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【サクガン】なぜ全部うまくいかなかったのか?Project ANIMA全3作品を振り返る【メビウスダスト】

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オタク歴25年、アニメレビュー歴13年、YouTube登録者11万人。 個人的な視点で語るアニメ批評です。

【サクガン】なぜ全部うまくいかなかったのか?Project ANIMA全3作品を振り返る【メビウスダスト】

どうもみなさん、今回はアニメコラムです。
みなさんは「Project ANIMA」という企画をご存知でしょうか?

2018年に始まったこの企画は、
DeNA、文化放送、創通、MBSが共同で立ち上げた
オリジナルアニメ制作プロジェクトでした。

ここ10年ほどのTVアニメはものすごい数の作品を
アニメ化していて、そのせいもあって「原作不足」と言われることがあります。
だからこそ、アニメ化に直結した作品を募集しよう、
そんな企画だったのかもしれません。

一般から小説、脚本、漫画、企画書などを募集し、
そこからアニメ化する作品を選びました。

第一弾は「SF・ロボットアニメ部門」、
第二弾は「異世界・ファンタジー部門」、
第三弾は「キッズ・ゲームアニメ部門」。

公式には「2020年代を代表する作品の創出」と、
「次世代を担うアニメ作家の発掘」を掲げていました。
言葉だけを見れば夢のある企画でしたね。

自分の考えた作品がコンテストで選ばれ、
プロのアニメ制作会社によってTVアニメになる。

「選ばれたら即アニメ化!」
という華々しいキャッチフレーズまで掲げられていました。

そんなProject ANIMAで選ばれたのは3作品でした。

2021年の「サクガン」、
2024年の「魔法使いになれなかった女の子の話」、
そして最後の2026年の「メビウスダスト」。

3作品すべてを見届けた今、
私の中に残ったのは1つの疑問でした。
Project ANIMAとは、いったい何だったんだろうかと。

この記事では今一度、Project ANIMAを振り返り、
この企画が何だったのかを考えていきたいと思います。

サクガン

Project ANIMAの第一弾としてアニメ化されたのが
「サクガン」でした。

第一弾「SF・ロボットアニメ部門」では
大賞に該当する作品がなく、
準大賞だった「削岩ラビリンスマーカー」が
アニメ化対象作品として選ばれています。

準大賞といえど、数千にのぼる応募作の中から選ばれた作品でした。
それを原案として生まれたのが「サクガン」です。

私自身、「サクガン」の1話は非常に高く評価していました。
地下世界という独特な世界観、父と娘の掛け合い、
ワーカーロボット、未知の世界を旅するというワクワク感。
1話だけなら今でもかなり好きな作品です。

しかし、その期待感は話数を重ねるごとに失われていきました。
1クールしかないにもかかわらず、
目的地へ向かう本筋とはあまり関係のない寄り道が続きます。
いわゆるロードムービーものですね。

旅が進めば進むほど謎は増え、仲間も増え、世界観も広がります。
しかし、物語は進みません。
そして大量に残された謎をろくに回収しないまま、
最終話を迎えてしまいました。

「何だったんだ、これは」

という感想だけが残った作品です。

サクガンの悪夢再び

その3年後に放送されたのが、
第二弾の「魔法使いになれなかった女の子の話」でした。

3年のブランクの間にはコロナ禍もありましたが、
私はサクガンがあの有様だったので、
この企画自体がなくなったものだと思っていました。

そんなサクガンから3年後、
私はこの作品を見たとき、
かなり早い段階で嫌な既視感を覚えていました。
サクガンと同じだったからです。

この作品にも良い部分はありました。
特に水彩画のような、絵本を思わせる独特なアニメーションは個性的で、
古代魔法と現代魔法という設定にも面白さがあり、
普通科に入ってしまった主人公が
どうやって魔法使いになるのかという導入も分かりやすい。

しかし、そこから大量のキャラクターが出てきます。
先輩、同級生、先生、
主人公を狙う謎の人物。

1話からキャラクターを大量に出し、
それを掘り下げるために体育祭や学校行事などを描く。
しかし、サクガンと同様に1クールしかありません。

キャラクターが多い、設定も多い、伏線も多い。
そのどれもを少しずつ触るせいで、
作品全体が薄くなってしまっていました。

私は当時、

「1クールのアニメなのに4クールのアニメを見せられている」

ような感覚だとレビューでは書きました。
そして最後には、大量の伏線を残したまま終わり、
サクガンと同じ気分を味わいます。

メビウスダスト

そして最後の作品が「メビウスダスト」。
私はProject ANIMAの3作品中、すでに2作品を酷評しています。
だからこそ、最後の1作品がどうなるのかは色々な意味で気になっていました。

