「劇場版 呪術廻戦 0」レビュー

映画
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評価 ★★★★☆(73点) 全105分

あらすじ 2016年11月、乙骨憂太には、婚約者の少女である特級過呪怨霊・祈本里香が取り憑いていた引用- Wikipedia

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逃げちゃだめだ!

本作品は「呪術廻戦」の劇場アニメ作品。
本編の前日談にあたる「0巻」を原作としている。
監督は朴性厚、制作はMAPPA

背景

もともと呪術廻戦はMAPPAらしい素晴らしい作画で
TVアニメの一期が制作されていた。
そんなMPPAAが同じく手掛けている本作品、思わず「背景」に目が行ってしまう。

最近のアニメ映画の特徴として「背景」の異常なまでのクォリティが上げられることが多い。
「君の名は」からよりリアルに、現実のように感じられるほどの
背景を描写することにより強い「没入感」を生みやすくなる手法であり、
アニメ制作会社の見せ所の1つとなりつつある。

そんなアニメ映画の状況を映すかのように
この作品もとんでもないクォリティで背景が描写されている。
「呪術高等専門学校」の木造建築だからこその、
柱や床の「木目」までパット見ただけでも感じられるほどの細かい描写、
机の木目でさえこだわって描かれている。

更に「光」の計算もきちんとされた描写が目に止まってしまう。
窓から差し込む太陽の光から生まれる床の反射、
外で模擬練習しているときの「木刀」にさしかかっている光まで
きちんと計算されて描かれており、
背景の作画のクォリティが高いだけではなく光も意識した作画になっている。

単順にリアルな背景を描くのではなく、
「呪術廻戦」という作品の雰囲気を際立たせるための
背景描写になっているところは本当に素晴らしい。

乙骨憂太

この作品は「呪術廻戦」という本編が始まる前、
時系列的には1年前の出来事を描いている作品だ。
当然、呪術廻戦の主人公である「虎杖悠仁」は出ない。
呪術廻戦の初劇場アニメ作品なのに本編の主人公が出ないというのは斬新だ。

この作品の主人公は「乙骨憂太」だ。
彼は呪術というものをしらない少年ではあり、
その点では呪術廻戦の「1話」の虎杖悠仁と同じだ。
虎杖悠仁の1話冒頭をまるでセルフオマージュするかのごとく、
乙骨憂太の前に「五条悟」が立っているシーンから物語は始まる。

乙骨憂太には強い呪いがかかっている。
彼に危害を及ぼそうとする人間がいれば、彼の意思とは関係なく
「呪霊」が暴走し、人間に危害を与えてしまっている。
放っておけば多くの人を殺しかねない、
虎杖悠仁と同様に乙骨憂太の存在は危険な存在だ。

それを彼自身がよく分かっている。
自らに「死刑宣告」をされようとも、それを受け入れ、
むしろ自分で自分を殺そうとしているくらいだ。
誰かを傷つけるくらいなら、こんな自分ならいなくなったほうがいい。

強い自己否定と自尊心の無さ。彼は誰からも認められず、
誰かと触れ合おうともしない。
他者との関わり合いを拒み、自らの殻にこもっている少年だ。

私は「呪術廻戦」のレビューで、
呪術廻戦のキャラクターはそれぞれ強い傲慢さを持ち、
その傲慢さという名のエゴイズムがそれぞれのキャラ付けと
強さにもなっていると評していたが、
そんな「呪術廻戦」の世界の中で乙骨憂太という少年は異質といってもいい。

彼には傲慢さやエゴイズムが無い。
それを得るために必要な「生への終着」がない。
「虎杖悠仁」という主人公とは真逆の存在と言ってもいい。

導入

導入はかなり丁寧に描かれている。
「呪い」とはなんなのか「呪術」とはなんなのか。
呪霊や等級など、呪術廻戦の序盤で何も知らない「虎杖悠仁」に
同じように説明しながら視聴者にも見せていたが、
この作品は同じように「乙骨憂太」という何も知らない主人公に
説明する形で視聴者にも説明している。

