これは感動ポルノではない、素晴らしい青春映画だ「聲の形」レビュー

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映画
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評価 ★★★★★(95点) 全129分

あらすじ 高校3年生の石田将也はこれまで続けていたアルバイトを辞め、また自室の家具を全て売り、銀行口座から全財産を引き出す。引用- Wikipedia

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これは感動ポルノではない、贖罪の物語

原作は別冊マガジンで掲載された漫画作品。
監督は山田尚子、制作は京都アニメーション。

THE WHO


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

物語は高校生の主人公の日常から始まる。
バイトを辞め、貯金をおろし、母のもとにそのお金をおき、
自らは「橋の上」から飛び降りようとする。身辺整理と「自殺」。
そして底から流れるTHE WHO。

アニメ映画といえば声優が歌ったり、タイアップでアイドルが歌ったり、
人気歌手が歌ったりと「お金の匂い」がする歌手が歌うことが多いが、
この作品におけるOPはタイアップもくそもない洋楽で、しかもTHE WHOだ。

ザ・フーを知らなくとも「MY GENERATION」というこの曲は
どこかで聞いたことの有る耳覚えの有る曲に違いなく、
一切聞いたことが無い人でもタイアップや声優が歌っているわけじゃないと分かる。
あえてOPにザ・フーが流れることで不思議な期待感を感じさせる。


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

この作品は「障害者」の女の子が主軸の話だ。
彼女は聴覚障害を持っており、そんな彼女が主人公の学校に転校してくる。
彼女の最初の「挨拶」と「コミュニケーション」と「発声」の仕方は
聴覚障害だからこその独特なものだ。

「筆談」で自らの文字で同級生に自分の気持を伝える。
自分が耳が聴こえないことを素直に告白し、
筆談で懸命にコミュニケーションを取ろうとする。
健気で真っ直ぐな障害者の女の子の姿、
耳が聞こえずとも歌おうとし授業に参加する姿は心苦しい。

そんな女の子をクラスの男子の一人である主人公がいじる。
小学生という年代の男の子はまだまだ精神的に未熟だ。
女子に対して平気でいたずらをし、いじめる。
そんな場面を視聴者自らも「見た」ことがあるはずだ。
もしかしたら、当事者だった人もいるかも知れない。

クラスに一人はいるお調子者。
真面目な雰囲気でふざけることで自身のアイデンティティ、
クラスの居場所を作り上げている男子はクラスに一人はいたはずだ。
主人公は小学生の時、そんな男子だった。
障害者の女の子をいじめていた男子だった。

そして彼女が女の子だからこその「女の子同士のグループ分け」や
女の子同士だからこその陰湿ないじめが始まる。
「コミュニケーション」というのは重要だ。
しかし、彼女の場合、筆談をしなければそんなコミュニケーションを
素直に行うことは出来ない。だからこそ彼女は除外される。

仲良くなろうとする子もいる。だが、彼女と仲良くすると除外される。
女子同士だからこその「グループ分け」といじめ。
この世代の男子と女子の行動やセリフ全てがあまりにも生々しい。
生々しすぎると感じるほどだ。

この作品は創作物だ、別にドキュメンタリーではない。
そこまで生々しく描かなくても良いんじゃないかと思わず感じてしまうほどの、
障害者に対する差別意識といじめの描写が重く現実的だ。
いじめが行われる教室の「空気感」まで肌で感じるようなピリピリとした
緊張感が常に漂っている。

いじめに対する大人、教師の対応も最悪だ。
「校長」が出てきて初めて対応する担任、
いじめの主犯格として一人だけ吊るし上げられる主人公。
悪い方向へ悪い方向と物語が進んでいく、だからこそ話に引き込まれる。
この物語はどうなるのだろうか、キャラクターたちはどうなっていくのだろうか。

キャラクターの表情が生々しいからこそ余計に、
キャラクターたちの「感情」がセリフがなくとも伝わってくる、
細かい感情の機微を細かい表情の変化で繊細に描いており、
「京都アニメーション」という製作会社だからこその表情の描写が
負の感情をたぎらせる。

主人公自身もどんどんと追い詰められていく。
いじめのターゲットが彼女から主人公へと移る。
学校のクラスという集団の中で「浮いた存在」は排除される。
母親にもいじめていた事がばれ、高額な補聴器の弁償をさせてしまう。
軽い気持ちでやってしまったことの数々と後ろめたさ。

そこから生まれる罪悪感。
決して裕福ではない一人親の家庭で自分の母親が大金をおろし、
自分の代わりに罰を受ける姿を目撃する。見たくない姿だ。
より彼の罪の意識が深まり、いじめにあい、精神的に追い詰められていく。
クラスの居場所もアイデンティティも失った。

そして時系列は高校生へと戻る。あまりにも胸が締め付けられる冒頭の30分。
何度も何度も一時停止しながら、心の整理と消化をしていかなければ
この作品のあまりにも生々しく、重苦しい内容を受け止めきれない。
この作品は2時間の作品だ。だが4時間以上の作品を見ているような
そんな感覚に襲われる。

