「かくしごと」レビュー

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日常
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評価 ★★★★★(90点) 全12話

あらすじ かつて下ネタ漫画がヒットしたこともあるベテラン漫画家・後藤可久士は一人娘の姫を溺愛していた。引用- Wikipedia

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漫画家人生30年、「久米田康治」此処に在り。

原作は久米田康治による漫画作品。
監督は村野佑太、製作は亜細亜堂

かくしごとはなんですか?


画像引用元:かくしごと 1話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

1話冒頭、そんなヒロインの語りから始まる。
父一人娘一人。そんな家庭で育ったヒロインは
18歳になった日にある場所へと足を運ぶ。
今まで知らなかった父親の「隠し事」、
娘にはいっていなかった父親の「隠し事」は「描く仕事」だ。

かってに改蔵、絶望先生を手掛けた久米田康治先生だからこその言葉遊び、
そんな言葉遊びの面白さをタイトルの時点からしっかり感じさせ、
久米田康治先生らしくないともいえるしっとりとした雰囲気と
ストーリー運びが不思議な雰囲気を醸し出している。

しかし、そんな雰囲気から一転する。
主人公である「後藤 可久士」はシモネタ漫画家だ。
とても一人娘にはそんな事は言えない(笑)
だからこそ彼は自らの描く仕事を隠し事にしている。

一人娘である「姫」を愛してるがゆえに隠す、嫌われたくなりがゆえに隠す。
周りにはバレまくっているが、それでも姫にだけはバレたくない。
ワンピースやアンパンマンを描いているわけではないからこそ、
自分の仕事を姫に隠す。

漫画家あるある


画像引用元:かくしごと 1話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

この作品は漫画家あるあるを基本としている。
ある意味で「久米田康治」先生の実体験も含めているのだろう。
漫画家として30年、久米田先生が漫画家として味わった様々な経験、
それがこの作品に捧げられていると行っても過言ではない。

漫画家の描きたいものを描かせない編集者、
対して売れてもないのになんか偉そうにしている漫画家、
漫画だからこそ味わった経験や漫画家として出会った人々が
この作品には詰め込まれている。

ある意味で漫画家としての「業」を描いていると言ってもいい。
ワンピースやナルトを書いてるわけじゃない、
世間の認知度が低いともいえる漫画を書いている漫画家だからこその生きづらさ、
自分の娘に自分の仕事を素直に言えないジレンマ。

父親として娘に「隠し事」をしている後ろめたさは、
「久米田康治」先生自身の漫画家としての自己投影のようなものを強く感じる。
自己投影してるのに自虐的なのも彼らしく、
どこかこの作品が久米田先生にとっての「集大成」、
有終の美を飾るための作品ではないかと感じさせるような雰囲気すら漂う。

あるあるネタもある、いつものようなギャグもある。
思わず「それはやめてあげて笑」と思うような皮肉たっぷりな漫画ネタは
漫画を好きであればあるほど笑えてしまうはずだ。
だがそれが全面に出すぎてはいない。わざとらしさやあざとらしさがなく、
ギャグアニメというよりは日常アニメの中にギャグがあると言ったほうがいい。

クスクスと笑えるギャグはしっかりありつつも、何処か哀愁がある。
「絵だけでも、文章だけでも食っていけないから漫画を描いている」
「俺はいつまでこの仕事をできるんだろうか」
久米田康治先生自身の声が主人公から漏れ出るようなセリフが、
哀愁を感じさせる。

もしかしたら久米田先生は
この作品を最後の仕事にしようと思っているのかもしれない。
そう感じさせるような何か去就に駆られるような内容だ。

父と娘


画像引用元:かくしごと 1話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

本当に二人の関係性が微笑ましい。
母親が居ないからこそ絆がより深いものになっており、
互いが互いを気遣い支え合っている。

本当にニヤニヤするほど微笑ましい。
主人公が愛情を精一杯注いで育った彼女はいい子であり、
いい子だからこそ主人公は彼女のことが心配で心配で仕方ない。
父が娘を精一杯思い、娘も父を精一杯思ってる。
この二人の関係性が本当にニヤニヤしてしまう。

二人が何気ない会話をし、何気ない会話から毎話物語が広がっていく。
娘に言われればあっさりと考えを変えちゃう主人公も可愛らしく、
娘も父親も可愛い。そんな二人を見守っていられる。
この微笑ましい関係性がたまらない。

父と娘、二人の生活だからこそ二人が支え合って生きている。
見返りを求めない、血の繋がりがあるからこその親との子の無償の愛、
そんな互いの無償の愛に涙を誘われる。

毎話のエンディングで流れる「君は天然色」
誰しも1度は聞いたことのあるこの曲がこの作品の雰囲気にあっており、
しっとりと優しいエンディングが染み渡る。

18歳


画像引用元:かくしごと 5話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

1話と同様に時折、時系列が「姫が18歳」のときに移る。
隠し事が描く仕事であることを姫が知り、なぜか主人公は居ない。
仕事場はボロボロで、何があったのか。
それが話が進みながら断片的に語られる。