私はすでに「呪術廻戦」という作品を見てしまっているため、
憶測でしかないものの「呪術廻戦」という作品を見ていない状態で
いきなり劇場版を見ても問題のない作り方をしており、
そういった意味では初見にも優しい作品作りになっている。

逆に言えばすでに「呪術廻戦」という作品を見た&読んだことのある人にとっては
同じ説明をされている部分でもあり、やや説明描写が多いため
冗長になっているシーンも有る。

他にも「背景」を見せるようなシーンも有り、
原作が1冊の単行本であることを考えれば、
言い方は悪いが「尺稼ぎ」をしていような部分もあり、
テンポが悪いわけではないが、時折、引っかかるような感覚を覚えるような
シーン構成やストーリー展開になっているのは気になるところだ。

特に終盤での戦闘シーンはファンサービス的な意味合いが強いシーンも多く、
視点が二転三転してしまう。
せっかく初見でもわかりやすい導入と世界観説明があるのに、
終盤は初見の人には「誰?」と思ってしまうようなキャラクターの
戦闘シーンが頻繁に挟まれてしまっている。

戦闘シーン自体は素晴らしいクォリティで描かれているものの、
終盤の盛り上がる展開の中で、視点が二転三転してしまうのはもったいない。
スムーズにそのまま見せてほしいのに、
視点が切り替わることで引っかかりが生まれてしまっている。

特に「東堂」に関しては、アニメでも語られていた特級を祓うシーンが
あってもおかしくはないのだが、そこは描かれない。
出すのはいいが、出すならばもっとガッツリと見せてほしい、
そこを見せてほしいのにというところが
描かれていないもどかしさも感じてしまう。

乙骨憂太と彼の同級生、そして「五條悟」。
この4人の戦闘シーンだけをがっつり見せてほしいのに、
ファンサービスを優先してしまった結果が終盤に出てしまっているのは
やや残念なところだ。

戦闘シーン

戦闘シーンのクォリティはTVアニメの1期から確実に上がっている。
1期のときからキャラクターが「廻る」ことを意識した
戦闘シーンとカメラワークが多く、グリグリに動いていたが、
そこを更に強化している。

とにかく廻る、廻る、廻る(笑)
敵の攻撃を避けるときにも廻り、攻撃をするときにも廻る。
TVアニメのときよりも、よりハイスピードに展開される
戦闘シーンの「圧」はすばらしく、瞬きする暇さえ与えない。

更にエフェクトの見せ方。
あえて真っ黒な画面に「エフェクト」のみを映すことで
画面にメリハリをうんでおり、単順にド派手はエフェクトを被せるのではなく、
エフェクト自体をエフェクトだけを見せるようなカットを挟むことで
より印象的な戦闘シーンを作り上げている。

よりハイスピードな戦闘シーンに仕上げたからこそ、
あえて「スロー」を使うことで緩急を生んでおり、
決して意味のないスロー演出ではなく、
スローにしたからこその「絵」と「キャラクター」と「技」を見せる戦闘シーンだ。

そういった演出だからこそ、脳裏に焼き付くようなカットが多く、
特に乙骨憂太が刀を構え、背後に彼の呪いそのものである「祈本里香」が
居るシーンは素直に「かっこいい」と言えてしまうシーンだ。

変化

乙骨憂太は「五條悟」と出会ったことで運命が変わっていく。
ボーイミーツガールならぬ、ボーイミーツ五条である。
彼に出会い、彼が乙骨憂太をかばったことで死刑宣告に猶予が与えられ、
乙骨憂太という少年が自分を見つめ直し、自分というものを
確立することができた。

乙骨憂太は他者と関わることを拒んできた少年だ。
自分では制御できない力を持ち、その力がどんな状況で暴走するのかもわからず、
自分の意志とは関係なく人を殺してしまうかも知れない。
だからこそ彼は友も作らず、自分を殺そうとすら考えていた。

