「ジョゼと虎と魚たち」レビュー

4.0
映画

評価 ★★★★☆(66点) 全98分

あらすじ 大学で海洋生物学を専攻する恒夫は、メキシコに生息する幻の魚を見るという夢を追いながら、バイトに勤しむ日々を送っていた。引用- Wikipedia

綺麗にしすぎた代償

原作は1984年の小説。
同タイトルで2003年に実写映画にもなっている。
監督はタムラコータロー、制作はボンズ

出会いは唐突に

主人公はダイビングショップで働く青年だ。
海や魚が大好きな彼はある日、坂道から猛スピードで滑り落ちる
「車椅子の少女」とぶつかる。
わかりやすいボーイミーツガールだ。

しかし、この作品はそんなベタともいえるボーイミーツガールに
「障害者」という要素が加わっている。
生まれつき脚に障害を持つ彼女は夜の散歩くらいでしか外に出ない。
彼女にとって外は「猛獣」が住まう世界であり、
家の中と、本の中の世界が彼女にとって全てと言ってもいい。

社会を知らない。そんな彼女だからこそ不器用に、刺々しく、
主人公に噛み付く。
助けてもらったお礼も言わず、自分を本当の名前で呼ぶことすら許可しない。

「ジョゼ」。
彼女はあえて主人公にそう呼ばせる。
心の壁の厚さ、何枚にも重なり、破ることなど難しいその壁の厚みを
出会いのシーンで感じさせることで、彼女と主人公の関係が
どう変化していくのかと気にならせる。

ジョゼの世話係、「管理人」としてのバイトを請け負った彼と
ジョゼの物語、昭和、そして平成で媒体を変え描かれてきたこの物語が
2020年という令和に、アニメと言う媒体でどう描かれるのか。

日常

序盤はゆっくりと丁寧に二人の日常が描かれる。
外の世界に行きたいが外に出ることを許されないジョゼ、
海外への留学を希望しているがお金も時間も足りない恒夫。
恒夫はジョゼよりも自由だが、ジョゼと同じように
「外」の世界へのあこがれと希望を持っている。

ジョゼの中の日常は過酷だ。
彼女の目線で描かれた日常、この作品ではあえて
「障害者」という言葉は1度も使われていない。
だが、そんな彼女の目線で描かれた障害者の日常と目線。

原作の小説、実写の映画よりも「バリアフリー」が進んだことを
感じさせる描写はありつつも、それでも「障害者」に
対する周囲の目線や置かれている状況の難しさは変わらない。
確かに暮らしやすくはなっているかもしれない、
だが本質は解決していない。

海に行きたい。
そんなささやかな思いすら彼女にとっては、どうしても叶えたい夢だ。
そんな夢を恒夫が手伝う。本でしか知り得なかった海の味、水の冷たさ。
恒夫がいたからこそ彼女は世界を知れた、海の味を知れた。

彼女にとって「恒夫」の存在がより大きくなっていく。
祖母が昼寝する僅かな時間、そんな僅かな時間の外出が
ジョゼにとっての「自由」だ。

最初はつんつんなジョゼが恒夫と共に外の世界を知り、
心の壁が溶けていく様子が目に見えてわかり、
「ジョゼ」というキャラクターの魅力と可愛さがにじみ出てくる
障害者としての日常の難しさを描きつつも、
平和で和やかな日常が微笑ましく、キャラクターの掘り下げにも繋がっている

外の世界

彼女は徐々に外の世界に慣れていく。
恒夫に対する思いを募らせつつも、彼女は彼女の世界を広げていく。
一人での外出ができるようになり、友達もでき、
人との会話が苦手な彼女が子供に絵本の読み聞かせまでするようになる。
それまで閉じた世界で生きた彼女の世界の広がり、
広がったことによる彼女の変化がわかりやすく感じられる。

「恒夫」を意識し、髪をとかしお洒落をする彼女の姿は本当に可愛らしい。
彼女にとって自らの「管理人」である彼の存在が、
彼女の中でどんどん、どんどん大きなものになっていく。

だが恋心が進んでも「性」の描写はない。
どこまでも美しく、淡く、切なく、綺麗に
「ジョゼと虎と魚たち」という物語が描かれている。
そういった意味では原作の改変はかなりある作品と言ってもいい。

本来は「障害者」の「性」を描くことが、
「ジョゼと虎と魚たち」という作品では重要な部分でもあった。
原作や実写映画でジョゼに対してセクハラをする男性も降り、
そういった男性と「恒夫」は何が違うのかと問うような部分もあった。

だが、同時にそれを描くことは難しく、作品全体として
ドロッとモヤがかかるほどの重苦しさを生んでいた。
その重苦しさをあえて、アニメと言う媒体では描かない。

現実ではないからこそ、実写ではないからこそ、空想の物語としての
印象が強くなるからこそ、あえてファンタジー差を強めたと言ってもいい。
原作や実写映画におけるドロッとした部分を濁し、
「ほろ苦さ」というテイストに変えている。
幅広い年齢層が見れる作品に仕上げたといったほうが分かりやすいかも知れない

現実

性の事情は確かに描かれない。だが、現実はきちんと描かれる。
彼女の唯一の肉親だった祖母がなくなり、恒夫へのバイト代も払えなくなる。
彼女はろくに仕事もしていない。「自立」しなければならない。
恒夫への思いはありつつも彼女は恒夫の夢を知り、
彼の足かせにならないためにも自らの夢を諦め自立しようとする。

