アニメを見て後悔したことはあるだろうか?
私はこのブログで16年間、
2000作品以上のアニメをレビューしてきた。
当然ながら、面白いアニメもあれば、つまらないアニメもあった。
なかには100点満点で0点という、
極めて厳しい評価を下した作品も数多く存在する。
だが、勘違いしないでほしい。
私はクソアニメが嫌いなわけではない。
むしろ好きな部類だ(笑)
ツッコミどころだらけのストーリー、
予想の斜め上を行く展開、どうしてこうなったのかと首をかしげたくなる演出。
そんなアニメは、たとえ作品としての完成度が低くても、
ある種の娯楽として楽しめる。
いわゆる「トンチキアニメ」というやつだ。
しかし、そんな私でも本気で「見なければよかった」と思うアニメが存在する。
後悔アニメ
面白くないだけならまだいい。
ることすらできず、ただ時間だけが過ぎていく作品。
好きだった原作を台無しにされた作品。
期待していたからこそ、裏切られたショックが大きかった作品。
今回は16年間のレビュー人生を振り返り、
私の心に深い傷を残したアニメを10作品選んでみた。
なお、今回は単純な点数順ではない。
どれだけ私が見たことを後悔したか。
その一点を基準に選んだ、極めて個人的なランキングだ。
第10位 ステラ女学院高等科C3部

2013年放送、GAINAX制作のオリジナルアニメ。
私にとってGAINAXは特別な存在だ。
『まほろまてぃっく』という作品を通して、
自分がオタクであることを自覚した私にとって、
GAINAX制作というだけで作品への期待値は自然と上がってしまう。
そんなGAINAXが女子高生のサバイバルゲームを描く。
いかにも当時の深夜アニメらしい設定であり、
序盤は女子高生たちがサバゲーを楽しむ、比較的わかりやすい作品だった。
ところが、4話以降、物語は妙な方向へと進んでいく。
主人公のゆらがサバゲーにのめり込み、
次第に仲間との関係がおかしくなっていくのだ。
もちろん、趣味に熱中するあまり周囲が見えなくなるという展開自体は、
成長物語として成立する。
しかし、この作品はあまりにも極端すぎた。
そもそもサバゲーは、あくまでエアガンを使ったゲームである。
ところが主人公は手が震えるほど恐怖し、
まるで本物の銃で殺し合いをしているかのような反応を見せる。
一方で、アニメーションは妙に超人的だ。
女子高生が壁を走り、壁を蹴り上げ、空中で回転しながら弾丸を避けて射撃する。
お前たちは一体何の競技をしているんだ(笑)と
このあたりまではまだ突っ込むことが出来た。
後半になると至近距離で撃ち合っても弾が当たらないなど、
もはやサバゲー本来の面白さを感じられなくなっていく。
そして、主人公のゆらは仲間との関係を悪化させ、
ついには他校のサバゲー部に入るという謎の行動まで取る。
主人公をどん底まで追い込みながら、
その問題を解決するのが、彼女を説得できるはずの仲間たちではなく
「幽霊」というのも理解に苦しむ。
見たことのない人は、この説明を聞いても何が何だかわからないだろう。
安心してほしい。
実際に見てもよくわからない。
3話くらいまでは普通に楽しめたからこそ、
その後の展開には大きく失望した。
GAINAXへの期待、題材への期待、そして序盤の面白さ。
そのすべてが裏切られたという意味で、今でも忘れられない作品である。
第9位 レディスポ

宇宙を舞台に美少女たちがさまざまなスポーツに挑戦する短編オリジナルアニメ。
設定だけ聞けば、それほど悪くない。
宇宙でスポーツ。
地球とは違う環境で、さまざまな競技を描くこともできそうだ。
ところが、このアニメを見ていると、一つの疑問が浮かんでくる。
そもそもアニメーションとは何なのだろうか?
この作品は静止画を使った演出が非常に多く、キャラクターがほとんど動かない。
いわゆるFlashアニメに近い印象を受ける作品であり、
普通のテレビアニメで期待するような動きは極めて少ない。
もちろん、静止画を使ったアニメが悪いわけではない。
動きが少なくても演出や構図、テンポ次第で魅力的な作品は作れる。
しかし、問題はこの作品の題材が「スポーツ」であることだ。
スポーツという題材において、動きをほとんど描かないのは致命的ではないだろうか。
作画の使い回しも多く、安易なお色気描写が目立つ一方、
肝心の競技のルールもよくわからない。
美少女たちが宇宙でさまざまなスポーツをしている。
それ以上でも、それ以下でもない。
さらに、途中からロボットバトルまで始まる。
もうスポーツですらない。
最終話ではキャラクターが融合するなど、
理解しがたい展開を見せたまま、物語は投げっぱなしで終わってしまう。
これだけ変わった要素がそろっていれば、
うまく料理することでトンチキアニメとして楽しめたかもしれない。
しかし、残念ながら私にはそう感じられなかった。
原作を持たないオリジナルアニメでありながら、
なぜこの企画を、この形でアニメーションにしたのか。
その疑問だけが妙に記憶に残っている作品だ。
第8位 メビウスダスト

