップなオープニングは
「クレヨンしんちゃん」を手掛けてきた湯浅政明らしさ全開だ。
映画が始まって10分ちょっとで「湯浅政明」の作品の世界観が広がる。

人魚の住む街


引用元:(C)2017ルー製作委員会

主人公が住む街は田舎であり、漁業と傘くらいしか産業がない。
そんな寂れた町だが「人魚」の伝説が残っている。
主人公が曲を奏でると海に住む人魚は反応し、彼に近づいてくる。
それが「ルー」だ。
彼女は「音楽」を聞くと足が生え、水の中から出ることができる。

これをセリフや文章では決して説明しない。
この作品における「人魚」という大事な要素を、
きちんと「アニメーション」で見せて説明する。

主人公にとって「田舎」は何の可能性も感じない閉鎖した世界観だった。
だが「ルー」と出会ったことで世界が広がる、
その世界の広がりはアニメーションとしてもしっかりと表現される。

「ルー」による大胆な水の使い方と表現は自由そのものだ。
水で物体を浮かし、空すら飛ぶことができる。
主人公たちが彼女と出会わなければ知ることの出来なかった景色を見ることで、
思春期な彼らの鬱屈とした行き場のない気持ちも解き放たれていく。

「ルー」は主人公に出会い、
音楽を聞かなければ彼女は地上を歩く脚を得ることが出来ない。
彼と一緒にカセットデッキ片手に夜の街を歩き、
見るもの全てが新鮮に感じ「好き」になる。

主人公にとっては見慣れた光景が、彼女にとっては新鮮で好きなものだ。
彼女は本当に自由だ。収容されている捨て犬や野良犬すら彼女は自由にする。
「犬魚」になった犬達は海へと泳ぎだす。
拘束されていた存在から新しい生命の生まれ変わりと大海原への旅立ちは、
ある意味で究極の自由かもしれない。

その自由なルーと出会い、過ごしたからこそ主人公の心も自由になっていく。
友達と明るく笑い、楽しそうに過ごす姿、
彼自身もまたルーに「自由」にしてもらった存在だ。


引用元:(C)2017ルー製作委員会

ある意味でこの作品の主役とも言っていいのが「水」だ。
人魚であるルーは水を自由に操ることができる。
自由に操り、自由に泳ぎ、自由に潜る。
主人公とともに海の世界に行くときの表現は本当に見ていて気持ちがいい。

「海」だからこその揺れを大胆に表現し揺らしまくる。
どれだけの作画枚数がかかってるんだと思わず心配になってしまうほど
揺らしまくりな水の表現は「水の中」と「水の外」の境目まで描かれる。

リアルな質感ではなく「アニメーション」としての面白さを追求した
水の表現は思わず目を奪われる。

大人


引用元:(C)2017ルー製作委員会

「ルー」の踊りは人が誘われて踊ってしまうことも有り、
大勢の前で彼女の姿が晒されてしまう。
寂れた田舎で「人魚」が現れれば必然的に大人は利用しようとする。

大人は子供の「自由」を奪う存在だ。
この作品ではそれがより対比として顕著に現れており、
自由を求める子供に対し、大人は自由を奪う。
子供の環境や、生き方や、希望を「束縛」するのが大人だ

ルーという自由な存在に対し、この作品の大人は束縛する。
「ルー」を利用しようとした大人は「ルー」に対しても
勝手に恐怖心をいだき、勝手に捕まえてしまう。
大人にとって「自由」というのはある意味で恐怖だ。

だからこそ束縛する。身勝手な自由への束縛は
「お陰様のたたり」によって大人に返ってくる。

自由だ


引用元:(C)2017ルー製作委員会

大人の中にも「自由」を求めるものが居る。主人公の父親がそうだ。
彼は離婚という失敗も犯した、だが、それは自由に生きてきた結果だ。
「自由」の象徴たる人魚が居てくれたことに喜び、
主人公に対し「自由に生きていい」と助言を与える。
親という存在からの「自由」の一言はより主人公の心を開放する。

