「バビロン」レビュー

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サスペンス
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評価 ★★☆☆☆(37点) 全12話

あらすじ 東京地検特捜部は、製薬会社の日本スピリから捜査資料を押収した。しかしそれらを検証する際、「睡眠薬セイレンに関する臨床試験」というファイル内にあった2つ折りの報告書の裏に、血痕や毛髪などとともに書かれた大量の「F」の字が綴じられていることに気付く引用- Wikipedia

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最悪を味わう娯楽作品へようこそ

原作はHELLOWORLDや正解するカドでおなじみの野崎まど。
監督は鈴木清崇、製作はツインエンジン

粛々


引用元:バビロン 1話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

1話から地味だ。東京地検特捜部である主人公が製薬会社に調査に入る。
アニメというよりは「ドラマ」のような雰囲気すらあり、
どちらかというと「ノイタミナ」枠でやってるアニメのような作品だ。
ドラマ的な内容をアニメーションで描いている。

そんな粛々とした始まりから主人公は
「F」で埋め尽くされた1枚の書類を発見する。
毛髪や爪、皮膚も挟み込まれた書類は「異様」そのものだ。
ただ、本来はこの書類を発見したときの衝撃をもっと描かないといけないが、
演出が弱い。

人の毛や皮膚や爪も挟み込まれた異様な書類にも関わらず、
本来は鳥肌が立つような見せ方をしなければならないはずなのに、
サラッと見せてしまうのは残念でならない。

書類の制作者の元を訪ねると、その製作者は大音量の
クラシックの中で「笑顔」で死んでいる。
自殺している彼を訪ねた男女、
そのうちの男は「政治家の秘書」であることが明らかになり…
と、事件が徐々に大きく、凶悪になっていく。

クールな主人公と熱血漢な部下というタッグによる捜査も
ベタなコンビではあるものの、ベタだからこそ王道な面白さが感じさせる。
だが、この作品は「王道」ではない。

熱血漢な部下から唐突に「退職届」が届き、彼が自殺しているのが発見される。
ぞわっとするようなストーリー展開だ。
王道に見せておいて、そこから王道を裏切る展開へと持っていく。
震えるような1話の終わりはこの作品の世界観に一気に入り込んでしまう。

部下は一体誰に殺されたのか、事件とはどんな関わりがあるのか。
サスペンスものとしてしっかり1話で「引き」がある。

平松絵見子


引用元:バビロン 2話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

捜査の過程で女性が浮かび上がる。その一人が平松絵見子だ。
愛人のように囲われ、
老人たちと温泉へとでかけてみだらな行為をしているかもしれない。
そんな卑猥で淫靡な魅力のある女性。

政治家たちの選挙工作に関わっているかもしれないものの、
彼女はのらりくらりと主人公の取り調べをかわしてしまう。
「正崎 善」という名前の通り、彼は正しさを重んじる男だ。

真面目だからこそ、彼女のような女性が苦手だ。
常にほほえみ、頬杖を付き、主人公に興味を持つ。
「取り調べ」という形で主人公のキャラクター設定画描写されるのは
この作品くらいだろう。

しかも、取り調べを受けているのは主人公ではない。
それなのに彼女は「証言」する代わりに主人公にありとあらゆる質問をする。
家族構成、趣味、子供を生むことについて、避妊について(笑)
彼女の「問いかけ」は不思議だ。

何が悪か、人とは何か、価値観とは。
彼女の問いかけは芯をついてると言ってもいい。

「正義ってなにかしら?」

そんな質問の後に彼女は姿を消す。
いつのまにか、煙のように、彼女は彼の部下をたぶらかし消える。
散々、正義に固執する主人公をいたずらに翻弄し弄ばれる。

彼女は一体何なのか。犯人なのか?
サスペンスにおける人物描写に取り込まれていく。

新域


引用元:バビロン 3話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

この事件の裏には「新域」と呼ばれる地域が絡んでいる。
この地域では様々な新法の試験運用を実施する国家の実験場としての役割があり、
事件にはその「新域」絡みの人物が関わっている。
それを主人公の前で政治家が自らが説明する。

彼の上司もこの件に絡んでおり、主人公は憤る。
「新域」のために殺されたかもしれない部下、
そんなことは正しさを重んじる主人公にとって許せることではない。
しかし、政治家も上司も「新域」を作ることが正義だと思っている。

正しさは立場によって、価値観によって違う。
迷いながらも部下を殺した犯人を捜査をするためにも、
政治家の組織犯罪に目をつぶる。

「正義とは何なのか」
この作品のテーマが3話で見えてくる。
政治家も上司も方法は汚く、法に反してる部分はあるものの
「未承認の新薬」を早く使えたりする「新域」は人によっては救いになり、
正義だ。

?


