「神在月のこども」レビュー

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映画
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評価 ☆☆☆☆☆(4点) 全99分

あらすじ 都内に住む小学生のカンナは母・弥生を亡くした喪失感を拭えずに、好きだった「走ること」からも逃れようとするようになる引用- Wikipedia

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児童虐待

本作品は劇場オリジナル作品。
監督は四戸俊成、白井孝奈。制作はライデンフィルム

キャラデザと声優

見出して感じるのはキャラクターデザインの微妙さだ。
主人公の幼い頃から物語が始まるのは良いのだが、
母親と主人公のキャラクターデザインがなんとも言い難い微妙さだ。
子供向けアニメのような簡素なキャラデザは印象に残りにくい。
最近のアニメというよりは90年代のアニメを見ているような感覚だ。

親子のかけっこ、母は娘より早く、彼女をおいていってしまう。そんな思い出。
子供時代は子役の方が演じているものの、
成長して12歳になった彼女は女優さんが演じている。
いわゆるいかにもな「芸能人声優」だ。

「声の演技」ができておらず、とても12歳の子供には聞こえない声は
この手の芸能人声優を使った際のむずがゆさのようなものを生んでおり、
作品の冒頭から作画の悪さもあいまってこの作品に入り込めない。

どうでもいい背景を写したり、どうでもいいシーンを止め絵で見せられたり。
話がなかなか動き出さず、どうでもいいシーンをひたすらに見せられる冒頭は
思わず見るのを一回辞めたくなるほどだ。

昨今の映画作品はどれも潤沢な予算を使って綺麗な背景や
作画へのこだわりと感じる作品が多いが、この作品は2021年の
映画作品とは思えないほどの「低予算感」を強く感じてしまう。

走れない

主人公は「母」を失って1年たっている。
走り出そうとするたびに彼女は「喪失感」に襲われ、
母を思い出し、一歩を踏み出すことが出来ず、走ることに億劫になっている。
そんな状況はわかるものの10分立っても20分立っても
物語が動きそうで動かない、異様なまでのテンポの悪さだ。

序盤でマラソンシーンがあるのだが、そのシーンもグダグダで
低クォリティな作画による止め絵を見せられ、もう飽き飽きしてしまう。

20分ほどたってようやく話が動き出す。
母の形見の勾玉の腕輪がある時、光だし時がゆっくりになり、
そこに謎の少年が彼女の前に現れるところから、
本当にようやく話が動き出す。

神の末裔

実は主人公の母親は神の末裔であることが発覚する(笑)
あまりにも唐突な事実に笑うしか無い。
韋駄天、かけっこの神であった母の「役目」を娘である主人公も継がなければならない。
出雲で行われる神々の集い、そんな集いにあわせて馳走を集めないといけない。

理不尽の極みである。しかも、出雲まで徒競走である。
韋駄天の神の力を使えるとは言え無報酬、徒競走で
馳走を運べといきなり言われる理不尽さは半端なく、
しかも、彼女が馳走を出雲まで運ばなければ神々の集いは行われず、
人間同士の「縁」が結ばれなくなってしまう。

相当に、理不尽だ。
唐突に現れる「神の使い」は彼女に言う。
母と同じ役目を果たし、母と同じ道筋をたどれば
「お母さんのところにたどり着ける」かもしれない。と。

12歳の少女が亡くなった母に会いたいのは当たり前だ。
理不尽の極みではあるものの、主人公にとってのメリットがあることで
その理不尽さはやや薄まる。

だが、そもそも主人公の「母」はどうして亡くなったのかが描かれていない。
生前からなにやら体調は悪そうなものの、
まだ若い母がどうして亡くなったのか、それは理不尽の極みである
「韋駄天」としての役目のせいじゃないのか?とすら邪推してしまう。

馳走集め

主人公は出雲に行く道中で様々な神と出会い、馳走を集める。
その土地や神様にゆかりのある馳走をもらいながら様々な神が出てくる。
さながら「千と千尋の神隠し」のごとく、
ときには良い神に出会い、ときにはちょっかいをしかけてくる神に出会う。

この流れ自体も淡々としており、ダイジェストととまではいかないものの
トントン拍子に色々な神社をおとずれ、トントン拍子に
馳走が集まっていく様子は面白いとは言えず、
さらーっと描かれてしまうため盛り上がらない。

韋駄天と因縁のある「鬼」が邪魔してくることもあるが、
だからどうしたレベルで盛り上がらない。
因縁のある「鬼」もあっさりと仲間になり旅に同行し、
物語における盛り上がりどころというのが映画始まって
10分立っても20分たっても30分立っても生まれない。

一切盛り上がりが生まれていないのに
道中の様々な神とのエピソードはダイジェストでサクサクと
描かれても何の面白みも感じない。
主人公の演技もひどければキャラデザも悪く作画も酷い。
そのせいで「ロードムービー」な雰囲気に入り込めい。

ロードムービーの中で主人公の成長と変化を描きたいのはわかる。
一歩を踏み出すことが出来ない、母への思いが彼女を縛り付け、
自立できずに居る彼女がどう成長し自立するのか。

テーマとしては「千と千尋の神隠し」と似ている。
今作では神をもてなすための馳走を少女が集めているが、
千と千尋の神隠しでは千尋が湯女として神をもてなしている。
千と千尋の神隠しをロードムービーにしたらこんな感じなんだろうという
雰囲気だけは感じる。

