評価 ★★★★★(82点) 全106分
あらすじ インドのハガシミール州ムシバイが春日部と姉妹都市になったことを記念して、「カスカベキッズエンタメフェスティバル」が開催されることになった。 引用- Wikipedia
誰も知らないぼーちゃんの欲望
本作品はクレヨンしんちゃんの映画作品。
クレヨンしんちゃんとしては32作品目となる。
監督は橋本昌和、制作はシンエイ動画。
ファンタジー
長年クレヨンしんちゃん映画を見続けているが、
近年は当たり外れが非常に大きく、特にここ3年は
個人的には「ハズレ」な作品だった。
去年は最低、一昨年は最悪、一昨々年は微妙。
年々酷くなるクレヨンしんちゃん映画がどうなるのか不安でしかなかった。
本作品も見る前は一切期待していなかった。
だが、良い意味で期待を裏切られる。
映画冒頭から「かすかべ防衛隊」がファンタジーな雰囲気の中で
歌いながら戦うシーンから始まる。
彼らはインドに行くためのダンス大会のようなものに出る予定であり、
その大会のための練習風景をいきなり映画冒頭で見せている。
歌い、踊る、作品全体としてこの作品はミュージカル映画、
いや、インド映画スタンスで彩られている作品だ。
近年、日本でもRRRなどがヒットしており、
インド映画の独特な世界観にハマる人も多くなっている。
そんな中でクレヨンしんちゃんとインド映画を合わせたらどうなるのか、
まるで科学実験のような作品だ。
組長先生
トントン拍子にしんのすけたちはインドへ行くことになる。
インドは実際に取材したのか、かなりリアルな町並みになっており、
そんなインドの街並みを旅するしんのすけたちという絵面だけで
ワクワク感が生まれる。
クレヨンしんちゃんという作品は「日常系」だ、
そんな日常から、映画という「非日常」な空間にいかにスライドしていくか、
それがクレヨンしんちゃん映画の導入のミソでもある。
1作目のアクション仮面VSハイグレ大魔王では、
駄菓子屋でしんのすけがレアカードを引いたことによって
並行世界に移動することになった。
あの日常から非日常へのスライドは見事だった。
今作でも、まず序盤で日常を見せている。
インドに訪れたかすかべ防衛隊と野原一家、そして引率の
「組長先生」がいることが今作の最大の特徴だろう(笑)
過去にも何度も組長先生は映画に出てきたが、
あくまで脇役で大勢のキャラの一人にしか過ぎなかった。
しかし、今作は違う、ある意味メインキャラの一人であり、
ここまでがっつり組長先生が話に絡んでくることは衝撃的だ。
今作、おそらく長年クレヨンしんちゃん映画を見てきたほど
予想外の内容になっており、同時に長年見てきた人にとっては
「これだよこれ」と言いたくなる要素が詰まっている。
ぼーちゃん
そして今作のもう一人の主役である「ぼーちゃん」だ。
インドでしんのすけとともに雑貨屋に入り、
そこで「鼻のリュック」を二人でお金を出し合って買うことになる。
だが、そのリュックには鼻に入ると「欲望を引き出す」鼻紙が入っており、
その鼻紙がぼーちゃんの片方の鼻に入ってしまうという所から物語が動き出す。
とんでもない展開だ(笑)
ぼーちゃんといえば、かすかべ防衛隊の一人であり、常に鼻水を出している。
石が好きで、いい子。そんなイメージを持つ人が圧倒的多数だろう。
かすかべ防衛隊の中では影が薄いほうだ。
映画になればその鼻水を利用して戦うこともあれど、
彼がメインキャラとしてがっつりと出てきたり、
ギャグ担当として笑いを生むことは殆どなかった。
だが、長年、ずっと「しんのすけ」のそばに、
私達のそばにぼーちゃんもずっと居てくれた。
それなのに「しんのすけ」含め私達は彼のことについて何も知らない。
ぼーちゃんの本名は?家族構成は?好きなものは?