2026年のアニメであり、今回のランキングでは最も新しい作品となる。
この作品を語るうえで欠かせないのが「Project ANIMA」という企画だ。
2018年に始まった、一般からアニメの原案を募集するプロジェクトであり、
本作はその最後を飾る作品だった。
ところが、私はこの作品を1話から厳しく評価することになった。
まず、登場人物があまりにも多い。
30人以上のキャラクターが登場し、複数のチームに分かれてゲームをする。
問題は、1クールという限られた尺の中で、
それだけのキャラクターを描き切れるのかということだ。
当然ながら、一人ひとりの掘り下げは足りず、設定だけが宙に浮いてしまう。
しかも、このゲームが驚くほど面白くない。
能力バトルという題材でありながら、能力そのものが印象に残らず、
ゲームに勝っても負けても大きな変化が起こらない。
一体、何のためにゲームをしているのだろうか。
そして、作品の大部分を占めていたゲームは、
終盤になると今度はほとんど行われなくなる。
そもそもProject ANIMAは、アニメ化する原案を募集するという企画だった。
しかし、完成した作品は選ばれた原案から大きく変更されている。
もちろん、原案を映像化する過程で変更が生じること自体は珍しくない。
それでも、これほど大きく変えてしまうのであれば、
原案を募集したことにどのような意味があったのかと考えてしまう。
同じProject ANIMAから生まれた『サクガン』を今回のランキングに入れるか悩んだ。
だが、『サクガン』は少なくとも1話は面白かった。
一方で、『メビウスダスト』には序盤から魅力を感じられなかった。
長い年月を費やした企画の最後を飾る作品として、
あまりにも残念な結果だったと思う。
第7位 はてな☆イリュージョン

2020年放送のアニメ。
原作は松智洋先生によるライトノベルであり、
イラストを担当したのは『To LOVEる』などで知られる矢吹健太朗先生だ。
豪華な組み合わせであり、本来なら魅力的なキャラクターを
活かしたアニメになるはずだった。
しかし、実際に放送された作品は、私の想像を超えるものだった。
まず、作画が常に不安定すぎる。
顔がカットごとに変わり、体のバランスがおかしくなり、
キャラクターデザインの魅力を十分に表現できていない。
さらに放送スケジュールにも問題が生じ、最終話は延期となってしまった。
ただし、本当に厳しかったのは作画だけではない。
ストーリーもまた、非常に退屈だった。
主人公は奇術師を目指しながら、
不思議な力を持つアーティファクトを巡る騒動に巻き込まれていく。
ところが、とにかく話が進まない。
1話で説明したことを2話でも説明し、数話かけてようやく物語が少し動く。
その一方で設定だけは増えていく。
そして、ようやく迎えた最終話では、今度は逆に展開を詰め込みすぎてしまう。
だが、私がこの作品を特に残念に感じた理由は別にある。
原作者である松智洋先生は、アニメ放送前に亡くなられている。
故人が残した作品をアニメ化するのであれば、なおさら丁寧に制作してほしかった。
もちろん、制作に関わった人々も良い作品にしようと
努力していたのかもしれない。
しかし、少なくとも完成したアニメから、私はその成果を感じ取ることができなかった。
当時の私は、このアニメを「死者への冒涜」「墓荒らし」のようだとまで評した。
非常に強い言葉ではあるが、それほどまでに原作への敬意を感じられず、
失望した作品だった。
第6位 週刊ラノベアニメ