最初は誰かに車椅子を押してもらっていた。
そんな彼女が電動の車椅子で、誰に押してもらうわけでもなく、
「ジョゼ」ではなく「山村クミ子」という個人として生き抜こうとしている。
「障害者」だからこそ諦めなければならないことが多い。
恋も、夢も、彼女にとっては高い山を登るようなものだ。

「健常者にはわからん」

あえて、ジョゼは恒夫を突き放す。
だが、そんな彼女の虚勢が悲劇へとつながる。

同じ立場

終盤、恒夫は交通事故により怪我を負う。
もしかしたら脚に障害が残るかも知れない。
ジョゼが虚勢を張らなければこんなことにはならなかった。
それはジョゼ自身がよくわかっている。

恒夫自身の夢も途絶えてしまう。
留学も流れ、もう海にも潜れなくなるかも知れない。
ずっと頑張ってきた夢を諦めなければならない。

ジョゼと同じように恒夫にも「現実」が襲いかかる。
あえて恒夫をジョゼと同じような立場に落としたといってもいい。
これは原作にも実写版にはないもない展開だ。

「健常者にはわからん」とジョゼに突き放された恒夫が、
一時的とは言え自らの足で歩けなくなる。
そんな彼にも、ジョゼに彼が居たように、彼を支えようとする女性もいる。
あくまでも彼に対する恋心からの行動だ。

同じ立場になったからこそ、彼は痛いほどに自覚する。

「俺、なんにもわかってなかった。
 欲しい物に手を伸ばすのがどれだけ怖いことか」

最初は親切心からの行動、そこからお金のためにジョゼとともにする日々の中で
ジョゼに対する同情も生まれ、恋心も生まれている。
だが、ジョゼのことを本当に理解はしきれていなかったことを
ジョゼと同じような立場になって初めて「恒夫」が自覚する。

原作も実写映画もあくまで「恒夫」という人物は健常者だ。
しかし、アニメでは一時的にでも「障害者」という立場に置くことで、
ジョゼとの繋がり、ジョゼへの思い、ジョゼへの理解をより深めている。

紙芝居

ジョゼは恒夫に背中を押された。
彼が居たからこそ彼女は外の世界を知り、多くの人と出会い、
「一人で生き抜く」術を得て、一人で暮らしていけるようになった。
夢を諦めてしまった恒夫に、彼女は自らの夢を見せる。

1度は現実に立ち向かうために諦めた。
恒夫のために、自分のために、「夢」を諦めることが
「障害者」であるジョゼにとっての現実だった。
だが、夢を諦めた恒夫を見て彼女は自らの夢を見せることで
「障害者」であっても夢を諦めなくてもいいことを証明しようとする。

彼女は自らえがいた紙芝居。それは彼女自身と恒夫の物語だ。
不器用な彼女なりに、彼女は恒夫に思いを伝えようとしている。
拙い言葉で、まっすぐに恒夫を見つめながら
彼女は恒夫の背中をおそうとする。

美しく、青く、眩しい、だがほろ苦い。
原作とも実写映画とも違う、まっすぐな「愛」の描かれたラストは
綺麗すぎるほどだ。

総評:令和のジョゼは綺羅びやかに

全体的に見て原作とも実写とも違う、アニメだからこそ、令和だからこその
「ジョゼと虎と魚たち」の物語が描かれていると言ってもいい作品だ。
障害者の女性と夢を持つ大学生、そんな2人の日常を主軸に
「夢」と「現実」をえがきつつ、二人の成長と変化が
真っ直ぐに描かれている作品だ。

どこか幻想的でファンタジックにすら感じる背景の描写、
そんな背景の描写とは裏腹に「現実的」に描かれた障害者の現実は
きちんとえがきつつも、原作や実写映画の重い部分を
多くの年齢層が見やすいように濁し、あくまでも青春恋愛作品の
純愛作品に落とし込んだ印象だ。

綺麗すぎる、ある種のご都合主義的なものを感じなくはないが、
アニメだからこそ、令和という時代だからこそ
気持ちのいいまでのハッピーエンドに物語を仕立てあげており、
1本の作品としての満足感を得られる作品だ。

個人的な感想:マイルドにしつつもフラッシュアップ

キャラクター設定もだいぶ改変されており、
全体的に刺激的かつ重い設定はかなりマイルドになっている。
そういった意味でも原作、実写映画との比較をしながら
この作品を見られると時代背景の移り変わりや媒体の違いでの表現の違いを
感じられて非常に面白い作品だ。

障害を扱った作品だと「聲の形」という作品もある。
聲の形と比べても、ジョゼと虎と魚たちは
マイルドに障害者というものを扱っている。
このあたりはもう一歩攻めてほしかったと思う部分はあるものの、
それは私が原作小説や実写映画を見たからかも知れない。

原作小説や実写映画を抜きに、1つの単体のジョゼと虎と魚たちという
アニメ映画としてみれば非常に良い作品であり、綺麗にまとまっている。
だが「ジョゼと虎と魚たち」という作品の本質は掘り下げきれず、
綺麗にまとめた代償がそこで生まれてしまっている。

そういった意味で「ジョゼと虎と魚たち」という作品に
強い思い入れがある方は違和感が生まれるかも知れない。
私も思い入れがある作品だっただけに見るまでにやや時間がかかってしまっが、
いざみるといい意味で「ジョゼと虎と魚たち」と現代的かつ
アニメ的に仕上げた作品だった印象だ。

「ジョゼと虎と魚たち」おもしろい?つまらない?

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