私達は何も知らない、ずっとそばにいたのに、ずっと見続けたのに
ぼーちゃんのことについて何も知らない。
この作品はそういった「メタ的」な視聴者目線の部分すら利用し、
作品に取り込んでいる、30年以上のクレヨンしんちゃんという
作品の「重み」が乗っかっている。
暴君
鼻にティッシュが入ってしまうと欲望に支配され、
とんでもない力を出すことができる。
超高速で動くぼーちゃんという要素だけで面白いのに、
ぼーちゃんがもう喋りまくる(笑)
過去の映画を思い返してみても、ぼーちゃんのセリフというのは少ない。
しかし、もう今作では喋りまくりだ。
彼の中にある欲望は純粋だ、最初はカレー屋での注文ミスで
「友達食べたいものが無かった」ことで暴れまわる。
あくまで友達のためだ、それが彼の欲望になっている。
そんな「ぼーちゃん」らしい欲望にクスクスと笑いつつも、
徐々にぼーちゃんは暴君へと変化していく。
何でもできる力、いつもの自分ではできないことをやれてしまう力に
徐々に溺れていく。
もう1枚の鼻紙も鼻に入れれば、もっと大きな力を出せる。
友達のための欲望が、自らの欲望へと変わっていくと同時に
ぼーちゃんもどんどんと変化していく。
当然、しんのすけたちは止めようとする。
「いつもの優しいボーちゃんに戻ってよ!
こんなのぼーちゃんらしくない!」
だが、彼は友達のそんな言葉に思わずこう答える
「僕の何を知っているの?」
たしかに何も知らないのである(笑)
ぼーちゃんはしんのすけの食の好みまで把握している、
だが、かすかべ防衛隊の面々も我々も
ボーちゃんの好きなものすら知らない。
思わずぼーちゃんの言葉に「たしかに何も知らない」と
思ってしまうメタ的な要素、長年、「ぼーちゃん」というキャラクターが
あえて深堀りされず謎が多い存在だったからこそ、
メタ的にそれがギャグになり作品の中で生きている。
ぼーちゃんをもとに戻すために四苦八苦するものの、
彼を止めることができないどころか、
しんのすけたちは離れ離れになってしまう。
インドパワー
本作のインド要素を担ってるのがインド警察の二人組みだ。
彼らは警察として鼻紙を追っており、その捜査の過程で
歌い踊る(笑)
まるでどこぞのシンフォギアのように歌うことによって
隠されたパワーが目覚める、インド映画的なキャラクターが
インド映画のように歌うだけで面白く、
しかも、演じているのは「山寺宏一」さんと「速水奨」さんである。
大御所声優の貴重なデュエットを聞けるだけで大満足だ。
特に山寺宏一さんは流石だ、インドという場所のせいもあるが
ジーニーでも出てきそうな歌声と、セリフの読み方1つで
「笑い」に変える演技はさすがとしか言いようがない。
しんのすけの名前を知らないときに彼は
「お尻ぶりぶりボーイ」としんのすけを呼んでいる。
この「ぶりぶり」の言い方1つで子どもたちは大爆笑だ。
大御所声優がどうして大御所なのかを感じさせてくれる
山寺宏一さんの演技と歌声のおかげでよりインド映画感が増しており、
強いギャグも生まれている。
本作品にはふんだんにギャグが溢れている。
それと同時に歌も溢れており、
インド映画とクレヨンしんちゃんという要素が
ここまで相性がいいのかと驚いてしまった。
おらは人気者
しんのすけは一人、インドの街をさまようことになる。
当然、言葉も通じない。アイコンタクトと、
彼らの言葉を真似するくらいのことしかできない。
だが、しんのすけだからこそ、この「インド」という場所でも生き残れる。
インドには「象」がいる。そんな「象」を見て、
思わず「しんのすけ」が歌いだす。
「ぞうさん、ぞうさん」
おらは人気者だ。もう私はこの時点でちょっと涙腺がやばかった。
矢島晶子さんが演じる野原しんのすけの代表曲の1つであり、
多くの人の耳に、記憶に残っている曲だ。
そんな曲を小林由美子 さんが歌い、しかも映画で披露している。
「オラはにんきもの2019MIX 」などが存在したようだが、