引用元:バビロン 5話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

ただ話が進んでくると「サスペンスとしてそれはどうなんだ?」と
思うようなことがでてくる。事件には女性が絡んでいる。
主人公が取調べした女と、主人公の部下が追跡していた女だ。
見た目は全く違い、一方は黒髪爆乳の平松絵見子、
一方は茶髪のショートカット。はっきりいって別人だ。

だが衝撃の事実が明らかになる。その二人は「同一人物である」と。
変装とは違い、会う度に印象が異なるその女が「曲世 愛」だ。
ただサスペンスにおいて変装というのはある意味でご法度に近く、
「実は双子でした」くらいがっかりするサスペンスの要素の1つだ。

もう少し似ているならまだ「同一人物で雰囲気が違うだけ」と
納得できるが、あまりにも違いすぎて同一人物ですと言われても
しっくりとこない。
彼女に合った男の多くがたぶらかされ、なぜか「自殺」させられる。

「新域」での施工された「自殺法」と「曲世 愛」という
女性による死への誘い。自らが死を選ぶようにたぶらかす。
彼女を「現代の法」でどのように捌けばいいのだろうか?

「F」とはつまりFemaleであり「曲世 愛」だ。
彼女による死への誘いが多くの死を生む。


引用元:バビロン 4話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

主人公は正しくあろうと「法」で彼女たちを裁こうとする。
メールや文章で自殺を幇助する証拠があれば、自殺幇助で立件できる。
しかし、それがなければさばくことが出来ない。

「自殺ということは本当に悪いことなのか?」

主人公にも世間にも問うような倫理観の問題だ。
積極的な安楽死を望む人に対して、それを悪だといい切ることも出来ず、
自らの意思で、自ら望みで「死」を選んだ人は悪なのかと。
非常にナイーブかつ難しい問題だ。
この作品で問われている「正義」が「自殺」というもので描かれている。

「自殺をしてはならない」
普通はそう思う、だが、その普通とは倫理観に基づく価値観だ。
倫理観とは国が作り社会が作り人が作ったものだ。
その倫理観をこの作品では揺らがせる内容を描かれている。
自殺は違法ではない。だが「してはいけないこと」というのが人の倫理観だ。

しかし、この作品では新域において「自殺法」が作られることで、
法律的に「自殺」が合法になる。法で認められた行為になったときに
人はどうするのか?

非常に実験的な社会実験とも言わんばかりの内容だ。
描かれている内容ははっきり言って恐ろしい。
精神的に弱っている方は、この作品を見ないほうがいいかもしれないと思うほどに
この作品は「自殺」というものをある種、肯定しようとしている。

私もこのレビューを書くのが怖いくらいだ。

討論


引用元:バビロン 5話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

政治家達は討論をする。「自殺法の是非」についてだ。
否定派は経済的にも道徳、道義的にも、法的にも、
人としての普遍的な考えとしても「自殺」を法を認めるべきではないと。
死にたいして冷静に対応できないからこそ法律として制定しても
人が人としてその法律を運用できないと。

政治家の反論はもっともだ。しかし、その論に対して極論で反論する。
「大麻を解禁した国の大麻使用率」を持ち出し自殺法を施工しても
自殺が増えることは限らないと、「道徳」とは時代によって変わるものだと。
我が国においては「自殺」は犯罪ではないと。
「人が自分自身で死を選ぶ」ことは個人の尊厳であると。

とんでもない討論だ。だが、どちらの意見にも説得力が有る。
法を制定することで「自殺」をしない人もいるのではないかと。
しかし、人は目の前で人が死ぬのを止める生き物だと。
机上の空論の水掛け論だ、だからこそ答えが出ない。

この作品の討論は危険だ。見た人の倫理観を揺るがす。
討論の結末は是非本編で見てほしい、驚くべき結末に思わず震えるほどだ。
感情論に対し、感情論で返す。
野崎まどの本髄を見た気がするのが6話と7話の冒頭だ。

