評価 ★★★☆☆(59点) 全90分
あらすじ 独房で孤独な死を迎えようとしていた無期懲役囚の老人・阿久津に、人の言葉を話すホウセンカが声をかける。 引用- Wikipedia
エンタメ性0の逆張り挑戦作
本作品はオリジナルアニメ映画作品。
監督は木下麦 、制作はCLAP
昭和
この作品の雰囲気は独特だ、物語のメインの舞台は昭和であり、
「無期懲役」の老人の回想で物語が始まる。
今にも命の灯火が消え入りそうな老人、そんな彼のそばには
「一輪のホウセンカ」が佇む。
ホウセンカは飄々とした言葉で彼の人生、一生を振り返る。
ホウセンカはずっと彼を見てきた。
ホウセンカは彼の人生を知り、その一生を語る。
人と花の一生は違う、だが、それは人の価値観で見ればこそだ。
花の命は人よりも短い、だが「記憶」のようなものはDNAで受け継がれていく。
花の一生はずっと続いている、死は受け継がれていく。
だからこそ、ホウセンカは男の一生を知る。
淡々と、佇み、そこにいる。
そんなホウセンカとともに「阿久津」という男の人生を見つめる。
死ぬ間際の一瞬にホウセンカの言葉がようやく男に通じる状況は、
死ぬ前の、今際の際の夢なのかもしれない。
そんな夢の物語、この作品はそんな作品だ。
はっきり言えば派手さはない、それは映画の冒頭からわかるところだ。
昨今のアニメ映画といえば鬼滅の刃やチェンソーマンなど
ド派手なバトルアニメ映画が多い、そんな流行りの中で、
この作品は逆を行っている。
あえて「実写邦画」のような物語をアニメで描く。
非常に挑戦的な作品だ。
人生
「阿久津」 という男の人生は不思議だ。
昭和という時代だからこそ、今の価値観とは違う部分がある。
だが、それでも「阿久津」 という男は数奇な運命を漂っている。
飲み屋で出会った女、そんな女のお腹の中には「阿久津」 の子供ではない子供がいる。
それでも彼は女のことが好きで、彼女とともに暮らすことになる。
お金持ちというわけでもない、結婚するわけでもない、
だが、そこに確かな幸せは有る。
好きな人と一緒に暮らし、食べるのに困るわけでもない。
テレビを見て、花火を見て、オセロをして、季節を楽しむ。
そんな些細な幸せの空気感が素晴らしく、
実写的なキャラクターデザインはアニメ的とは言えないものの、
良い意味でのクセが有り印象に残る。
花火のシーンでのファンタジックな演出は冒頭での盛り上がりの1つになっており、
淡々としたストーリー展開では有るものの、それが徐々に徐々に染み渡っていく。
最初は大根の渋みしか感じなかったものが、煮込まれていくことで
味が染み込んでいくように、作品を見ている間に作品の雰囲気に馴染んでくる。
家族
「阿久津」という男の人生が、見ている我々に染み込んでくる。
癖のあるキャラクターデザイン、淡々としたストーリー、
独特なBGM、昭和という舞台。徐々に、ゆっくり、時間をかけて、
硬かった大根が柔らかく、その隙間に「味」が染み込む。
彼の人生になにがあり、牢屋にはいることになったのか。
それは明らかになっていく。「阿久津」 は「ヤクザ」だ。
ゆっくりと彼の人生は進んでいく、
女の子供が生まれ、言葉を覚え、話すようになる。
女と結婚し夫になるわけでもない、
子供が大きくなり、一緒に暮らしていても「父」になるわけでもない。
彼は何者でもない。何者にもなろうとする決意がない。
心のなかでは、きちんと結婚して夫に、父に、家族になりたいとは思っても、
彼はそうしなかった。それが彼の人生だ。
それは家族を守るためでも有る、
ヤクザである自分の家族になることにはリスクがある。
だからこそ家族に向き合い、寄り添いきることも出来なかった。
人生の最後の瞬間に自分の人生を振り返り、
自分の人生の何がだめだったのかを噛みしめる。
彼は多くを間違えた、だが、その時の自分にはその選択がなかった。
自分の子供でもない子供の「治療」のために、
男は「2億円」という大金を用意しようとする。
結婚した女でもない、自分のDNAを引き継いだ子供でもない。
だが、そんな女の子供のために男は一肌脱ごうとする。
それが「阿久津」という男だ。
中盤くらいになると、この不器用すぎる男の人生に