そんな自由は大人の心をも開放していく。
長い間「人魚」を憎いもの、悪いものとを考えていた老人も
人魚の「真実」を知ることで長い間の思いを開放する。
凝り固まった大人でさえも人魚という「自由」を得る。
長い束縛からの開放だ。

自由を得た少年は人魚に歌う。自由に歌はつきものだ。
物語でたった1度だけ彼が最後の最後で歌う。
決して彼の歌は上手ではない。
精一杯の彼の歌声は人魚に届き「元気」になる。
がむしゃらな彼の声は見てる側に自然と涙を誘う。

人魚


引用元:(C)2017ルー製作委員会

人間を助けるために多くの人魚は犠牲になっている。
だが人魚たちにとっては「死」すら自由の形の1つなのだろう。
彼女たちの多くは「人魚に噛まれて人魚になった」ものたちだ。

そのままでは死んでしまう命が人魚よって人魚にされる事で生きながらえた存在だ、
ある意味で「幽霊」のような存在だ。
人魚たちは彼らの前から居なくなる。
せっかく分かりあえたのに、人魚が住める環境ではなくなってしまう。

だが、以前の主人公とは違う。「ルー」にであったことで彼は変わった。
自由な気持ちを、世界は広いということを、愛を知った。だから諦めない。
もしかしたらまた「彼女」に会えるかもしれないという希望を胸に、
物語が終わる。

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総評:しみじみと伝わる名作


引用元:(C)2017ルー製作委員会

全体的に見て実に「湯浅政明」監督らしい作品だ。
一人の少年が「人魚」と出会うことにより自由を知り成長をする。
物語としての本筋は綺麗に一本ぶれずに描かれる。
良い意味でこの作品の物語は王道だ。

そんな真っ直ぐなストーリーを「歌」や「ダンス」といった
コミカルな表現で盛り上げ、大胆な「水」の表現で
アニメーションとしての面白さを追求している。
シンプルなストーリーのキャラクターの感情をアニメーションという形で
より深く見ている側に伝えるように作られている。

だからこそ、主人公である少年もサブキャラである同級生たちも、
頑なだった大人たちにも、感情移入をすることができる。
少年たちは自由を知り、大人たちは開放される。
自由と開放が終盤で畳み掛けるように描かれることで思わず涙腺を刺激されてしまう

この作品を声を大にして「面白かった!」というにはややパンチに
欠ける部分がある、だが、見終わった後にしみじみと体中を
余韻が駆け巡るような面白さが有る作品だ。

最初から最後まで波に揺られるような心地よさを感じつつ、
その波が時折荒ぶったり、静まったり、最後は潮を引くように静かに去る。
なんとも「湯浅政明」という監督らしい作品だったと感じられる作品だ。

個人的な感想:情報量の多さ


引用元:(C)2017ルー製作委員会

「湯浅政明監督」といえば情報量の多さだ。
前作の「夜は短し歩けよ乙女」はまさにその情報量の多さの
真骨頂のような怒涛なストーリー展開だった。

しかし、そんな前作に比べてこの作品は大人しめだ。
そういった意味で言えば湯浅政明監督が一般受けを
意識した作品と言えるかもしれない。

だが、そんな中でもたった数分のシーンで再会を描いて涙を誘われたり、
言葉ではなく「アニメーション」で見せて説明しようとしたりと
湯浅政明監督らしい情報量の多さは節々に感じる。
それが受け入れられない、わからないという人はいるだろう。

おそらくもっと削ぎ落とせばこの作品は多くの人に受け入れられただろうと
感じる部分はありつつも、そうしてしまうと湯浅政明監督らしさが
失われてしまうようで難しいところだ。

私個人としては前作の「夜は短し歩けよ乙女」が好きだが、
湯浅政明監督が色々と模索しているのを感じる作品でも有り、
湯浅政明監督の今後の作品がより楽しみになった作品だ。

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