弄ばれる


引用元:バビロン 7話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

主人公は「曲世 愛」に翻弄される。
なんとか証拠を集めようとするも集まらず、彼の部下がまた自殺に追い込まれる。
だからこそ、主人公も「法」を破ろうとする。
法で裁けない相手に対し、法にこだわらない方法を主人公も取ろうとする。
「自殺」を止めるという結果のために手段を選ばなくなってくる。

彼が正義を貫こうとするからこそ、多くの部下や同僚が彼に協力をする。
正しくあろうとする彼に「検察」という公的な正義の組織だからこそ、
主人公は信頼される。

しかし、その一方で「曲世 愛」という女性の能力も凄まじい。
たった15分、いや出会ってすぐに相手を虜にし、
相手に自分を刷り込み意のままに自殺させることができる。
圧倒的とも言わんばかりの能力だ。

別作品だが「デスノート」をノートを持たずに何のリスクもなく
相手の名前すら知らずに自由に行動させ殺せる能力といってもいい。
あまりにもファンタジーすぎる能力が故にミステリーとしての面白さはないが、
サスペンスとして「彼女」をどうするのか、主人公がどう対抗し、
彼女とどういう決着をつけるのか。

法で裁けない相手をどうさばくのか。正義の価値観、死の倫理観。
7話の冒頭にしてこの作品はピークを迎える。

無策


引用元:バビロン 7話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

ただ、7話の冒頭をすぎると、この作品はおかしくなる。
主人公が相手にするのは「絶対的な洗脳能力」を持ってるといってもいい相手だ。
デスノートで言えば「名前を知られない」ことがLの対策にもなっていた。
しかし、この作品の主人公は無能だ。

何の対策もしやがらない。
とんでもない変装をする相手に対する変装の対策もしなければ、
彼女の能力に対する何らかの対策も取らない。
あまりにも絶対的すぎる能力ではあるものの、
その弱点を探したり、対策を取るということをこの作品の主人公は一切しない。

序盤は仕方ない。彼女の能力もわからず、彼女の過去も知らなかった。
だが、捜査の過程で彼女の能力と過去を知り、その直後に
一人部下がその能力と過去を裏付けるように死んでいる。
だからこそ、主人公はここで無策ではいけないはずだ。

相手を思うままに操り、死へと至らせる。
そんな能力に主人公は何の対策も取らずに部下がどんどんと殺される。
馬鹿の極みみたいな行動だ。

少なくとも何らかの方法で相手を操ると想定して
耳栓をしておくなり、完全防備のマスクでもつけておくなり、
「一定の距離を保たせる」なりの指示や装備をするべきだ。

しかし、そんなことは一切しない。無能とバカを晒し無策で部下と友達を失う。
有能そうな主人公が無能だったときの絶望感は凄まじい。
いや、これだけならまだいい。主人公が無能だったというだけだ。

いやいやいや


引用元:バビロン 7話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

主人公が無能であることは7話で明らかになるが、
同時に「曲世 愛」も意味不明な行動をする。
彼女は何度も言うように絶対的な洗脳能力を持っている。

だからこそ彼女の犯罪を立件することが出来ない。
自殺幇助でも「幇助した」という証拠がなければどうしようもない。
少し囁いただけで彼女は人を意のままに操ってしまう。
彼女を「犯罪者」として断罪するための証拠がない。

1話~7話の冒頭まで少なくとも主人公はそんな彼女をどう立件するかと
考え行動してきたはずだ。
だが、そんな主人公の行動を7話まで描いてきたことの
意味をないことにしてしまう。

殺人実況中継だ(苦笑)
主人公の女性部下を誘拐し、意識のあるまま生きたまま斧でバラバラにする。
意味がわからない。
1~7話まで「犯罪の証拠がない相手をどうするか」という趣旨で描いたはずなのに
それを作品自体がなかったことにする。

映像としては衝撃的だ。声優さんの演技も素晴らしい。
だが、7話の殺人シーンの「意味」がない。
ただ胸糞が悪いだけでそこに「面白さ」がない。

「曲世 愛」自体が「悪いこと」を主人公に教えようとしているのは分かる。
だが、それはもう1~7話までと描いてきたこととは別だ。
7話までやってきた正義とは悪とはなにかという倫理観への問いかけが
台無しにされる。

「自殺とは正しいのか?悪いことなのか?」
これが7話までこの作品で描いてきたことであり、
テーマの是非はともかく、倫理観が揺らぐほど素晴らしいストーリーだった。
しかし、そんな「自殺」がある種のテーマなのに、そんなテーマの作品で
「殺人」を犯してしまうのは意味不明でしか無い。