三度目の正直となるのか。
二度あることは三度あるとなるのか。
結果は後者でした。

しかも、ある意味では前2作品より酷かった。
大量の能力者、5つのチーム、30人を超えるキャラクター、
様々な能力、ゲーム、研究、記憶改変、メビウスダストという物質。

材料だけなら山ほどあるのですが、
そのほとんどが物語に活かされません。
作中の大半でゲームをしているのに、
そのゲームには勝敗の意味すらない。

勝っても何も得ない。負けても何も失わない。
それなのに延々とゲームをする。
大量にいるキャラクターもほとんど掘り下げられず、
主人公の重要な設定は終盤まで引き伸ばされる。

1クールの大半を使って描いたゲームが、終盤になると逆に消える。
そして原案を見ると、さらに驚きます。

公式に残っている「メビウス・ダスト」の原案では、
隕石によって生まれたメビウスダストによって経済格差が生まれ、
血戦同盟というテロ組織があり、警察の対RC特殊機動部隊があり、
その隊員を育てる学校という設定でした。

アニメとはまるで違います。
Project ANIMA公式では、この原案は「練りこまれた設定」と
「魅力的なキャラクターデザイン」を評価され、
大賞に選ばれているのですが……。

その評価した部分はどこへ行ったんでしょうか(苦笑)

原石

Project ANIMAという企画は、本来なら「原石を探す企画」だったはず。
まだ世に出ていない作家から、まだ誰も知らない物語を見つける。
それをプロの制作会社が磨き上げ、アニメとして世に送り出す。

そんな企画だったはずです。
しかし、3作品を見届けた私には、
逆のことをしているように見えてしまいました。

原石を見つけて、磨くのではなく削り直す。
削って、削って、元の形が分からなくなるまで削る。
そのうえで新しいパーツを大量につける。

結果として、原案の良さも、
アニメとしてのまとまりも失ってしまう。
Project ANIMAは、「面白い原案を見つけられなかった企画」ではなく、
むしろ逆で、面白くなりそうな原案を見つけていました。

だからこそ審査を通った。
サクガンの原案となった作品も、まほなれも、
メビウスダストも、少なくとも審査員が可能性を感じるだけの何かがあった。
問題は、それをどうアニメにするかだった。

それなのにアニメ化するにあたって、
元の形が分からなくなるまで削り、
さらに付け足したせいで、
せっかくの審査と原案が台無しになっています。

多すぎる

そして3作品に共通しているもう1つの問題があります。

要素が多すぎる。
サクガンには、地下世界、怪獣、マーカー、ロボット、
世界の謎、組織、仲間たちがいます。

まほなれには、大量の生徒、教師、
古代魔法、現代魔法、魔素、主人公の祖母、
謎の組織などがいます。

メビウスダストには、30人を超える能力者、
5つのチーム、ゲーム、研究、記憶改変、
メビウスダストの謎があります。

どれも素材だけなら
2クールや4クール使ってもおかしくない。
そんな規模感の設定とキャラクターがある作品ばかりなのですが、
Project ANIMAの作品は1クールが中心です。

1クールしかないのに、4クール分くらいの設定を入れ込んだ結果、
どの作品も肝心なところが薄くなる。

キャラクターを出しすぎて掘り下げられない。
謎を出しすぎて回収できない。
設定を増やしすぎて説明できない。

そして、本筋とは直接関係の薄い話にまで尺を使う。
Project ANIMAの3作品には、
奇妙なくらいこの傾向が共通しています。

捨てられない

だから私は、Project ANIMAの作品は
「足りない」のではなく、
「捨てられない」作品だったのではないかと思っています。

アイデアを捨てられない、キャラクターを捨てられない。
設定を捨てられない、伏線を捨てられない。
なので全部入れる。

しかし、全部入れた結果、全部が薄くなっています。

アニメ制作において、何を描くかと同じくらい
「何を描かないか」は重要なはず。
1クールなら、1クールで描ける物語にする。

主人公と、その物語に本当に必要なキャラクターに絞る。
回収できない謎なら出さない。
しかし、Project ANIMAの作品は、
その逆を行っています。

原案とは

3作品を見ていて、Project ANIMA最大の疑問はここにあります。

なぜ原案を募集したのか。
Project ANIMAは普通のオリジナルアニメ企画ではありません。
一般から原案を募集し、それを審査して、
アニメ化する作品を選ぶ。

そこが企画最大の特徴でした。

にもかかわらず、実際に完成した作品を見ると、
その原案を大幅に変えているものが目立ちます。

もちろん、小説や企画書をそのままアニメにすることなど出来ません。
映像作品にする以上、構成やキャラクターを整理する必要もあり、
設定を追加することもあるとは思います。
それ自体は普通のことです。