徐々に紐解かれていく未来の主人公と姫の現在、
1クールの中でゆっくりと進むその物語はミステリーのような面白さがあり、
幸せな「10歳の姫と主人公」の日々が描かれつつも、
なにかが起こった「18歳の姫と主人公」が断片的に描かれることで、
先が気になって仕方なくなる。

不在の主人公、売られた家と仕事場。彼と彼女に何が起きたのか。
断片的に語られ徐々に紐解かれていく。

キレキレのギャグ


画像引用元:かくしごと 7話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

まさにキレッキレだ(笑)主人公を演じる神谷浩史さんのツッコミは
安定したツッコミを生み、ボケに対して彼がしっかりと勢いよく、
だが下品ではない上品さすら感じるツッコミだからこそ、
この作品のギャグはすんなり笑える。

ネガティブであり、そこから生まれる誇大妄想を広げる。
久米田先生らしいギャグではあるものの、
久米田先生らしい時事ネタはほぼない。押尾学をいじりまくっていた。
そんなギャグはもうない(笑)
その代わりに今作の場合は自虐と娘への愛が含まれている。

かってに改造とも、絶望先生とも違う。
哀愁と愛に溢れたギャグが笑えると同時に何処か微笑ましく、
優しい空気感が生まれている。昔よりも角がとれ鋭利さは失われた。
だが、鋭利さが失われた分、その丸みを生かした優しい笑いが生まれており、
30年という長い漫画生活で培った言葉によるギャグは
流石としか言いようがない。

下書き


画像引用元:かくしごと 12話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

母親が居ないということを普段は感じさせず、姫もそれを表に出したりはしない。
彼女は父親が好きだからこそ子供として父親を気遣っている。
だからこそ「母親が居ない」という寂しさを表には出さない。
だが、ときおり、それを感じさせる。

いじらしいまでの子供なりの気遣いが彼女自身の魅力に繋がる。
子供なりに精一杯背伸びをして父親を支えようとする姿は健気であり、
だが、まだ子供だからこその子供らしい1面が本当に可愛い。
彼女の何気ない一言が主人公の心を救う。
さりげない涙が、見てる側の涙腺を刺激してしまう。

本当は明るい未来のはずだった。妻が生きていて
3人で明るく暮らしてるはずだった。そんな明るい未来を描いていたはずなのに
超えられない今が彼にとって心の枷になっている。

「超えられるわけがない、下書きを超える線はひけない」

だが、姫に彼は救われている。1度描いた下書きは超えられないかもしれない。
だからこそ違う下書きで二人は幸せを築こうとする。
見ている人がひしひしと感じさせる父と娘の物語がしっとりと描かれている。

読者にもかくしごと


画像引用元:かくしごと 10話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

断片的に語られる18歳の姫と主人公。主人公の悲哀はギャグ漫画家ゆえのものだ。
ギャグ漫画家は明るくなければならない。
作品と作者を読者は別に考えられず、妻を事故で失ったことが
世の中にバレてしまう。

何が面白いのか、どうすれば笑えるのか。
世間に自分の過去を知られたがゆえに読者に笑ってもらえる漫画を描けなく
なってしまっている。ギャグ漫画家としては致命傷だ。

彼は娘にだけでなく、読者にもかくしごとをしている。
ギャグ漫画家だからこそ悲しいプライベートはバレてはいけない。
ギャグ漫画家としての「久米田康治」先生の矜持のようなものすら感じる。
この作品は紛れもなく「久米田康治」という一人の漫画家の自己投影だ。

幸せな時間がずっと続けばいい。連載している漫画がずっと続けばいい。
だが、終わりは来る。最終話、全てのかくしごとが明らかになる。
主人公である後藤 可久士のかくしごと、姫自身のかくしごと、
この作品のかくしごと。

最終話


画像引用元:かくしごと 12話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

かなり話としては詰め込まれている。
しかし、ここまで謎をためてためたからこそ最終話でそれを一気に爆発させる。
「姫」自身が長年父親に隠していた自分の気持ち、主人公自身に何が起きたのか。

主人公に起きた出来事ですら、この作品は漫画が絡んでいる。
ある意味で皮肉だ。最低なことをする奴を皮肉る。
漫画家は漫画から逃げても漫画からは逃げられない。
そんな「業」すら感じさせる出来事だ。

後藤 可久士が10年以上やってきたことの真相。
ギャグ漫画家が読者に隠していたかくしごと。
この作品自体が隠していたかくしごとが一気に明かされる。

一気に物語は進む。深い深い愛の物語だ。
後藤 可久士だけではない。彼に関わる人全てが彼を好きだった。
だからこそ彼思うからこその一人ひとりの行動やセリフに胸を締め付けられる。

