借りぐらしのアリエッティ

評価/★★☆☆☆(39点)

借りぐらしのアリエッティ 評価

全94分
監督/米林宏昌
声優/志田未来,大竹しのぶ,三浦友和,藤原竜也,神木隆之介ほか

あらすじ
14歳の小人の少女・アリエッティは両親と3人、人間に見られてはいけないという掟の下、郊外にある古い屋敷の床下で人間の生活品を『借り』ながら密かに慎ましく暮らしていた。 彼女が初めての『借り』を夜に控えたある日、人間の少年・翔が療養のため静かなこの屋敷へやってきた。その夜の借りで翔に見つかり、戦利品の角砂糖も逃げる時にうっかり取り落としてしまう。一度翔の出方をみることにした父と彼女だったが、翔は小人との接触を試みるようになる。

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現実かファンタジーか、どっちつかずになってしまった

本作品は2010年に公開されたジブリ映画作品。
監督は米林宏昌氏、脚本には宮崎駿氏が携わっている
原作は床下の小人たちという1952年に出版されたファンタジー小説

見だして感じるのは縮尺の面白さだろう。
この作品では、人間の世界の田舎でひっそりと人間の家の地下で暮らしている小人が主人公だ。
この小人であるアリエッティと現実世界のモノのサイズの違いによる面白さが、
ジブリの作画と演出によって童話のような「世界観」を描写している

アリエッティ達はローリエ1枚の葉とサイズが殆ど変わらない
そんな小さな彼女は人間の住む領域にモノを「借りる」ことで生きている
家に打たれた釘の上を器用に歩き、家の隙間を縫うようにして入り込む。
アリエッティの視線でその様子を描きつつ、家に入ることに成功すると
突然カメラが引き、急にアリエッティが小さく見える。
人間の世界がいかに、アリエッティにとって大きな世界かというのを実感させるシーンだ

そんな中でアリエッティは1つの角砂糖を入手する。
この角砂糖も本当の縮尺で考えると「小さい」気もするのだが、
人間の世界にいる時のアリエッティの縮尺と、小人の世界にいる時のアリエッティの縮尺の違いや
カメラの写し方の演出が効いており、
それが本来の縮尺じゃないからこそ現実と空想の間のような不思議な空気感を生んでいる
恐らく下手にリアルな縮尺にしてしまえば現実感が強く出すぎて
この空気感は生まれなかっただろう

そんな彼女たちは「人間に見つかってはいけない」というルールが有る。
しかしながら、彼女はあっさりと見つかる。
この部分はもう少し「人間に見つかるかもしれない」恐怖のような描写があれば違ったかもしれないが、
序盤の「借り」のシーンが面白いだけに、
あまりにもあっけなく最初の「借り」のシーンで見つかってしまうのは残念だ。

更に言えば序盤を過ぎると登場人物の心情や言動がいまいちわからない。
説明不足やキャラが思っていることや感じていることの描写が薄く
なぜそんな行動をするのか、なぜそんなセリフを言うのかと疑問に感じる部分が多い
あまりにも身勝手な行動や極端過ぎる言動が多く
キャラクタターに感情移入できない上に、ストーリーについていけない。

特に中盤でアリエッティたちの家を壊してまで、
人間である「翔」がドールハウスと入れ替えてしまうシーンなど意味不明だ(苦笑)
一言くらい断りがあれば別なのだが、あまりにも身勝手かつ唐突な行動は
これが無鉄砲で無邪気な子供とかならまだわかるのだが
それまで描いてきた「翔」というキャラクターのキャラクター性に似合わない行動なのだ

更に何故か「翔」がアリエッティ達の家の位置をいつの間にか知っていたりと
あのシーンの違和感は半端ない。
そこにきちんとしたストーリーの積み重ねやキャラ描写があればいいのだが
序盤の「借り」のシーンを過ぎると、ダラダラっとしたストーリー展開と
人間に見つかったから引っ越そうかな、引っ越さないかなと悩むシーンで繋いでおり
アリエッティと翔の会話は少ない。

そしてこの作品で最も意味不明なのは「家政婦のおばさん」だろう。
彼女は翔の家の家政婦さんなのだが、序盤から小人がいるかもしれない疑っている
そこまでは別によく、小人を見つけたら思わず捕まえるという展開まではいいのだが
捕まえた後に電話する先が「ねずみ駆除会社」とちょっと意味不明だ。
すでに捕獲しているのに、捕獲してほしいなどと頼むのも理解に苦しむ

全体的に見て盛り上がりどころが少ない。
序盤の見せ場である「借り」のシーンはいいのだが、
この借りが失敗してしまわずに成功し次の「借り」があってもよかった。
もっと小人が人間の世界で暮らす苦労やトラブルがあり、そこで盛り上がらせつつ
病弱な人間である「翔」とネズミと勘違いし駆除しようとする「家政婦のおばさん」という
図式でも良かったはずだ。

せっかく小人という存在が在り、人間の家で暮らしているという設定があるのに
それを活かしきれていない。
冒頭で厄介な存在といっていた「ネズミ」との戦いがあってもいいはずだ。
現実とファンタジーの間の雰囲気が出ていると冒頭でも言ったが、
この間でずーっと停滞してしまっており、どっちつかずな印象がついてしまった。

現実な部分は現実的に、ファンタジーな部分はファンタジーに。
そうやってもっとメリハリがついていれば盛り上がりどころも生まれ、
自然とキャラクターに感情移入でき、「アリエッティが居るかもしれない」という印象が
残る作品になったかもしれないのに残念だ

ただ、だからこそ余計に終盤の展開は私は好きなのだ。
翔の叔母が家政婦が小人が居たと叫ぶ中、ドールハウスのポットからハーブの香りを感じ
「小人が居た」と実際に見たわけではないのにそう感じるシーンや、
飼い猫とアリエッティの見つめ合うシーン、
どこか自分の命を悟っていた翔がアリエッティと出会ったことで
「強く生きる勇気」が出て、そして別れる。

この終盤のシーンの数々は「しんみり」と心に何かを感じさせるシーンなのだが
それまでの展開がどうにもどっちつかずで描写不足で盛り上がりに欠ける部分が多く
その最後のシーンの数々を素直に受け止めきれなかった。

この作品がいろいろな意味で賛否両論なのは分かる。
私の知り合いなど「暗くて面白みにかけるんだけどなんか何回も見てしまう」と
こぼしており、その気持ちがよく分かる作品だ。

ジブリ作品ではあるのだが、同時にジブリ作品らしくもない。
ジブリ作品のファンタジー作品を求めると盛り上がりに欠ける部分が肩透かしを食らうのだが
この淡々と現実とファンタジーの間で描くジブリ作品も1つの方向性としては
アリなんじゃないのかなと感じさせる部分はある。
これが1時間半ではなく2時間半なら化けた作品だったかもしれない。

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