しかし、元々その原案の何を評価して選んだのか分からなくなるほど
変更してしまうのであれば、話は別です。

だったら、なぜその原案を選んだのか。
という疑問が生まれます。
特にメビウスダストに関しては、
原案として選んだ意味がないほど別物になっています。

船頭多くして

Project ANIMAには多くの企業が関わっている企画でした。
DeNA、文化放送、創通、MBS。
さらに部門ごとに、サテライト、J.C.STAFF、
動画工房がアニメ制作を担当しています。

審査の段階でも編集者、プロデューサー、制作会社など、
多くの人が関わっています。
メビウスダストのWikipediaを見てもらえば分かりやすいですが、
プロデューサーだけで11人もいるのは異様としか言いようがありません。

もちろん、多くの会社が関わったから作品が悪くなったと
断定することは出来ません。
しかし、3作品を見ていると、
「船頭多くして船山に登る」という言葉が
どうしても頭に浮かびます。

誰かが出したアイデアを、誰かが膨らませる。
別の誰かがさらにキャラクターを増やす。
また別の誰かが新しい設定を加える。
そうやってどんどん膨らんだものを、
最終的に1クールへ押し込む。

実際の制作過程がそうだったのかは分かりません。
しかし、完成した3作品には、
そう感じさせるほどの「要素の多さ」と「まとまりのなさ」が共通しています。

結果的に企画会議の中心にあったはずの原案が
跡形もなくなっている。
そんな印象を受けます。

企画とアニメ

Project ANIMAは企画としては面白かった。
これは今でもそう思う部分です。

一般から原案を募集し、アニメ業界の外にいる人にも
TVアニメの原案者になるチャンスを与える。

そこから2020年代を代表する作品を作る。
夢のある企画で、第一弾には数千もの応募がありました。
それだけ多くの人が、
この企画に夢を見たということでもある。

だからこそ、完成した3作品を見たときの
「これで良かったのか」という疑問が強く残る。

アニメ化したという事実

Project ANIMAとは何だったのか。
3作品すべてを見届けた今、
私はこう思います。

「面白い原案を見つける」というところまでは
成功していたのかもしれない。

しかし、
「その原案を面白いアニメとして完成させる」というところで
うまくいかなかった企画だった。

原案を発掘した、審査した、選んだ、アニメ化した。
そこまでは出来た。

しかし、
なぜその作品を選んだのか。
どこを面白いと思ったのか。
その魅力をアニメでどう見せるのか。

そこが3作品とも見えづらかった。
極端に言えば、Project ANIMAは原案を募集したというより、
アニメ制作のための「素材」を募集してしまったようにすら見える。

素材として分解し、制作側で再構築する。
その結果、選ばれた作品そのものの意味が薄くなってしまった。

Project ANIMAとはなんだったのか

「選ばれたら即アニメ化!」
そんな華々しい言葉から始まったProject ANIMA。

2018年から始まり、サクガンが2021年、
まほなれが2024年、そして最後のメビウスダストまで、
ずいぶん長い時間がかかった。

私はその3作品をすべて見届けました。
1作品目では、「もったいない」と思った。
2作品目では、「また同じことをしている」と思った。
そして3作品目を見終えた時、
「この企画は何だったんだ」と思った。

面白くなりそうなものはあった。可能性もあった。
制作会社も揃っていた。
それでも、3作品とも私には満足できる作品にはならなかった。

Project ANIMAは失敗するために始まった企画ではありません。
むしろ、アニメ業界の外から新しい才能を見つけ、
新しい作品を生み出そうとした挑戦的な企画でした。

だからこそ残念でなりません。
原案を募集した意味は何だったのか。
コンテストで選んだ意味は何だったのか。
そして、Project ANIMAでなければならなかった理由は何だったのか。

3作品すべてを見ても、私はその答えを見つけられなかった。
最後に残ったのは、
「選ばれた作品がアニメになった」

その事実だけだった。

関わりすぎた

ここまで長々と書いてきましたが、個人的な答えとしては
「Project ANIMA」に関わる大人が多すぎたことが
大きな要因だったのではないかと思っています。

関わる人が増えれば増えるほど会議の時間も伸び、
アイデアもあふれる。
しかも、完成した作品だけを見る限り、
原案者の意向よりも制作側の判断が強く反映されたようにも見えます。

そうなると皆が「自分が面白いと思うアニメ」の案を出し、
それを盛り込みまくって、
結果として1つ1つの作品が、
二郎ラーメンの特盛のような状態になっている。

客としては器からこぼれ落ちたものが多く、
何を食べているのか分からない。

関わっている大人や会社が多いからこそ、
第一弾の結果を受けても企画自体を止めるのが難しく、
最後までやりきるしかなかった。
そんな事情もあったのかもしれません。

いつか大手のアニメ制作会社や企業が1社だけで、
Project ANIMAのような企画をやれば
成功するかもしれません。

果たして、この企画に続く猛者が現れるのか……。

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