完全に馴染み、この男の行く末はわかっているのに、
彼の人生に、ドラマに目が離せなくなる。
人生の大逆転、それを彼は狙っている。
だが、それはうまくいかない。
罪
代償を払わなければならなくなる。
愛した女と子、その二人を守るために犯した罪の代償は重い。
無期懲役の判決、一生外にはでられない。
愛した女と子供が本当に救われたのかはわからない。
不器用な男だ、だが、不器用なりに頭を働かせ、
今できる最善を尽くし、最悪の結果を避けてきた。
最高の結果ではない、だが、最悪の結果を避け続けること。
不器用だからこそ正解を手に入れることはできない。
だが、不正解を掴まないようにし続けてきた。
それが「阿久津」という男の処世術だ。
そうすればいつか「大逆転」を掴むことが出来る。
30年の月日、不正解を掴まないように彼は生きてきた。
その結果、彼のもとに「一輪のホウセンカ」が届く。
あの家に咲いていたホウセンカの「記憶」を受け継いだホウセンカ、
ただそばに佇んでいたホウセンカは今を、過去を、
阿久津さえ知らなかったことを知っている。
この作品は実写映画向きの作品だ。
しかし、この「ホウセンカ」というファンタジーな要素が
アニメとしての意味を作り上げている。
実写では喋るホウセンカは浮いてしまう、記憶を受け継ぎ、つなぐ、
そんなホウセンカの存在がアニメ的なものに仕上げている。
一人の男とホウセンカの語らい、
男の命は消え、ホウセンカの種は撒かれる。
一人の女を幸せにし、一人の息子の命を救った。
男の人生は「大逆転」を迎え幕を閉じる。
総評:人生がうまくいく、たった1つの方法
全体的に見てしぶすぎる映画であることは否めない。
どちらかといえば実写映画的な内容であり、
昭和だったら高倉健あたりが主演を務めていてもおかしくないような
「不器用な男」の物語が静かに描かれている。
90分という尺の中でそれをきれいに見せている。
起承転結、スッキリとした中で張り巡らされた伏線と
アニメ的なファンタジー要素である「ホウセンカ」が
アニメ映画としての面白みを感じさせてくれて、
音楽、環境音、アニメの声優ではない俳優たちの演技が染み渡る。
アニメーションのクオリティ自体も非常に高い。
昭和の雰囲気は素晴らしく、唯一派手なシーンとも言える花火のシーンは
幻想的な演出と阿久津という男の人生をも感じさせるものになっており、
そこに「ホウセンカ」の可愛らしい動きが合わさることで
印象に残る作品になっている。
作品としての地味さはあるものの、挑戦作だ。
アニメアニメしていない、実写邦画的な内容をあえてアニメでやる。
その尖りまくった姿勢は素晴らしく、CLAPという制作会社らしいものともいえる。
アニメ映画として名作か?と聞かれると難しい作品ではある。
昨今はやりの作品とは真逆を行くような逆張り作品であり、
ド派手な戦闘シーンや、人間ドラマで泣きを強調するわけでもない、
そういった意味でもエンタメ性は0に等しい。
しかし、それゆえに刺さる人には強烈に刺さる作品になっている。
じんわりじんわり、じっくりじっくり、
徐々に味が染みていく大根のように、どこか懐かしくも
心が温まり味わいを90分で生み出している作品だ。
ぜひ、この挑戦作を劇場でご覧いただきたい。
個人的な感想:エンタメ
アニメ映画はエンタメであれば有るほど売れる傾向にある。
私自身もアニメ映画といえばド派手なものを求めがちだ。
しかし、この作品はそれとは真逆の方向に行っている。
それでもエンタメ性は最低限感じるものになっており、
この絶妙なバランスは素晴らしいものの、
同時に人を選ぶ作品になってしまっている。
非常に渋い作品だ、高倉健さんがご存命なら
高倉健さんが老齢な主人公の声優として演じられてたかもしれない。
そう感じさせてくれるような昭和の映画感をあえて
アニメで再現している、伝わりにくいのだが、
ものすごい挑戦作であることは間違いない。
ピエール瀧、小林薫、名俳優の演技も本当に素晴らしいのだが、
人を選ぶことは間違いない。
鬼滅の刃やチェンソーマンといったド派手な作品もいいが、
こういう作品を1年に1回は映画館で味わいたい、
そう思わせてくれる作品だった。