2025年に放送された、複数の短編作品で構成されるアニメ企画だ。
人気ライトノベル作家やイラストレーターが参加しており、
企画だけ聞けば面白そうに思える。
しかし、その完成度は私にとって極めて厳しいものだった。
まず、映像表現に強い違和感がある。
CGやモーションキャプチャーなどの技術を活用しているものの、
キャラクターの動きや見た目には不自然さが目立った。
さらにAIの使用でも話題になった作品だ。
私はAIをアニメ制作に使うこと自体を一概に否定するつもりはない。
新しい技術によって制作の可能性が広がり、
それが面白いアニメにつながるのであれば歓迎したい。
しかし、この作品については、その技術が完成した映像の魅力に
つながっているようには感じられなかった。
そして、私が特に問題だと思ったのが放送形態である。
複数の物語を、それぞれ約5分ずつに分けて放送するという形式だ。
一つの物語に集中できたかと思えば、すぐに別の物語が始まる。
ようやく続きが気になってきたところで、また別の作品に切り替わる。
その結果、どの作品も細切れになってしまい、物語への没入感が著しく損なわれていた。
一つの作品をまとめて放送した方が、まだ楽しめたのではないだろうか。
しかも、続きはYouTubeで見るように促す展開まである。
新しい技術への挑戦は評価したい。
しかし、それ以前にアニメとしての見せ方や構成に問題が多すぎた。
AIを使うかどうかという議論の前に、まず面白い作品を作ってほしい。
第5位 無責任ギャラクシー☆タイラー

私は『無責任艦長タイラー』が大好きだ。
宇宙を舞台に、飄々とした主人公タイラーが周囲の人間を振り回していく。
ただの無責任な男にも見えるが、その言動には不思議な魅力があり、
彼を取り巻く人々との関係も作品の面白さにつながっていた。
そんなシリーズの新作として登場したのが『無責任ギャラクシー☆タイラー』だった。
しかし、実際に始まったのは1話約5分の短編アニメ。
もともとの『無責任艦長タイラー』は、1話約30分の2クールアニメだった。
その作品を知っている身としては、まずこの短さに驚かされた。
しかも、舞台は前作から遥か未来の世界であり、主人公も別人だ。
新しい世界観やキャラクターを描くには、それなりの時間が必要になる。
ところが、限られた尺の中で意味のわからないギャグや脱線が繰り返される。
さらに驚いたのは、前回までのあらすじまで入ってくることだ。
物語は一向に面白くならず、
かつてのシリーズが持っていた魅力もほとんど感じられない。
そして何より、私が許せなかったのは、
この作品に『無責任艦長タイラー』という名前を使う必要性を
感じられなかったことだ。
もしこれが完全新作のSFギャグアニメであれば、
単純につまらない作品として終わっていただろう。
しかし、わざわざタイラーという名前を冠しているのである。
当然ながら、かつてのファンは期待する。
その期待に対して提示された作品がこれだった。
当時のレビューでは「悪質な同人アニメ」とまで表現した。
私にとってこれは、単につまらないアニメを見た後悔ではない。
大好きだった作品の名前が使われ、その魅力が失われてしまったことへの失望だ。
第4位 覇穹 封神演義

原作は藤崎竜先生による、全23巻の漫画作品。
『封神演義』は1999年にもテレビアニメ化されているが、
そちらはアニメオリジナルの展開が多かった。
そのため、2018年の再アニメ化には期待していたファンも少なくなかったはずだ。
ところが、今回のアニメは企画段階から無理があったのではないだろうか。
*原作全23巻を、全23話のアニメにまとめようとした。
当然ながら、相当な取捨選択が必要になる。
そして、その構成を担当したのが高橋ナツコ氏だった。
結果として、物語は1話から猛烈な勢いで進んでいく。
重要な展開を飛ばし、原作のエピソードを詰め込み、
まるでダイジェストのように話が進んでいく。
例えるなら、スーパーの特売で袋に商品をぎゅうぎゅうに詰め込んでいるようなものだ。
少しでも多く入れようとして、無理やり押し込む。
そして、とうとう袋が破けてしまった。
さらに驚いたのが総集編だ。
普通、総集編というのはそれまでの物語を振り返るものである。
ところが、この作品では、それまで本編で描かれていなかった
展開まで盛り込まれてしまう。
総集編なのに、総集編になっていないのは流石は高橋ナツコ女子だ。
そして最終話。
重要な展開を大幅に飛ばし、原作の先の場面へと強引につなげてしまう。
もちろん、限られた話数で長編原作をアニメ化することが難しいのは理解できる。
しかし、だからこそ丁寧に構成する必要があるのではないだろうか。
途中まで描いて終わるという選択肢だってあったはずだ。
それなのに、無理やり最後まで描こうとした
結果、物語のつながりが失われてしまった。
高橋ナツコ氏の脚本・シリーズ構成については、当時から私も厳しく批評してきた。
ただ、そもそも全23巻を23話に収めるという方針自体にも、
大きな問題があったと感じている。
私にとって、原作付きアニメの失敗例として忘れられない作品だ。
そして、同じようなことをしてしまった作品が、もう一つある。
第3位 約束のネバーランド Season 2