「せめて読者のために続きを描かないと」

指さえ動けば仕事ができる。みんなが読者のためではなく
「後藤 可久士」のために漫画を描く姿と、それを見つめる「姫」の姿。
初めて見る父が仕事をしている風景。
みんながみんな優しく、愛にあふれている。
一人ひとりの今を描きつつ、後藤 可久士を再生していく。

「お父さん。お父さん。私…やっぱりワガママでダメな娘です」

ずっとワガママなんて言わなかった姫、そんな姫の最後のわがまま。
父にとって娘のワガママは愛だ。最終話、愛で主人公が記憶を取り戻す。
なんてベタな展開だ。ネームで通らないようなあまりにもベタな展開だ。
だが、ハッピーエンドだからそれでいいじゃないか。
そう言わんばかりのラストは美しさすら感じてしまう。

父の隠し事は描く仕事、そんな隠し事は娘にバレると同時に
娘にも1つ隠し事ができる。
愛に溢れたラストは涙なくては見れないラストだ。

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総評:これは一人の漫画家の自己投影


画像引用元:かくしごと 11話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

全体的に見て素晴らしい作品だった。
久米田康治先生らしいネガティブな主人公ではある、
自虐的な漫画家あるあるをギャグにしつつも、
そんないつもの久米田康治作品とは違い、この作品は愛にあふれている。

久米田康治先生が漫画家として歩んできた30年。
それがこの作品には詰め込まれている。
自分の子供に素直に自分の仕事を言えない後ろめたさ、
漫画家という職業が抱える「業」、それをギャグにしつつ、
同時に「親子愛」を落とし込むことでハートフルなストーリーに仕上げてる。

娘を愛しているから隠し事をする。
そんな主人公に愛されている娘である姫も素直で良い子だ。
子供ながらに親の心配をし、子供だからこそ敢えて考えない、
気づかないようにすることもある。
そんな涙なんて流さなかった一人の女の子が成長し
父のために流す涙に見ている側の涙も止まらなくなってしまう。

1話1話微笑ましくなりながら笑えて、最後には泣けてしまう。
かくしごとが一気に明かされる最終話はやや早足ではあるものの、
1クールで綺麗に完結している素晴らしい作品だ。

絶望先生とは違い、製作がシャフトではなく亜細亜堂になったものの、
絶望先生のような尖りまくりな作品ならシャフトこそふさわしかったが、
この作品はそんな尖った部分が丸くなった作品だ。
製作は変わっても主人公の声は「神谷浩史」さんだ。

彼のツッコミの声は切れがあるものの決して下品ではない。
何処か上品さすら感じ、同時に娘を思う父親という愛に溢れた演技もできる。
切れのあるツッコミと、愛に溢れた演技。
それがまさに「後藤 可久士」というキャラクターをより際出せている。

姫を演じた「高橋李依」さん。
10歳の姫を演じる声は可愛らしく、18歳の姫を演じる声はどこか大人びている。
年齢による演じ分けをしっかりとし、姫自身の可愛らしさを120%引き出し、
最終話の泣く演技は聞いている側が泣かずには居られないほどの素晴らしい演技だ。

1つの作品としてしっかりと方向性があり、それが最終話で綺麗にまとまる。
久米田康治先生がこれまでの作品でやってきた「仕掛け方」ではなく、
最初からその仕掛けを物語の中に盛り込んであえて見せることで、
今までの作品とはいろいろな意味で違った趣になっている作品だ。

ぜひまだ見ていない方は1話を見てほしい。
隠し事と描く仕事、そんな2つをかかえる主人公の姿にクスクスと笑い、
姫の可愛らしさを感じられれば、最終話まで文句なしに楽しめるはずだ。

個人的な感想:まだまだこれからだ


画像引用元:かくしごと 8話より
©久米田康治・講談社/かくしごと製作委員会

この作品はどこか哀愁と去就を感じさせるものがあった。
これで「久米田康治」先生はもう筆を折ってしまうのではないかという
そんな「最後の作品」なのもしれないと感じさせる熱量を感じる作品だ。
まるで打ち切りが決まった漫画家が打ち切り前にいきなり漫画が面白くなるように
そんな最後の花火のような儚さと美しさが混ざりあったものすら感じていた。

だが違う。再生しもう1度連載を始めようとする「後藤 可久士」のように
「久米田康治」先生も筆を折ることはないのだろう。
筆を折りそうになったことは何度もあった、だが、私は漫画家でいたい。
そんな久米田康治先生の叫びを最後の最後で感じさせてくれる作品だった。

だからこそ敢えていいたい。
久米田康治先生の次回作にご期待ください。

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