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父よ、死んでくれ。「しらぬひ」レビュー

4.0
しらぬひ 映画
画像引用元:©2026 片野坂亮/しらぬひ製作委員会
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この記事を書いた人

オタク歴25年、アニメレビュー歴13年、YouTube登録者11万人。 個人的な視点で語るアニメ批評です。

評価 ★★★★☆(66点) 全36分

短編アニメーション映画『しらぬひ』予告編

あらすじ 1996年、夏の終わり。熊本の海辺の町に父と2人で暮らす10歳の少年・湊は、酒に溺れる父のもとで息を潜めるように生きていた引用- Wikipedia

父よ、死んでくれ。

本作品はオリジナルアニメ映画作品。
監督は片野坂亮、制作はコミックス・ウェーブ・フィルム。

君の名は

「君の名は。」「すずめの戸締まり」などを手掛けてきた
コミックス・ウェーブ・フィルムが制作している。
来年、新海誠監督の最新作が上映される予定だが、
本作は新海誠監督作品ではなく、片野坂亮監督が監督、原作、脚本も手掛けている。

片野坂亮監督はもともと実写系のお仕事をしていたようだが、
アニメでの監督経験はない。
そんな新進気鋭の監督に白羽の矢が立ち、
短編のオリジナルアニメ映画が制作された。

この10年ほどで様々なアニメ監督に注目が集まり、
多くのオリジナルアニメ映画が作られてきた。
だが、オリジナルアニメ映画は当たり外れも大きい。
ましてや今回は36分の短編で、アニメ初監督。

私は不安半分、期待半分で劇場を訪れた。
だが、そこで待っていたのは、
10歳の少年が「父親の死」を願う、あまりにも重苦しい物語だった。

背景

コミックス・ウェーブ・フィルムが手掛けているだけあって
背景の作画は本当に美しい。
熊本の海辺の描写、本作を象徴する「しらぬひ」の灯火、
さらに父からDVを受けている主人公の家の荒れっぷりに至るまで、
コミックス・ウェーブ・フィルムらしさをビンビンに感じてしまう。

新海誠監督作品ほどゴリゴリに背景にこだわったというわけではなく、
あくまでも世界観を作り上げる補助的な背景描写ではあり、
その背景を見せるのではなく、今作はあくまでも
キャラクターを見せたいという思いを感じるアニメーションが多い。

10歳の少年たる主人公の心理描写は狂気すら感じるほどであり、
追い詰められ、何かを変えようとしても変えられず、
どうしようもない少年の「表情」の描写は見事であり、
その追い詰められた末の狂気の行動の数々は、
鬼気迫る表情も相まってホラー的にすら感じるほどだ。

どこか幻想的でファンタジーな雰囲気はありつつも、
リアルな背景で生々しさを生み、
ホラーな雰囲気でより心理描写を加速させている。
美しい風景の中で描かれているのは、決して美しい物語ではない。

初監督とは思えないほど独特な「アニメーション」と演出が
この作品にはあり、このキャラクターを追い立てるような状況と
鬼気迫る表情の描写こそ片野坂亮監督の味なのかもしれない。

声優

今作の主人公を演ずるのは「あの」さんだ。
あのさんは声優の経験も多く、その演技力は折り紙付きともいえる。
特に今作では「あの」さんと言われなければ
気づかないほど憑依したような演技を見せており、
10歳の男の子をありのまま演じている。

この作品で主人公は徹底的に追い詰められている。
父からの暴力、母もおらず、誰も頼る存在がおらず、
その中で彼は「父の死」を願うようになる。

子どもが親の死を願う、これほど残酷なことはない。
その願いのために主人公は小さな命から大きな命まで犠牲にしようとする。
主人公は母や、土地神的な存在である「べんちゃん」から
しらぬひに願うことで願いが叶うことを聞かされている。

心の底から願い、代償を払えば願いは叶う。
父の死を望むなら、その死にふさわしい命を捧げなければならない。
その中で主人公は魚や動物の命を捧げようとするが、
それでは父の命との天秤につり合わず、彼は「近所の子ども」の
命までを捧げようとする。

このシーンは本当に狂気だ。
10歳の少年が自分より年下の子どもを亡き者にしようとする。
彼の頭の中の想像はアニメーションとしてホラーに描かれ、
そのホラーな状況での言葉にならない声を見事に
「あの」さんが演じ上げている。

さらに彼の父を演ずる三木眞一郎さんの演技も見事であり、
「べんちゃん」を演ずる花澤香菜さんの包み込むような演技もさすがの一言だ。

ストーリー

ただ、ストーリーに関しては賛否両論。
というより好みが分かれるところだろう。
母親が出ていき、酒に溺れた父親は主人公に暴力をふるい、家は荒れ果てている。
児童相談所がそんな状況を聞きつけ、主人公を保護しようと動いており、
別の街に主人公は行く予定だ。