千と千尋の神隠しがダイジェストではなく1つ1つのシーンを
しっかりと描いたからこそ神さまたちや千尋の成長や変化を感じられたが、
この作品はダイジェストを多用しまくるせいで
ぽんぽん出てくる神の印象も残らない。

びっくりするほどあっさりと全ての馳走が集まるシーンは
あっけにとられるほどだ。恵比寿という神の中では知名度も在り、
重要そうな神ですら出番は殆どない。
映画の尺で言えば1時間位で全ての馳走が集まり、
出雲へもう少しみたいな流れになる。

これで冒頭からすぐにこの展開になっているなら良いが、
前述したとおり、彼女が母の秘密を知り走り出したのは
映画が始まって30分くらいだ。
グダグダしてたかとおもえばダイジェストでサクサク進めるという
意味不明なストーリー構成になっている。

小学生な主人公がいくら韋駄天の力を使っているとは言え
無謀とも言える距離を走っているのもかなり気になる。
ほとんど疲れも見せず、ゆっくり睡眠もしっかり取りながら
東京から島根まで800km以上走っている(苦笑)

「韋駄天のちから」というふわっとした設定のせいで
その長距離の大変さのようなものが一切感じられない。
急に「もうすぐ長野だ!」と言われても、
見ている側がいつの間に!?と思うほどあっさりと長距離を移動している。

そもそものストーリーが薄い。
その薄いストーリーを1時間40分という尺に引き伸ばすために
ぐだぐだと間延びしたシーンや背景を見せるシーンが目立つ。

正論

主人公は「母ともう1度会える」からこそお役目を果たそうとしている。
しかし、母との再会が嘘であることが発覚する(苦笑)
確かに彼女にそういったシロは「かもしれない」と告げていたものの、
酷すぎる嘘だ。

そのせいで彼女は自暴自棄になり、全てを投げ出そうとする。
当たり前である、12歳の子供が東京から島根に馳走を集めながら
歩きで向かうなんて役目をメリットがなければやるはずもない。

彼女の代わりに彼女の役目をやりたがっている「鬼」もいる。
神様たちの集いも彼がいれば問題ないだろう。
しかし、鬼は彼女に言う

「お前は走るのが好きで走ってるんじゃなかったのかよ!」

この鬼、まるで話を聞いていない(苦笑)
母と再開できるから島根に行く、そういう目的が最初にあり、
それは彼女にも見ている側にも分かったことだ。
なんのメリットもない神としての役目をだれもやるはずがない。

「分かったようなこと言わないでよ!」

主人公の反論は正論だ。ようやく主人公に感情移入できる。
傷ついた12歳の子供に嘘の希望を与え、無理やり神の役目を与え、
神の力で疲れを感じさせないようにして島根まで5日間も走らせる。
神たちに法は通じないのかもしれないが、児童虐待だ。

主人公が再び走る楽しさ、自分の好きを思い出し走り出すという
展開自体は悪くないものの、前提条件がそもそも
あまりにも無理難題であり、細かい突っ込みどころが凄まじい作品だった。

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総評:千と千尋の神隠さない

全体的に見てやりたいことはわかるものの、
そのやりたいことを形にする上でいろいろな部分が足りていない作品だ。
母を失った少女が母の死を乗り越えて成長し自立する、
そのストーリーをやりたいのはわかる。

しかし、そんな少女に「母との再会」をちらつかせて
疲労感を感じないとは言え5日間も東京から島根に向かってまで走らせ、
彼女なりに頑張ったのに結局再会は嘘であり、最後の最後まで会うことは出来ない。
今後、彼女は母の役目を引き継いで神としての役目を毎年果たすのかもしれないが
無報酬で毎年5日間も走り続けないといけないのはあまりにも理不尽だ。

肝心の東京から島根へのロードムービーもこだわりのある
背景描写があるわけでもなく、
道中で出会う神々はほぼダイジェストで描かれ、
ロードムービーとしての面白さはまるで感じない。

終盤の作画はややマシなものの、序盤から中盤までは
明らかに手を抜いた作画が非常に多く、
「映画」という媒体でこれほど止め絵と引きの絵を見せられまくったのは
久しぶりだ。

主人公を演じる女優さんの演技も厳しく、
終盤は見ているこちら側がやや慣れる部分はあるものの、
「12歳の少女」感はあまり感じない。

色々な部分で予算の少なさや粗削りな部分を感じるところが多く、
本来は60分位で描ける内容を無理やり、100分の映画にしたような
間延びしたシーンやグダグダなシーンも多く、
なんとか「形」にしました感のある作品だった。

個人的な感想:コミュニケーション監督…?

Wikipediaをみると本作品は監督がいっぱいいる。
アニメーションの監督である白井孝奈氏、
クリエーションの監督である坂本一也氏、
ロケーションの監督である三島鉄兵氏、
そしてコミュニケーションの監督である四戸俊成。

意味不明だ(苦笑)
ロケーション監督とアニメーション監督はわかるものの、
クリエーション監督とコミュニケーション監督は一体なんなのだろうか…
こんな監督だらけの作品だったために、焦点がぼやけてしまった
作品になったのかもしれない…

「神在月のこども」は面白い?つまらない?

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