しかし「五条悟」と出会ったことで変わった。
呪いを払うために呪いを学ぶ「呪術高専」で彼は
自分と同じような立場の人間に出逢うことができる。

子供の頃から言葉で「呪う」力を持った少年、
そして「呪い」の力がないのに呪いに、
自分の生まれに立ち向かおうとしている少女、あとパンダに(笑)

それまで自分を理解してもらう人もおらず、
それ故に彼は自分を自分で孤立させていた。
「虎杖悠仁」は身体能力の高さゆえの「自惚れ」があったが、
乙骨憂太は彼とは反対の「自虐」があった。
自分は誰にも愛されない、自分は誰にも認められない。そんな思い。

そんな彼に「友達」ができる。
自分の立場を理解し、自分を思ってくれる存在、
そんな存在に出会えたからこそ、
自分の力の使い方を教えてくれる存在に出会ったからこそ彼にも変化が現れる

「乙骨、お前は何がしたい、なにが欲しいんだ、何を叶えたい」

人として当たり前に持っている「思い」が乙骨憂太はなかった。
「禪院 真希」にまっすぐにそう言われ、彼は奮い立つ。

「誰かに関わりたい、誰かに必要とされて、生きてていいって自信が欲しいんだ」

この作品は乙骨憂太という少年の自己確立の物語でもある。
「禪院 真希」という少女はまさにヒロインだ、
主人公を奮い立たせ、主人公に「真希さんみたいになりたい、
強く真っ直ぐ生きたいんだ」と思わせるほどの存在であり、
そんな彼の言葉が「禪院 真希」の心にも響く。

二人の関係性の描写は思わず「にやにや」してしまうほどだ。

パロディ

しかし、気になるのは「パロディ」要素の数々だ。
乙骨憂太を演じる「緒方恵美」さんの声と演技もあるのだが、
序盤は新世紀エヴァンゲリオンの「碇シンジ」にしか見えない(笑)

見ている側が目を開ければ乙骨憂太だが、
目を閉じれば碇シンジである。
特に序盤は碇シンジと同じくネガティブな思考と台詞が多く、
逃げちゃだめだ逃げちゃだめだと言わんばかりに、
同じセリフを繰り返されると余計に碇シンジにしか聞こえない。

おそらく制作側もかなり意図してパロディをしている部分がある。
例えば五條悟が乙骨憂太の件で上層部と話しているシーンが有るのだが、
もろに新世紀エヴァンゲリオンにおける
碇ゲンドウと「ゼーレ」の会話のシーンのパロディになっている。

意図的なパロディであることはわかり、
私は見ているうちにこのパロディの数々に思わず笑ってしまったものの、
ややノイズであることは間違いなく
気になる人はかなり気になる部分だ。

特に呪術廻戦はオマージュ要素が多い作品であり、
そんな中でのエヴァパロディともいえる要素の数々は
「あえてそうする必要があったのか?」と疑問に感じる部分ではある。

緒方恵美さんの演技は流石ではあるものの、
あまりにも意図的に「碇シンジ」と被せすぎている部分が目立っている。

祈本里香

乙骨憂太に取り憑いているのは彼の幼馴染だ。
幼い頃に事故で酷い死に方をしてしまった初恋の相手、
そんな彼女が乙骨憂太に取り憑いてしまったせいで
彼の人生は変わってしまった。

愛情ほど強い呪いはない。
無垢なる子供の、純粋で真っ直ぐな思いと愛は
呪いといういびつな形で幼い少年に取り付いてしまう。
そんな「愛」を受け止めることが乙骨憂太には
幼いゆえに未熟故に出来ていなかった。

