「秒速5センチメートル」アニメレビュー

4.0
映画
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評価 ★★★★☆(62点) 全63分

あらすじ 東京の小学校に通う遠野貴樹と篠原明里は精神的に似通っており、クラスメイトたちのからかいを受けながらも一緒に時間を過ごすことが多かった。引用- Wikipedia

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忘れ時の5cm

本作品は新海誠監督によるオリジナルアニメ映画作品。
新海誠監督としては3作目の劇場公開作品となる。
制作はコミックス・ウェーブ・フィルム

連続アニメ映画小説

この作品の尺は63分ほどしか無い。
前作の「雲のむこう、約束の場所」は90分と、それまでの
新海誠監督作品の中では30分以上長い作品となっており、
初の長編アニメ映画だからこそ、やや尺を使い余してる部分もあった。
そんな新海誠監督が63分という短編映画を手掛けている。

その手法が面白い。
新海誠監督の作品はどこか「小説」を読んでるような感覚にさせられる作品が多い。
文学的なアプローチでアニメ映画を作っている部分があり、
詩的なモノローグのの多さや、ナレーションで物語が進む部分などまさに「小説」だ。
そんな手法が特徴ではあるが、それゆえに長編という尺との相性は悪かった。

この作品は一応、短編ではあるが63分という長編に近い長さだ。
前作では尺を使い余していたからこそ、今作では前作よりも30分削り、
更にその60分の中で「短編小説」を積み重ねるような手法を取っている。
63分の中で3つの連続した短編小説を綴る、
彼が得意とした30分以下の短編映画を3つ作るような感覚で長編映画を作り上げている。

桜花抄

物語は小学生時代から始まる。
両親の仕事の都合で転校を重ねていた二人、
そんな二人は離れ離れになりながらも手紙と言うかたちでつながっている。

だが、幼い二人にはちょっとした「距離」があまりにも遠い。
地図の上では数センチでしかない距離が、小学生や中学生の彼らにとっては
宇宙の彼方と地球の間のような距離だ。
それでも会いたいという思いは止められない。

初めて乗る路線の電車で、初めて行く駅に行く。
ただひたすら「彼女」に会いたい、思いを告げたいという思いだけをつのらせる。
幼く儚く純真な彼らの初恋は降り積もる雪のような美しさがある一方で、
春になれば消えてしまう脆さもある。

それでも彼らはこの一瞬を、今ある気持ちを胸に抱えながら、
その気持ちが消えないようにつなぎとめている。
会いたいのに会えない、胸に抱えた思いが張り裂けそうになりながら、
時間だけが悪意を持って無慈悲に過ぎていく。

この第一章の完成度は本当に素晴らしく、
「初恋」と「距離感」の描き方が儚く、その儚さが冬の「情景」にも描かれてる。
小学校の風景、冬の栃木、電車の中、1つ1つのシーンの背景への
こだわり方が半端なく、ありがちな「初恋」の物語が
センチメンタルな物語になっている。

栃木と鹿児島、大人でさえ遠い距離に引っ越してしまう二人の恋。
もうこれで二度と会うこともないかもしれない。
それでも、「今」の二人の気持ちを偽ることはできない。
しかし、それを貫き通すには二人はあまりにも無力だ。

この1章だけで1つの映画として成り立つ物語が綴られており、
ほどよい余韻すら感じさせてくれる。

コスモナウト

第二章では主人公とヒロインの視線ではない第三者の視点で描かれる。
転校してきた主人公に憧れ、恋する女の子。
会えるだけ幸せで、話せるだけで幸せで、一緒に下校できる今の関係性に
満足はしつつも、もう一歩関係性を深めたい。
しかし、その一歩を進められない。

彼も彼女の思いには気づいている。だが、彼もまた一歩を進められない。
「栃木」にいる初恋の人への思いを捨てきれず、
忘れることもできない。会うことはかなわないからこそ、
嫌いになったわけではないからこそ、思いが通じ合ってしまったからこそ、
その思いを捨てる理由もない。それでも一歩を進まなければならないと思っている。

だからこそ自分に思いを寄せる彼女を突き放すこともできない。ずるい男だ。
しかし、「恋」という感情はそう簡単には割り切れない。
出すあてのないメールを出し続けながら、もう着れてるはずの関係性を
自分の中で整理しきれない。

