謝れっ!仙台市民に謝れっ!「くまみこ」レビュー

2016年6月20日

評価★★☆☆☆(22点)全12話
くまみこ 壱 - くまぼっくす - [Blu-ray]

あらすじ
東北地方の山奥にある熊出村。その山の上にある熊出神社の巫女として仕える中学生の少女・まちは、都会の高校に進学することを決意する。しかし、ずっと山奥で暮らしていたために田舎コンプレックスを抱え、さらに極度の機械オンチであるため、クマのナツは反対する。まちは都会へ出るためにナツが与える試練へ挑戦しつつ、熊出村で巫女としての役目を果たして行く。少し変わった非日常的な田舎暮らしの日々を描く、スローライフストーリー。

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謝れっ!仙台市民に謝れっ!

原作は漫画な本作品。
監督は松田清、制作はキネマシトラス、EMTスクエアード。
なお、最終回の内容で大炎上した(苦笑)

見だして感じるのは「狙って失敗した」感じの強いOPだ。
実際に聞いてもらうと非常に伝わると思うのだが、
非常に「狙った感」のある曲であり、
その曲とともに流れるOPアニメもその狙った感に引っ張られ、微妙な感じだ。
現役アイドルのソロデビューソングらしいが、本編にも出ていることを考えると
タイアップなのはわかるが、大人の企画事情が非常にわかりやすく伝わってしまう。

更にテンポ、この作品はクマがしゃべる(笑)
くまみこというタイトルの通り、しゃべるクマと巫女な女の子の話である。
強い田舎コンプレックスを抱える巫女な主人公が、
都会の学校に進学することを決めるが、クマに反対され、
クマに与えられた試練に挑戦していくというストーリーだ。

しかし、テンポが悪い。
いわゆる「シュールギャグ」的な内容のギャグであり、
このシュールギャグにおける「間」の取り方がワンテンポ遅い。
もうワンテンポ早ければギャグとして素直に笑えるのに、
中途半端な「間」の取り方が
本来のギャグの面白さを7割位にしている感じがある。

この作品の舞台はど田舎だ、だからこそ「田舎特有」のまったりした日常描写と、
そんな田舎に住む登場人物たちの台詞の掛け合いによるギャグのテンポの
絶妙さが独特な空気感を醸し出している。
原作を私は読んでいないが、この独特な空気感がこの作品の特徴なのは
非常にわかるのだが、独特な空気感ゆえにアニメでの表現の難しさを
見ている間にひしひしと感じてしまう。

シュールな空気感を出そうとして滑った空気感を出してしまっていたり、
まったりとした空気感を出そうとしてグダグダな空気感になってしまっていたり、
ネタに対してアニメで描写される空気感が「しっくり」とこない。

ストーリー的にも当たり外れが大きい。
序盤はまったりした空気感の中で主人公の「まち」が無知であるがゆえに
いじられまくる可愛さを楽しみつつ、ほっこりと笑えるネタが多いが、
その反面で「いじりすぎ」な回もある。

「まち」をいじめることによって「まち」の可愛らしいシーンを
作り出しているのだが、その「いじめる度合い」が
話が進むにつれて必然的に強まっていく。

その「いじめる度合い」が「まち」の被害妄想だと面白い。
彼女は他人の目を非常に意識するタイプのキャラクターであり
「おしゃれな店の店員は自分のようなダサい客は嫌い」と思い込んだりと、
田舎コンプレックス+被害妄想で自ら泥沼にはまっていくようなストーリーの場合は
「マチ」の可愛さと被害妄想+田舎コンプレックスの面白さを味わえる。

しかし、9話くらいから「まち」が嫌がってるのに
周りの人間が強行するようなパターンが多くなってくる。
調べた限り後半からアニメオリジナル回が多くなっているようで、
その「アニメオリジナル回」が「アニメオリジナル回」と言われなくとも
わかってしまうほど雰囲気が変わってしまう。