話の方向性が全然別の方向に行ってしまったことで
この作品が何がしたいのかわからなくなってしまう。
殺人の証拠があることでいつでも逮捕できてしまう犯人など
もはや魅力はない。

話のスケール


引用元:バビロン 8話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

8話になると話のスケールがとんでもなく大きくなる。世界だ。
仲間も全て失い、上司すら辞職することになり主人公はなすすべが無くなる中で、
彼のもとにFBIが訪れて唐突に謎の過去回想が始まる。心底どうでもいい。
世界的に日本の「自殺法」が広まり、その世界の影響を描きたいのは分かるが、
7話で色々と台無しにされてる為ついていけない。

ちょっと話がいきなりでかくなりすぎだ。
7話の話がなく世界が「自殺」の是非を問う流れなら8話もついていけたかもしれないが、
7話で冷めてしまっているため、その冷めた心を再び
たぎらせてくれるよう内容ではないどころか、広げすぎて呆れる。
どうせまた7話みたいに台無しにするのでは?と構えてしまう。

話を広げすぎて「この話をどうたたむのだろうか」と
そこだけが気になってくる。
変装も自由自在でささやくだけ相手を操ってしまう犯人、
どう捕まえ、どう決着するのか。

彼は「FBI」になることで「銃」を手に入れる。
日本ではよほどのことがないと許可がされない「射殺」という行為による
犯罪の断罪がFBIでなら可能だ。
彼女は悪人だという絶対的な確信が彼の中にあるからこそ、
彼自信の手で断罪しようとしている。

7話でブレはしたが「正義」と「悪」への問はまだ希望が合る。

結末


引用元:バビロン 12話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

各国の首脳が集まる中で「曲世 愛」は次々と人を洗脳し自殺させる。
言葉巧みに米国大統領も操り「米国大統領」が自ら死を選択する。
世界的な影響は計り知れない。

彼が全世界の目がある中で「世界への影響」を考え、
自殺を選ぶ大統領と悪として正義の主人公が殺す。
正義であったはずの主人公が殺人を犯し、
そんな主人公の前に彼女が現れ、主人公に問いかける。

「善とはなにか?悪とはなにか?」

この作品が掲げていたテーマだ。そして答えも主人公は出している。

「善とは続くこと、悪とは終わること」

取捨選択が善悪だとこの作品はいっている。
それが正しいかはわからないが主人公が出した善悪の判断だ。
そして彼は最後の最後で彼女に操られる。
銃声の音が鳴り響き、暗転し、ラストシーンは彼女の笑顔だ。

主人公は終わった。だから悪であり、彼女は続いているから善だと。
この作品のラストの後味の悪さは凄まじく、
結局主人公は悪の思うがままに操られて終わったというだけの作品だ。

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総評:気持ちの悪さだけが残る


引用元:バビロン 12話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

全体的に見て面白かったのは序盤から中盤までだ。
正義とはなにか、悪とはなにか、自殺は「悪いことなのか?」と問うような
内容の中で法で裁けない「曲世 愛」と法で裁こうとする主人公の対比が
面白く、7話の冒頭までこの作品は面白かった。

この作品の風呂敷は大きく深く広く重い。
だからこそ、その風呂敷を「どうたたむのか」が1番重要だ。
しかし、この作品はたたみだした途端におかしくなる。

証拠が残らずに相手を殺せる能力があるのに雑人実況中継をしたり、
主人公が無能の限りを尽くし「曲世 愛」の手のひらの上で
常に踊らされているだけの1クールだ。
物語としての面白さが急に7話の中盤から無くなる。

カタルシスというのがこの作品には一切ない。
鬱積し、鬱積し、鬱積して終わる。
主人公が主人公として機能しておらず、ただ敵に振り回されてるだけで終わる。
おそらく多くの視聴者は「主人公」が何らかの策と答えを導き出し、
「曲世 愛」という存在に立ち向かう姿が見たかったはずだ。

だが、この作品はそれをしていない。
「曲世 愛」が常に強く、そして「正しい」とすら感じさせるような内容だ。
ラストまで見ても「自殺」が正しいのか悪いのか、わからない。

「善は続くこと、悪は終わること。」
1クールで主人公が導き出したその答えを使い、
「曲世 愛」は自分自身を続けることで自信を正当化している。
彼女を主人公と捉えれば、この作品はサイコパスかつ強烈な洗脳能力を持つ
主人公が自信の「価値観」と自分自身の存在を正当化するまでの物語だ。

