クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!オラと宇宙のプリンセス

映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!  オラと宇宙のプリンセス  [DVD]

制作/シンエイ動画
監督/増井壮一
声優/矢島晶子,ならはしみき,藤原啓治ほか


あらすじ
ある日のこと、おやつのプリンを食べていたしんのすけ。だが、目を離した隙に妹のひまわりが残りのプリンを食べてしまう。しんのすけはその仕返しにと、ひまわりのおやつのたまごボーロを一粒も残らず食べてしまうが、みさえから大目玉を食らい、頭にきたしんのすけは「オラ、妹なんかいらない! ひまわりなんかいらないゾ!」と吐き捨て、家を飛び出してしまった。



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お馬鹿さが足りない


本作品はクレヨンしんちゃんとしては20作目の作品
映画化20周年記念作品と題されている
キャッチコピーは『さよなら、ひまわり』
『おバカ、ときどき、兄 宇宙も揺るがす、5才の決断!!』

基本的なストーリーはSFコメディ。
しんのすけは楽しみにしていたプリンをひまわりに食べられ怒り家を飛び出す、
するとそこには二人の男がおり「ひまわり姫」を探しているという。
しんのすけ家族はひまわりと一緒に突如宇宙へ連れ去られてしまうという所から
ストーリーは始まる

序盤の展開は悪くはない。
しんのすけとひまわりの喧嘩は子供の喧嘩ではあるのだが、
よくある「お兄ちゃんだから」という言葉をひろしとみさえが使ってしまうため、
しんのすけはそれが受け入れられない。
そんな状態で、しんのすけは宇宙人に「ひまわり」を渡す契約をしてしまう。

なぜ宇宙人は「ひまわり」を欲しがるのか、ついでにいえば宇宙人はやけに友好的、
更にひまわりとしんのすけの喧嘩はどうなるのか
そういった期待感が序盤からあり、ストーリーから目が離せなくなる。
ただその目はすぐに離れることになる。

物語で1番重要な「ひまわりを宇宙人が必要としている」理由、
これは確かに重要な要素ではあるのだが、その説明シーンに10分以上使う(苦笑)
ながーい解説シーンは
「地球に暇エネルギーが足りない、ひまわりって名前の子供探して
 俺らの惑星に連れてくれば、暇エネルギーが生まれる」
という、かなり強引なこじつけ。

解説シーンではなく、ストーリーの流れとして徐々にわからせるという方法ではなく、
長い長い解説シーンを入れ、尺稼ぎの歌まで入れて序盤の期待感がくじける。
また中盤以降のストーリーはかなり問題がある。
いや、作品そのものが「クレヨンしんちゃん」映画としては異例中の異例だ。

これまでのクレヨンしんちゃん映画は悪役にいろいろな事情があったものの、
「悪」として描かれていた、だが、本作の敵は「悪」ではない。
地球と宇宙人の惑星、両方の惑星を救うためには「暇エネルギー」が必要であり、
それがなければ、地球はカオスな状況になり、更には近い未来に両惑星は滅ぶ。
「暇エネルギー」を生み出すには、宇宙人の惑星にひまわりが居る必要がある。
敵の目的はこれであり、地球と宇宙人の惑星を救うためにやっている

つまり敵は全人類にとって正義であるが、
「ひまわり」と姫と敬い、家族という概念が薄い宇宙人(惑星こそ母的な考え)なので
ひまわりと家族がバラバラな感じになってしまうので、
野原家にとっては「悪」という状況になっている。

家族取るか、人類を取るかという非常にテーマとして難しい。
そのテーマの根源が「ひまわり」という名前だけという安易理由なので余計に難しく、
「子供向け」のクレヨンしんちゃん作品としてはテーマとして重い。

終盤のしんのすけと敵との戦いもチープで、
確かに「犯罪のない惑星」という設定だから戦いもチープになるのはわかるが、
あまりにもあっけなく倒してしまい、シーンの必要性すら感じない戦いだ
シーンとして「必要性を感じない」シーンが本作では多く、
尺稼ぎのためのシーンが多すぎた。

ただ終盤の展開自体は「家族愛」というこの作品を通して描きたかったことも伝わり、
「ひろし」がひまわりが嫁に行くまでのシーンを想像する所は思わず、
しんみりとしてしまうシーンだろう。
だが、最後の最後で「ひまわりが星にいる必要がなくなった」という展開になるのだが
強引な設定そのまま強引に終わらせてしまった印象が強く残ってしまった

全体的に見て勢いがない。
序盤の序盤は良かったが、序盤を超えると説明シーンや必要性を感じないシーンや
テンポの悪いシーンが多く、終盤になってようやく盛り上がってくるが
最後の最後で強引に終わらせてしまい、野原家の涙の感動が薄れてしまった
簡単に言ってしまえば「お馬鹿さ」が決定的に足りていなかった

また、これは個人的な意見になってしまうのかもしれないが
「しんのすけが涙を流すシーン」がある、このシーンはかなり違和感を覚えた
これまでのしんのすけは、涙を流すシーンは決して顔を見せなかった
彼が涙を流すシーンは、見ている側の涙もこぼれるようなシーンだったが
本作品の涙は無理矢理泣かせているようなもので、
そういった意味で、この作品は「クレヨンしんちゃん」らしさがかけていたように感じる

さらに言えば、かすかべ防衛隊などの普段の「春日部市の住む住人」の活躍も少ない
ほぼ野原家と映画でのキャラだけストーリーを進行してしまっており、
物足りなさも感じてしまった。

本作の監督は前回の「オナラづくし」の映画と同じ監督だが、
前作が「下品すぎる」や「バカすぎる」といった批判があったため
本作品は真面目になってしまったのではないかと感じる。
だが、真面目すぎては「クレヨンしんちゃん」といえず、
前作と割ってちょうどいいはずなのだが、バランスが悪い。

来年の作品は監督が変わるらしいが
どういった「クレヨンしんちゃん」になるか不安でもある。
このある意味でなんでもありな「クレヨンしんちゃん」という作品を
どう料理するのか・・・楽しみにしたいと思います。

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