時間は無慈悲に流れていく、夏の日差しはそんな未練がましい気持ちを、
台風にのせて吹き飛ばされるようになる。
だが、それでも彼はその思いにしがみつく。

「お願いだから、私にもう優しくしないで」

彼は彼女を見ているようで見ていない。
心の中にいる初恋の人の面影にずっと彼は引っ張られている。

秒速5センチメートル

時間はどんどんと過ぎていく。
主人公は大人になり、東京で仕事をしている。
それでも彼の中にはまだ「彼女」の存在がいる。
初恋の人の思い出を彼はいつまでも、いつまでも引きずっている。
何度季節が巡っても、別の女性と付き合ってもそれは変わらない。

その一方で初恋の人もまた同じ時間の中で変わっている。
初恋の彼の思い出はあるのだろう、だが、彼女はひきずってはいない。
別の男と付き合い、別の男と結婚をする。
初恋なんてそんなものだ、当たり前の恋愛と、当たり前の生き方、
その果てに当たり前のように結婚をする。

彼のことを忘れたわけではない、だが、思い出の1ページにしまっているだけだ。
彼だけがその1ページから前にすすめていない。
なにかに夢中になれば忘れられるのかと仕事に熱中し、
別の女性と付き合えば忘れられるのかと別の女性と付き合うものの、忘れられない。

まるで彼らの心情を綴るように曲が流れる。

「One more time One more chance」

もう1度だけ、もう1度チャンスを。だが、そんな夢物語があるわけはない。
時間、場所、距離、無力な彼らにはどうしようもない。
山下まさよしさんの曲が流れる中で描かれる彼らの10年以上の月日、
すれ違い続けた彼らは二度と交わることはない。

見る側が溜め込んでいた感情がこのラストの曲とともに一気に爆発させる。
数々のゲームのOPを手掛けた「新海誠監督」だからこその、
曲の使い方とその曲に伴う映像の見せ方はOPでありEDだ。
作品を見てきたものの感情を一気に爆発させ、物語は静かに幕を閉じる。

10年以上も引きずり続けた思いを、彼はようやく精算する。
瞳の端で捉えた彼女の姿に、その姿を追い変えない自分の心を自覚し、
自分はもう前に進めるのだと。

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総評:時間は悪意を持って僕らの上を過ぎて行く

全体的にみて完成度の高い作品だ。
前作は初の長編映画ということで尺を使い余していたが、
本作は前作より30分尺が短い中で、自身が得意とする短編映画を
3つ作り上げ繋げる形で作品が作られている。

第一章は冬を描き、第二章は夏を描き、第三章は春を描いている。
春は別れの季節でもあり、始まりの季節だ。
この作品は「鬱エンド」といわれることもある、
初恋がかなわない、主人公は誰とも結ばれない。
そういった味方をすれば確かにバッドエンドに見える。

しかし、この作品で描きたいことはそこではない。
叶わぬ初恋をひきずるのではなく、思い出の1ページにしまいこみ、
新しいページをめくるように1歩を進む。
引きずり続けていれば確かに鬱エンドだが、主人公はきっちりと
過去の恋愛に区切りをつけ前を向き笑顔で歩いている。

美しい背景とともに描かれる初恋の物語がキレイに描かれており、
見る人の「初恋の思い出」を蘇らせてくれるような作品だ。

個人的な感想:新海誠イズム

最近の新海誠監督はSF要素が入っている作品ばかりだが、
この作品を改めて見てみると、次回作ではSF要素のない作品が見てみたいなと
感じてしまう力強さのある作品だ。

3つの短編小説をつなぐことで長編映画にしているからこそ、
別に順番通りに見る必要性すら無い。
アニメ映画という性質上、順番通りに見るのが普通ではあるものの、
例えば最後の「秒速5センチメートル」から逆に見ることもでき、
「コスモナウト」だけをみても作品が成立している。

それぞれに起承転結があり、その起承転結をつなげることで
「アニメ映画」というものを構成している。
文学的なニュアンスを多分に含む
新海誠監督だからこその作品と言えるかもしれない。

「秒速5センチメートル」は面白い?つまらない?

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