映画では記憶している限り初めてだ。
インドバージョンではあるものの小林由美子さんが
歌うオラはにんきものが不思議と涙を誘われてしまう。
これが聞きたかった、クレヨンしんちゃんといえばこれ。
クレヨンしんちゃん映画でも何度も流れた曲ではあるものの、
最近は流れなくなってしまっただけに、
久しぶりに聞いたこの曲に思わず懐古心をくすぐられてしまい、
涙を誘われてしまった。
インド映画パロディでしんのすけが歌うなら、
この曲しかない、そんな判断をした制作側の
「わかってる感」が凄まじい作品だ。
お約束
クレヨンしんちゃん映画におけるあるあるだったり、
お約束をきちんとこの作品は守っている。
時代的に「オカマキャラ」はもうどうしようもないのだが、
例えば「マサオくん」の描き方はまさに映画の彼らしさ全開だ。
離れ離れになってしまった中で、マサオくんはシロとともにいる。
インドという土地で犬とふたりきりで大泣きしてしまうのだが、
そんな犬であるシロに助けられたことで、シロの犬になる(笑)
マサオくんは長いものに巻かれる、強者に媚びへつらうことで
生きてきており、それが彼の処世術でもある。
そんな彼らしい生き様全開だ、シロの犬になり、シロを兄貴と呼び、
自らも四足歩行で歩き回る姿には爆笑することしかできない。
更に終盤では「裏切りおにぎり」という本性をも見せてくれる。
マサオくんというキャラを理解しているからこそのキャラ描写だ・
ヒロシの臭い足や、「劇画タッチ」など、随所随所に
お約束やあるある、オマージュを入れ込んでおり、
それが効果的に笑いに作用している。
本当に常に何かしらのギャグがさしこまれる、ギャグまみれだ。
クレヨンしんちゃんがギャグアニメであることを忘れていない。
アリアーナ
本作のゲストヒロインが「アリアーナ」という歌姫な少女だ。
しんのすけたちが参加する予定のエンタメフェスの過去の優勝者であり、
インドでも大人気になっている。
だが、そんな彼女は周囲からイメージを押し付けられている。
そんなイメージ通りでいようと常に笑顔で清楚でいようとしているが、
本当は年頃の少女らしいやんちゃさや、日本のアニメが好きな部分もある。
ちなみに好きなアニメはブリブリブリキュアである(笑)
周囲のイメージを押し付けられてその通り演じていて
本当の自分を出せない。
そんなアリアーナと対照的に、暴君となったぼーちゃんは自らの欲望を開放し
ありのままの自分でいようとしている。
どこぞのディズニーヒロインのように歌う姿や
しんのすけとともに一緒に過ごす姿は本当に可愛らしく、
近年のゲストヒロインがろくに印象に残ってないだけに
余計にインパクトも凄まじい。
ただ、彼女が出てくるのが映画中盤くらいとやや遅く、
掘り下げは1歩足りていない印象だ。
悪人
同じくゲストキャラのインドの超お金持ちもいるのだが、
彼はぼーちゃんを相棒にしようと自らの私財をなげうっているだけで
特に「悪」ということでもない。
この作品に悪人は居ない、これはクレヨンしんちゃん映画としてはかなり珍しい。
鼻紙がどうして生まれたのかは謎ではあるものの、
鼻紙に悪の魔神が封じ込められているわけでもなく、
インドのお金持ちがそれを狙ってあくどいことをしようとしているわけでもない。
ぼーちゃん自身も鼻紙の誘惑に逆らえなかったという
側面はあるものの、悪人ではない。
そういう意味ではクレヨンしんちゃん映画としては珍しいタイプであり、
倒すべき敵が居ないというストーリーは斬新だ。
友達
終盤でアリアーナにかすかべ防衛隊は問われる。
今のぼーちゃんは自らの欲望を開放してやりたいことをしている、
それは幸せではないのか、いつものぼーちゃんに戻ってほしいという
かすかべ防衛隊たちの気持ちは押し付けではないのだろうか。
非常に深い話だ、だが、それでも彼らはぼーちゃんを取り戻そうとする。
今のぼーちゃんと遊んでも楽しくない、
終盤、しんのすけはぼーちゃんに叫ぶ。
「ボーちゃんが、鼻水出さなくても、