『約束のネバーランド』の第1期は素晴らしかった。
日本アニメ版『プリズン・ブレイク』ともいうべき、
閉鎖された施設からの脱出劇。
緊張感のある心理戦と、少しずつ明らかになっていく世界の謎。
子供たちが知恵を絞り、命がけで脱出を目指す展開には大いに引き込まれた。
だからこそ、第2期には大きな期待を抱いていた。
ところが、実際に始まった第2期は、あまりにも残念な内容だった。
その問題は、先ほど紹介した『覇穹 封神演義』とよく似ている。
長い原作を、無理やり短い話数に押し込めてしまった。
本来であれば、さらに複数のシーズンを使って展開できるほどの原作が存在している。
しかし、アニメでは第2期の1クールで物語を完結させようとした。
当然ながら、原作から大幅な変更が行われる。
重要なエピソードやキャラクターが削られ、物語は猛烈な勢いで進んでいく。
その結果、第1期で丁寧に積み重ねた世界観やキャラクター描写が、
第2期ではあっさり処理されてしまう。
本来なら困難なはずの問題も、都合のよい展開で解決していく。
あの第1期の緊張感は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
終盤に至っては、まるで物語を何とか完結させることだけが
目的になっているかのようだった。
さまざまな問題が駆け足で解決し、気づけばハッピーエンドを迎えている。
もちろん、アニメオリジナルの展開を描くこと自体が悪いわけではない。
原作を大胆に改変して成功した作品も存在する。
しかし、この第2期については、原作を改変したことで
作品が面白くなったとは到底思えなかった。
むしろ、第1期の素晴らしさまで損なわれてしまったように感じたのである。
今回のランキングの中でも、期待と失望の落差はトップクラスだ。
もし第1期だけで終わっていたなら、
私の中ではもっと印象のよい作品として残っていたかもしれない。
いつか、原作の魅力を丁寧に描いた形で再アニメ化してほしい。
そう願わずにはいられない作品だ。
第2位 クリオネの灯り

私のトラウマアニメの一つだ。
2017年に放送された短編アニメで、いじめられている少女と、
その周囲の人々を描いた作品である。
題材だけ聞けば、友情や命の尊さを伝える感動的な物語になりそうだ。
しかし、実際の完成度は極めて厳しかった。
まず、映像のクオリティが低い。
キャラクターの作画は不安定で、立ち絵や同じ構図が繰り返される。
制作には京風とまとが関わっているのだが、
その低予算を感じさせる映像表現は、物語への没入を妨げるものだった。
さらに、短編アニメであるにもかかわらずテンポが悪い。
1話約10分しかないのに、セリフとセリフの間が妙に長く、なかなか話が進まない。
短いはずなのに長く感じる。
ある意味で恐ろしいアニメである。
声の演技にも不安定な部分が多く、アイドルや俳優、
プロの声優が混在する中で、演技の質にばらつきを感じた。
もちろん、声優以外の人間が声を当てること自体が悪いわけではない。
しかし、シリアスな題材だからこそ、演技に違和感があると
物語に集中できなくなってしまう。
そして、問題はストーリーにも存在する。
いじめられていた少女が入院し、学校に来なくなると、
物語はどこかホラーのような雰囲気へと変化する。
まるで生霊のような形で登場人物に関わってくる展開もあり、
作品が何を描きたいのかわからなくなっていく。
さらに、いじめっ子が「俺たちも別に虐めたくて虐めたわけじゃない」という
趣旨のセリフを口にする。
その後の反省の描写も強引で、いじめという重い題材を扱っているにも
かかわらず、人物の感情の変化に納得できなかった。
感動するどころか、苦笑いするしかない。
1話あたりの制作費の安さをうたっていた京風とまとだが、
少なくともこの作品から、低予算でも面白いアニメを作れるという
可能性は感じられなかった。
そして、この京風とまとという名前は、
私にとって非常に忘れられないものとなっている。
なぜなら、今回のランキング第1位にも関わっているからだ。
第1位 JKめし!