もちろん個人個人の考えや好みがあり、楽しめる人もいるだろう。
あくまで私個人としての意見だが可愛いキャラの日常ギャグ作品なのに、
「嫌がってる女の子の服を無理やり脱がせる」キャラの行動など、
見ていて気持ちのいいものではなく、
そんな中で下着姿を描写されても特殊な性癖の人でなければ楽しめないだろう。

終盤のストーリーは「引き伸ばしすぎ」な感じも強い。
基本的に1話完結、Bパートで終わらずとも次の話のAパートで
終わるようなストーリー構成が多かったが、
終盤はなぜか執拗に「ろこどる」的なネタを引っ張り、それがつまらない。

つまらないだけなら「当たり外れ」の範疇で収めることができるが、
つまらないうえにいじめられる主人公を「可哀想」と感じてしまうのは
当たり外れ以前の問題だ。

特に最終話は炎上の原因にもなった内容だが、
無理やりアイドルに仕立てあげたり、勝手にアイドルコンテンストに応募したり、
主人公を村のための「犠牲」や「生け贄」呼ばわりするキャラクターはいるわ、
前半の「8分間」主人公が出ない上に周りのキャラクターの身勝手すぎる言動や
行動が多すぎて胸糞悪い気持ちにさせられる。

結果的に1クール終わったあとで主人公は成長していない。
それならば「元の鞘に収まる」的なストーリーで悪くはないのだが、
むしろ結果的に「田舎コンプレックス」はより強まっている。

主人公が本当に少しだけ成長したことを見ている側が実感できれば、
いい締めになったかもしれないが、最終的に一切成長せず
むしろ退化している中でクマが退化した主人公に対し
「何も考えなくていいんだよ」と笑顔でいう様など
ちょっとした恐怖感すら感じさせる。

全体的に見て制作側の自己主張が激しかった作品だ。
原作からの欠点などももちろんあるのだろう、
基本的に出落ち&ネタ切れ感のあるストーリーなだけに似たような感じのネタが多く、
あまり「広がり」が見え無いのは残念なのだが、
その広がりが見えない部分をアニメで
無理やり広げようとして失敗してしまっている。

序盤から中盤までの内容は好みはあるかもしれないが、
「まち」という主人公の可愛さや田舎コンプレックスから生まれる
ギャグ要素などを楽しむことができる。
本来はそれ以上面白さや魅力を広げなくても良かったはずだ、
しかし、その面白さを制作側の自己満足により更に引き出そうと
膨らませた結果、作品そのものが爆発してしまったような印象だ。

炎上したあとに脚本家が叩かれているようだが、
脚本家は「ばらかもん」や「ゆゆ式」なども手がけており、
そこまでやらかしている印象はない。
私個人の意見としてはむしろ監督の方に原因があったのではと感じてしまう。

序盤から感じていたネタに対してどうにもしっくりとこない間やテンポ、
演出などの若干の違和感などが話が進むにつれて増えていき、
それがオリジナル脚本で余計に強まり、ホラーのような恐怖感を感じさせる
終わり方になってしまった。

長い間、演出家をされている人が監督を務めると
こういった自己主張の激しい作品が生まれるというジンクスが私の中にあるが、
そのジンクス通りになってしまった。

個人的には最終話を見終わって気になったのが「仙台」に対する批判だ。
ネットで情報を集めた限りだが、原作では仙台に行こうとするが
「夢」で仙台市民に石を投げられるため行かないという展開らしいのだが、
これならば仙台市民が石を投げたのは夢で終わる。
いつもの「マチ」の被害妄想だからこそ
「仙台市民が石を投げる」という部分は問題がない

しかし、なぜかアニメでは別のキャラクターが
「仙台市民に実際に石を投げられた」発言をするため、
結果的に仙台に対する風評被害しか生まれていない。
制作側は仙台に対して何か恨みでもあるのだろうか・・・