変わっちゃっても、オラは、ずっとずっと遊びたい」
今のぼーちゃんと一緒に遊ぶことはできない、
でも、たとえ今後変わってしまっても彼らの友情は変わらない。
「ぼーちゃんと遊びたい、
たとえぼーちゃんが暴君になっても、
ぼーさんになっても、遊び続けたい」
かすかべ防衛隊のそんな叫びに涙を誘われてしまう。
彼らは5歳児だ、作中では出会って1年しかたっていない。
だが、同時に彼らには35年分の重みがある。
35年分の友情、かけがえのない親友だ。
今後彼らが大人になっても、ずっと友達で居たい。
たとえ見た目が変わってしまっても、たとえ性格が変わってしまっても、
「友達」でいることに変わりはないんだという叫びに
もう涙腺が大崩壊だ。35年間、彼らは変わらない、友情を築き上げている。
それでもぼーちゃんのことはわからないことだらけだ。
でも、わからないから友達になれないわけじゃない。
例え変わってしまっても、何年経っても彼らの友情は変わらない。
そう感じさせる終盤の展開には思わずぐっときてしまった。
そんな終盤からの予想外すぎる展開は
クレヨンしんちゃん映画らしさ全開だ。
思わず「カレー」と「チャパティ」が
食べたくなるクレヨンしんちゃん映画、是非劇場でご覧いただきたい。
あの頃、クレヨンしんちゃん映画を見ていた人には余計にくるものがあるはずだ。
総評:最低最悪の暗黒期から最高の黄金期へ
全体的に見て素晴らしい作品だった。
「インド映画」と「クレヨンしんちゃん映画」、この2つの要素が
カレーライスのルーとライスのごとく見事にマッチしており、
素晴らしいハーモニーを奏でている。
インド映画要素としては歌の要素の数々が印象的だ。
インド警察の二人のデュエット、しんのすけのオラはにんきもの、
みさえのまるでウィッシュのような歌、
そして「ひろし」の「Danger Zone 」(笑)
1つ1つの歌が印象的でそれがインド映画らしくもあり
同時に「クレヨンしんちゃん」らしい笑いにもなっている。
クレヨンしんちゃん映画としてもお約束を抑えつつ、
この約35年、毎回数えるほどのセリフしか無かったぼーちゃんが
喋りまくり、彼の欲望を描いている作品になっており、
そんな彼の欲望を描きながら「友情」を描いている。
ぼーちゃんのそばにずっといたインドのお金持ちは印象的だ
彼はただ自分にふさわしい「相棒」を求めていた。
彼も孤独なのだろう、暴君になったぼーちゃんという強者に
希望を見出したものの、ずっと無視されている。
友達や相棒は作ろうと思ってできるものではない、
自分が求めるこうあってほしい友達を求めても難しい。
かすかべ防衛隊のように自然と仲良くなり、その果に
かけがえのない友情がそこには自然と生まれている。
それを感じさせてくれるラストの展開、
彼らの「35年分の友情」を感じさせてくれる展開には
涙腺を刺激されてしまった。
その35年を知ってる人ほど余計に刺さるはずだ。
あのころTVの前でしんのすけを見ていた5歳児だった人たち、
そんな人達に是非見ていただきたい作品だった。
個人的な感想:涙
ここ3年くらいのクレヨンしんちゃん映画は本当に酷かった、
今作にも全然期待していなかったのだが、
良い意味で裏切られた、本当に名作だ。
喋りまくるぼーちゃんというだけで反則級に面白いのだが、
そんなぼーちゃんが「遅い!」と超高速で敵を倒しまくる姿や
ラーテルと戦う姿に笑わない人はいないだろう(笑)
ひろしのDangerZoneなど反則なネタもあったりと、
笑いに満ち溢れている作品だ。
涙腺を刺激され思わず泣いてしまった部分はあるものの、
それを「強制」されていない。自然に溢れてしまうからこそこの作品はいい。
私の涙腺が弱いだけでおそらく多くの人は泣かないだろう、
純粋たるギャグアニメ映画なクレヨンしんちゃん映画だ。
こういうクレヨンしんちゃん映画は本当に久しぶりだ、
来年も是非こうあってほしい、
黄金期の幕開けになってほしいと願うばかりだ。