16年間、2000作品以上のアニメをレビューしてきた。
その中で、私が最も見たことを後悔したアニメ。
それが『JKめし!』である。
2015年放送の短編アニメであり、
女子高生3人が試験勉強をしながら、
休憩がてら簡単な料理を作って食べるという作品だ。
設定だけ聞けば、何の変哲もない日常系料理アニメである。
ところが、この作品は私に恐ろしい体験をさせてくれた。
まず、驚くほど動かない。
キャラクターの動きは硬く、アニメーションとしての魅力をほとんど感じられない。
制作に関わっているのは、先ほどの『クリオネの灯り』でも登場した京風とまとだ。
だが、この作品の本当の恐ろしさは作画ではない。
料理アニメなのに、食事シーンをまともに描かないのである。
例えば1話では、焼きとまと味噌汁を作る。
料理の過程は手元を映す程度であり、いよいよ完成した料理を食べる場面になる。
料理アニメならば、キャラクターが美味しそうに食べる表情を描き、
料理の魅力を伝えるところだろう。
ところが、この作品は違う。
なぜか家の外観を映すのだ。
なぜ料理アニメで大切な食事の場面を見せないのか。
料理を作る過程も十分に描かれず、食べる場面も描かれない。
では、一体何を楽しめばいいのだろうか。
料理パート以外では、女子高生3人が試験勉強をしながら雑談をする。
しかし、この会話がまた面白くない。
そして簡単な料理を作って食べる。
これを繰り返す。
ただひたすら繰り返す、それが、全26話も続く。
1話約5分の短編アニメとはいえ、全26話で約2時間。
約2時間もの間、似たような映像と似たような展開を見せられ続ける。
もはや苦行である。
おそらく、1話だけ見たのであれば、そこまで辛くはないだろう。
むしろ、料理アニメなのに食事を見せないという演出に笑ってしまうかもしれない。
しかし、2話、3話、4話と見続けるうちに、その笑いすら消えていく。
最初はツッコミを入れていた。
次第に呆れるようになった。
そして、ある時点から何も感じなくなる。
無である。
面白いとも、つまらないとも思わない。
怒りも、笑いも、驚きも生まれない。
ただ、アニメが再生され、時間だけが過ぎていく。
私はこの作品を通して、アニメを見るという趣味における、
ある種の悟りに至ったのかもしれない(笑)。
普通、アニメを見ていれば何らかの感情が生まれる。
面白ければ笑うし、感動すれば泣く。
酷い作品であれば怒ることだってある。
しかし、『JKめし!』は違った。
アニメを見ているのに、何も感じなくなってしまった。
これは、私のアニメレビュー人生において、非常に珍しい経験だった。
クソアニメとして笑える作品なら、まだ救いがある。
しかし、この作品はその段階を超えていた。
もし私がアニメレビューをしていなかったら、間違いなく0話、
あるいは1話で視聴をやめていただろう。
それでも、最後まで見てしまった。
見始めた作品は、できる限り最後まで見て評価したい。
そんな自分の信念を、これほどまでに後悔したことはなかった。
16年間で最も見たことを後悔したアニメ。
その第1位は、今でも『JKめし!』だ。
それでも、私はアニメを見続ける
改めて振り返ると、よくこれだけの作品を最後まで見てきたものだと思う。
途中で視聴をやめていれば、こんな思いをする必要もなかっただろう。
しかし、私はアニメをレビューする以上、
できる限り最後まで見たうえで評価したいと考えている。
もちろん、一般の視聴者がつまらない作品を無理に見続ける必要はない。
限られた人生の時間を、どのような作品に使うかは個人の自由だ。
だが、どんなアニメでも最後に面白くなる可能性はある。
最初はつまらないと思っていた作品が、終盤の展開によって傑作になることもある。
逆に、序盤は素晴らしかった作品が、最終回ですべてを台無しにしてしまうこともある。
だからこそ、私は最後まで見届けたい。
特に、私のようにレビューや感想という形で世の中に評価を発信するのであれば、
作品を最後まで見たうえで評価することが、一つの責任ではないかと思っている。
今回紹介した10作品も、最後まで見なければ、
これほど強烈な記憶として残ることはなかっただろう。
そう考えると、後悔した時間にも、レビューを書き続けてきた
私なりの意味があったのかもしれない。
もっとも、もう一度見たいかと聞かれれば、答えは決まっている。
絶対に見たくない(笑)