再会


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

高校生になった主人公は彼女「西宮」と再会する。彼は手話を覚えている。
贖罪の意識からくるものだろう。彼は彼女と再会するまで、
自らの罪の意識を薄れさせることに全てを注いでいる。

小学生の時にいじめていた少女に対する態度、
あの時素直になれなかった自分、補聴器を壊し傷つけてしまったこと。
裕福ではないのに母親に自分のせいで大金を支払わせてしまったこと。
彼は自らの罪を、どうすれば償えるか。そんな事を考える日々だ。
だからこそバイトに明け暮れて母親にお金を返し死のうとした。

自分の生きる意味、自分の存在価値。彼は小学生の時点でそれを失った。
孤立し、より自らの存在意義がわからなくなっていく。居場所がない。
因果応報だ。それを受け入れつつも、自らの存在意義として唯一、
「西宮」との関わり合いを求めていく。

些細な理由で彼女に会おうとし、些細な理由で彼女と関わろうとする。
彼女への謝罪、彼女と友だちになることが彼にとって唯一残された
存在意義ともいえる。そんな中で彼にも友だちができる。

友達とはなんなのか、友達にはどんな資格がいるのか。
友達を失い、自分が友だちと思ってた人からもいじめられていた彼にとって
「友達」というものがなんなのかわからなくなっている。
アイデンティティを消失したからこそ、自分というものに自信がない。

自信がないからこそキョドる。落ち着かない目線、会う理由を探し、
手探りの中でコミュニケーションを取ろうとする。
誰もが不器用だ。主人公も、彼の周りの人間も、
「西宮」とは違い声も聞こえて言葉も普通に話せるはずなのに、
彼らはコミュニケーションがうまくできない。

誰しもが罪がある。
いじめをしていたもの、いじめを見て楽しんでいたもの、
いじめを見ていて何もしなかったもの。
知らずに責めてしまったもの。

絶対的な悪ではなく、小学生という年代だからこその純粋さと
思春期だからこそのコミュニケーションのとり方が生み出したそれぞれの罪、
この作品のメインキャラたちはそんな「罪」を多かれ少なかれ抱えている。
そんな罪を高校生になって彼らは自分たちなりに贖罪しようとしている。

互いが互いに関わることで傷つけあっている。
だが、傷つけ合うことで自らが抱えた罪を贖い、
アイデンティティを確立しようとしている。

早見沙織


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

この作品で圧倒的存在感を醸し出しているのが「早見沙織」の演技だ。
私はこの作品で早見沙織さんという声優が恐ろしくなってしまった。
鳥肌が立ちすぎて、その執念、演技力に恐怖すら感じる。
彼女が演じる「西宮硝子」は耳が聞こえない。

聴覚障害を持っている人の喋り方、声の出し方を早見沙織という声優は
とことん研究し、追求し、自らに取り込んだ。
だからこそ恐ろしいほどに自然な聾啞者の声の出し方が出来てしまっている。
本当に鳥肌が立つ演技だ。

絞るような声の出し方、独特な音程と、そこから生まれる違和感。
彼女の演技があるからこそこの作品で「聴覚障害」を持つ少女の存在が
より際立たち、彼女が自らの障害と向き合い、あがこうとする姿に
より胸を締め付けられてしまう。

「私は私が嫌いです」

そんな彼女自身の絞り出されるような言葉が深く、深く突き刺さる

視線


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

この作品に派手な展開はない。会話と会話、
罪を抱えた思春期の少年と少女たちは自らの罪に苦しみながら言葉をぶつけ合う。
この作品はやり方によっては地味なストーリーになってしまいかねない。
変に重く、変に生々しく、シリアスな部分だけが伝わってしまうかもしれない。

しかし「山田尚子監督」の細かい演出が細部に光っている。
ストーリーを地味にせず、より生々しく明確にキャラの感情が伝わるように
キャラクターの表情と視線を見せている。

あえて表情を描かず手の動きや主人公の「視線」を描くことで感情を描く事もある。
京都アニメーションの「作画」の制作能力に依存するだけではない、
言葉ではなく演出でキャラクターの感情を描写するシーンは
「山田尚子監督」の凄さをひしひしと感じるポイントだ。

主人公は誰にも視線を合わさずに本音をぶつける。
今まで隠していた本心を全てぶつける。
せっかくできた友達、再会した友達全員を傷つける。

主人公も彼女も、自分が悪いんだ、私が悪いんだと。
自分を責める姿を見せられ、
視聴者が抑圧されるストーリーが1時間40分続く。

自己嫌悪


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

物語の冒頭に自己嫌悪とアイデンティティの消失から
主人公は自らの命を断とうとした。だが彼は生きている。
彼女と再会し、色々な人ともう1度関わりを持つが、
また傷つける。

そんな姿を「彼女」は見てしまう。
自分のせいでまた仲が悪くなってしまったクラスメイト、
自分のせいで、自分のせいで、自分のせいで。
彼女の自己嫌悪の行き着く先は自らの存在の否定だ。