そう考えれば悪くないと感じる部分はあるものの、
それでも7話の「殺人実況中継」だけは理解できず、
彼女自身が一切手を汚さないままに最後まで描けばもう少し
この作品に対する評価が違ったかもしれない。

描きたいことや、やりたいことは分かる。だが、しっくりとこない。
途中までしっくりきていただけに中盤からの歯車のズレが、
ラストのオチまでしっくりと来ない感じになってしまっている作品だった。

個人的な感想:うぅーん


引用元:バビロン 1話より
©野﨑まど・講談社/ツインエンジン

7話の冒頭まではなんて面白い作品なんだ!と思っていたが、
7話の中盤からは拍子抜けしてしまった。
善悪の倫理観や自殺の是非などテーマとしては面白く、
見ていると心がざわつくような感覚になる面白下がったが、
8話からはそんなざわつくような面白さが無くなってしまった。

すごくもったいない作品だ。風呂敷を広げきるまでは良かった。
そして、その風呂敷を畳んで入るはずなのに、
たたみ方がなんか下手なせいで畳んでるようで畳んでいないような
歪さが、この作品に対する違和感の原因となっている。

過激な要素も多く、精神的に弱っている方は見ないほうがいい作品かもしれない。
だが、レビューを見て「面白そう」と思ったなら是非試してほしい。
私のこのなんとも「モヤモヤ」した感じをぜひ、
あなたにも味わってほしい(笑)

コメント

  1. この作品は失敗作だと思った者。 より:

    原作者の野崎まどって人は、風呂敷を広げるのは得意でも、畳むのは下手な作家さんなのかなと思った。
    理由は、テーマに対する答えに納得できないからだ。
    「善とは続くこと、悪とは終わること」
    とこの作品は答えを出したけど、それってつまり「勝てば官軍負ければ賊軍」ってことだ。
    でも、私は勝ったから正義だっ!と主張されても、勝ったからといって正義とは限らないよね?という疑問が付き纏うので、納得できない。そもそも勝てば官軍っていう答えだと、自殺が正しい理由付けにもならないし。
    問いに対する答えに説得力がないのが、この作品に対する釈然としないモヤモヤ感の理由だと思う。小学生相手ならまだしも、大人相手に「勝てば官軍」という理屈で納得させようというのは無理筋ですよ、野崎まど先生。

    もっと説得力のある結論じゃないと、こういう問題提起系の作品に価値は無いっす。

    個人的には「善悪とは、人間の群れが暮らす環境の中で、群れに利益を与える行為が善で、不利益をもたらすものが悪」と定義すればこの作品はもっと良くなったと思う。
    そうすれば、自殺に関しても、いま私たちの暮らす環境下では自殺を推奨した方が社会にとって利益なのでやるべきだ!と主張できるし、曲世 愛が生き残った件にしても、彼女の行動や価値観は社会にとって有益だから生き残ったのであり、主人公が死んだのは彼の行動or価値観は社会にとって不利益だから、という風に理由付けできただろう。
    こちらの方が、問題提起に対する答えとしては説得力があったし、視聴者も「本当にそれが利益になるのか?」という風に考えさせられたのではないかと考える。

    私としては、こういう風に作品を作って欲しかったかな。

    「勝てば官軍」という答えでは、「いやいやそれは違うだろ」としか思えないので考えさせられる余地がないです。

    何にしても、視聴者に釈然としない気分を味わせてしまった時点で、問題提起作品としてもエンターテインメント作品としても、この作品は失敗作だと考える。

  2. チェスタトン より:

    毎回レビューを楽しみにしている1読者です。
    私の感想では『バビロン』は否8・是2ぐらいです。
    最後の最後、自殺を悪と為す以上「あの場では」別の悪に置き換えるしかなかった。だとしても算術的には大統領殺害=無意味な殺人と大差がない、と曲瀬は言いたいのでしょう。
    けれども、それは「人の心がない」ということで実際大淫婦バビロンとして描いている以上、仕方ないところではありますが。
    ただ、大淫婦バビロンは「焼かれて死ぬ(のが神の摂理)」なので、それを題している以上、彼女はいずれ人の正しさに殺される(裁かれるわけではない)でしょう。

    ただ。疑問が残るのは「曲瀬は齋開化が連れてきた」というので、この辺りをちゃんと整理して「国内で」留めて欲しかった次第。正式なFBI捜査官に任命され、銃の話が出た段階で、このラストは予想できたので。