だが、彼が街を出ていけば忘れられた土地神である
「べんちゃん」の存在は消えてしまう。
本来は母がいて、優しい父がいて、友だちと楽しく遊んでいる年齢だ。
親の都合で、父の身勝手さゆえに、彼は同じところに
居続けることもできなくなる。

その理不尽さを飲み込もうとしているのに、父は暴力をふるい、
彼の我慢は限界に達してしまう。
魚を、犬を、子どもを、自分以外の命を犠牲にしようとしても、
ギリギリのところで彼は踏みとどまってしまう。

本当に心の底から父を殺したいと思っているのか。
彼が小さいときは優しかった父、
父も彼が離れるとなると途端に彼への執着、愛情が蘇る。

憎いのに、完全には嫌いになれない。
殺したいほど憎んでいるのに、殺すこともできない。
いびつな親子関係、いびつな愛情ががんじがらめになり、
どうしようもなくなってしまう。

この作品は、そんな簡単には割り切れない親子の感情を
10歳の少年に背負わせている。

別れ

一度は主人公は飲み込もうとした。
うまくいかなかった父と子の関係、父の死を願ったりもしたが、父は父だ。
互いに元気で離れて暮らせればそれでいい、
それが息子なりの父への愛だったのだろう。
彼なりに変わろうとした。

父との関係を変えようとした。
だが、父は違う。
彼から離れていった妻のように子どもも離れていく。
そんな状況に耐えられなくなり、また暴力をふるい、
彼の大切なものまで壊してしまう。

一度は飲み込もうとした思いを反故にされ、少年は暴走する。
自らの命と引き換えに死を願い、父を殺そうとする。
だが、そうはできない。
倫理観、父という親への思い、言葉にできない複雑な感情が
彼の中で目まぐるしくよぎっていく。

変えようとしたのに、変わろうとしたのに、どうしようもできない。
醜く残酷な世界は、彼がどれだけ願っても簡単には変わってくれない。
そんな少年の心の底からの願い、その願いが果たされて物語は終わる。

このラストは非常に解釈が難しい。
ある意味で自由になったともいえる、だが、
それが救いだったのかとも言えない。
一つ違えば、何かが噛み合えば、誰かがいれば変わったかもしれない。

しかし、そうはならなかった。
変わる可能性はあった。
救われる可能性もあった。
それでも、そうはならなかった。

この理不尽さ、様々な解釈ができるラストは
素直にハッピーエンドとは言えず、モヤモヤとした
消化できない何かが残ってしまう。

純粋なエンタメではなく、誰かに勧めたくなる一作ではない。
しかし、一度見てしまうと何かに囚われるような重みのある
素晴らしい作品だった。

総評:激鬱アニメ映画

全体的に見て非常に重い作品だ。
物語の中で10歳の少年が置かれている状況が好転することがなく、
悪い方向へ悪い方向へ進んでいき、一度は救われるかと思えば、
そのわずかな希望すら最後には踏みにじられる。

決して万人受けする作品ではない。
解釈の分かれるラストを含め、劇中の描写は人によってはトラウマを刺激し、
見るのを拒みたくなるようなシーンも多い作品だ。
シンプルにグロテスクな描写があるのではなく、
「精神的にグロテスク」な描写がある印象だ。

見ていて気が滅入るような作品であり、「楽しい」作品ではない。
いわゆる鬱映画とも言える作品だ。
映画の尺が36分だからこそ耐えられる、短編アニメ映画だからこその
作品と言えるかもしれない。

だが、この36分という短さだからこそ、
逃げ場のない少年の感情を一気に浴びせられるような感覚もある。

あえてこの大エンタメ時代に、エンタメらしさを捨て、
観客受けやヒットを無視した強烈な作家性を形にしたことは素晴らしく、
賛否両論、好みは強烈に分かれる作品ではあるものの、
ぜひ劇場で見ていただきたい作品だ。

個人的な感想:重い

短編のアニメ映画で気軽な気持ちで見に行ったが、
メッタメタにされたような気分になる作品だ。
私を含め劇場で10人ほどが見ていたが、終わった後に
「ため息」のような深い息を吐く人が多かったのが
とても印象的だ(苦笑)。

わかりやすいハッピーエンド、幸せな結末の作品が多い中で、
ビターでもなく、バッドエンドに近い作品であり、
見終わった後まで気持ちよく帰らせてくれない。
だが、それこそがこの作品の狙いなのかもしれない。

醜くても、残酷でも、簡単には変わらない世界。
そんな世界を36分という短い時間で描き切った、
とても挑戦的な作品だ。

あえてこういう作品を生み出した片野坂亮監督の
今後に期待したい。

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