しかし、彼は変わった。
師と出会い、友と出会い、仲間ができ、誰かと関わったことで
「生きる」自身が生まれ、愛を受け入れ、自分自身を見つめ直すことが出来た。

祈本里香が死の間際に愛ゆえに彼を呪ったのではない。
乙骨憂太が祈本里香という少女を失いたくないという想いが
彼女を呪った結果だ。

最初から彼には「呪術廻戦」らしい傲慢さとエゴがあった。
それは愛ゆえに、失いたくないという思い、
「好きな人に生きていてほしい」というエゴが呪いを生み、
それが彼の力になっていた。

傲慢さとエゴイズムの強さは呪術廻戦においてのキャラの強さだ。
愛という歪んだ強い呪いを受け入れた彼は
「五条悟」につぐ強さを手に入れている。

そんな彼の前に「敵」が現れる。

夏油 傑

彼は「五条悟」の同級生だった男だ。
強烈な選民思想を持ち、呪術師以外の人間は死ねばいいとすら思っている。
そんな傲慢さとエゴイズムを抱えた敵に対し、
乙骨憂太は言い放つ。

「お前が正しいかどうかなんて僕にはわからない、
 でも僕がみんなの友達で居るために
 僕が僕を生きてていいって思えるようにお前を殺さなきゃならない」

自己中心的かつ傲慢でエゴイズムにみちた彼の言葉。
冒頭の自虐に満ちた彼には絶対に言えなかった台詞だ。
105分という尺のなかで乙骨憂太という少年の成長と変化が
まっすぐに描かれており、それが彼の言葉にも強く現れている。

今の自分ではかなわない敵を目の前にして彼は、
己の全てを「祈本里香」に捧げることで、
彼女の愛を受け入れ、同時に彼女にまっすぐに愛をぶつけることで
すべてを犠牲にしても友達を守ろうとしている。

まさしく愛だ。
愛の力を持って、夏油 傑が掲げげる大義に挑む姿は
物語の「主人公」そのものだ。純愛の前に大義はなんの意味もなさない。
愛の前に道理など説いても無意味でしか無い。

自分から、世間から、愛から逃げていた乙骨憂太が
まっすぐに逃げずに、自分に、世間に、愛に向き合った物語、
そんな物語が起承転結、綺麗に描かれ心地の良いラストで終わっている作品だ。

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総評:廻り廻る愛の物語

全体的に見て素晴らしいクォリティで描かれている作品だ。
「乙骨憂太」という主人公、そんな主人公の始まりと変化と成長の
物語が起承転結すっきりと描かれており、
前日談だからこそ本編を見ていなくても問題のないストーリーに仕上がっており、
彼の物語が105分という尺で最後まで描かれている。

元々が呪術廻戦連載前の読み切りの1冊であることが見ていてわかる。
伏線の張り方と回収、主人公や敵の掘りさげ、世界観の見せ方、
それが105分という尺の中で全て余すことなく描かれており、
物語も綺麗に完結している。
長期連載を想定した要素がないからこそのすっきりとした感覚、
1つの作品を見終わったという感覚が残る作品になっている。

ただ、やはり「エヴァパロディ」の部分やファンサービスなシーンは
かなり気になるところであり、やや冗長になってるシーンや
引っかかるような感覚を覚えるところは欠点としか言えない。
もう少しスッキリと描いてほしいのに、
「呪術廻戦の映画」を作るにあたってのノイズが入り込んでしまっている。

それでも1つの作品としての完成度、満足感は高い作品だった

個人的な感想:泣きはしなかった

鬼滅の刃と比べられることの多い作品だが、
個人的には鬼滅の刃無限列車編は思わず泣いてしまったが、
この作品では涙腺を刺激されるまでには至らなかった。

1本の作品としての満足感や完成度はこの作品のほうが高いが、
やはりエヴァというノイズと所々にある引っかかりが
作品やキャラへの没入感を弱めてしまっている部分もあり、
非常にもったいない。

個人的には主人公としての魅力が「虎杖悠仁」より
「乙骨憂太」のほうがありすぎる感覚が残る作品でもあった(笑)

「」は面白い?つまらない?

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アニるっ!

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