自分が居なくなれば、みんなが幸せだ。そう感じてしまう。
しかし、それを主人公は許さない。例え自分の命をなげうっても、
何に変えても「彼女」を守りたいと思わせる。
淡々としたストーリーの中でこれでもかと描かれた生々しい心理描写。
その果ての結果が起こる。

誰しもが自分を責める。本気で本心で自らの気持ちを吐露する。
見ていられないほどの傷つけ合いは、誰も救われない。
謝ってもどうしようもない、傷つけあっても何かが変わるわけではない。
だが、救われないと分かっていても傷つけなければ収まりがつかない。

「どうすればよかった」

どうしようもない。どうしようもない結果だ。
だが、どうにか出来たはずだと考える。自己嫌悪を乗り越え、真に向き合う。
どこか逃げていた最後の部分、
まっすぐに誰かと視線をそらさずに本心をぶつけあう。

心から素直に謝り、心から素直に向き合う。
最初からこうできていれば後はならなかった。だが出来ないのが人間だ。
言葉が通じても、声が聞こても、通じないことがある。
自らの言葉を声を通じてなにを伝えたいのか、
「聲の形」が相手に伝わなければ意味がない。

きちんと伝わったからこそ、彼らの日常はこれからも続いていく。
「ごめん、だけどありがとう」
謝ってばかりの彼らが感謝の言葉を告げる。
不器用だ。本当に本当に最後まで不器用な彼らが愛おしい。

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総評:贖罪の物語


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

全体的見て驚くほど完成度の高い作品だ。
「障害者」に対する小学生の「いじめ」というものを真正面から、
ごまかさずにストレートに生々しく描き、彼らの罪を描いた後に、
キャラを成長させることで過去の過ちに向き合わせる。

キャラクターの心理描写を表情と演出、
そして声優による演技で見ている側にストレートに伝え、
心を抉るようなセリフをキャラクター同士でぶつけあわせる。
彼らが自分の罪に向き合い、その中で傷つけ合いあがいている。

あまりにも生々しく重苦しい話だ。
人によってはこの作品を見るに耐えないと感じる人もいるだろう。
だが、この作品はあえてそこから逃げない。
物語のキャラが自分の罪に向き合うからこそ、作品もその姿の描写を
一切妥協せずに描いている。

本来はメインではないサブキャラクターにすら涙腺をくすぐられる。
ヒロインの祖母や主人公の母親、ヒロインの母etc…
一人ひとりの行動がメインキャラに突き刺さるからこそ
見ている側にも突き刺さる。

誰しもが罪を抱えている。そんな罪に一人ひとりが向き合いながら
主人公と彼女のアイデンティティと存在意義の確立へと繋がる。
やや淡々と抑圧された1時間40分と、そこからの解放という名の救いのある
ラスト20分は見事なストーリー構成だ。

好みはガッツリと分かれる作品だ。
刺さる人には強烈に刺さり、刺さってしまうがゆえに心苦しい。
そんな「いじめ」「障害者」「思春期」というものを
真正面から描いている作品だ。

まだ見ていない方は是非見ていただきたい。
思春期の少年少女にこそ見てもらいたい。
大人になったあなたにも見てもらいたい。
そんな作品だ。

個人的な感想:泣きすぎワロタ


画像引用元:映画『聲の形』 ロングPV
(C)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

個人的にこの作品を映画館で見なくてよかったと思ってる作品だ
なにせ私、泣き過ぎである(苦笑)
一回涙が止まった後にまた涙が溢れるシーンが出てきてしまい、
もう終盤は人様にお見せできるような顔ではなくなってしまっていた(苦笑)

家でじっくりとBDで見て正解だった。
ちなみに2年ぶりにこの作品を見たが、また泣いている。
何度見ても泣いてしまう作品だ。

欠点らしい欠点はもう、これは人による好みくらいだろう。
びっくりするほど完成度が高く、何度も泣けてしまう。
ただ容赦のないいじめの描写、生々しいキャラクターの描写は
本当に人を選ぶ描写だ。その描写は本当に人を選ぶ部分があり、
この作品に嫌悪感を抱く人もいるはずだ。

面白いとか面白くないという話ではない。
この作品は「好き」か「嫌い」かだ。
ぜひお試しあれ。

コメント

  1. 名無し より:

    はやみんはこの役をやるために実際に聴覚障碍者に会っているみたいなのでとてもリアリティがあって素晴らしいですよね
    あと細かいことになってしまい申し訳ありませんが、聴覚の障害は正確に言えば乳児の時に脳を少しやってしまったためのものなので後天的なものなんですよ
    あと、あの計算高い女の子は計算してなくて全部本心でやってるんですよね。いじめのときも「友達に仕方なく付き合ってたから私悪くない」みたいに思ってて終盤までそれは変わらないんですよね
    映画と考えるとここまで描き切るのは苦行なんですけどね