「かがみの孤城」レビュー

映画
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評価 ★★★☆☆(57点) 全116分

あらすじ 同級生から受けた仕打ちが原因で不登校が続き、子供育成支援教室にも通えずに部屋に引き籠る生活を続けていた主人公の中学一年生の女の子・こころ引用- Wikipedia

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不登校のキミへ

原作は辻村深月による小説作品。
監督は原恵一、制作はA-1 Pictures

不登校

この作品は作品全体として「不登校」というものに着目している。
現在、日本には不登校児童が24万人以上いるとされており、
少子化の時代を考えれば社会問題の1つだ。

一人ひとり、不登校の理由は違う。
主人公である「こころ」もまた不登校の少女であり、
序盤はそんな彼女のキャラクター描写が中心に描かれている。

不登校な生活を続ける彼女、フリースクールにもいけず、
母親には学校に行けない本当の理由をうち明かせず、
勉強をするわけでもなく、なにかをするわけでもない、
朝起きて、なんとなく本を呼んだりして、昼ごはんを食べて昼寝して。
ただひたすら無意味な時間を過ごし続けている。

おそらく彼女と似たような環境にいる子が日本には24万人もいる。
この作品の世界でも、彼女だけではなく他にも「5人」の不登校の少年少女がいる。
そんな不登校な彼らはある日「鏡の世界」へといざなわれるところから
物語が始まる。

鏡の孤城

鏡の世界の中には海の中に立つお城しかない。
お城以外のどこへ行けるわけでもない。
そんな中で集められた7人の少年少女は城の中で「鍵」を探せと
「狼」の仮面をつけた少女に言われる。
その鍵を見つけて扉を開けば「どんな願い」でも叶う。
しかし、鍵は1つしかなく、鍵を使えば鏡の中の世界はなくなってしまう。

序盤は世界観や舞台の説明、一人ひとりのキャラの自己紹介など
かなり物語として淡々としている。
設定だけ見ればまるでデスゲームでも始まりそうなものだが、
この作品はそんな殺伐としたものではない。

彼らはときに鍵を積極的に探したりもしてみるものの見つからず、
不登校な彼らは家ではなくこの場所で、同じ境遇の彼らとの
会話やゲーム、お茶を楽しむだけだ。

はっきりいってしまうと作品全体としてアニメーションとして
映える部分はかなり少ない。
基本的には会話劇であり、その会話劇をもり立てるような演出もない。

背景や美術はかなり美しく描かれている。
ゴシックな鏡の中の孤城の描き方は素晴らしく、
ロビーは地面が鏡張りのようになっており、反射する彼らの姿も
きちんと描かれることで幻想的な雰囲気が生まれている。

ただ、そういった美術を見せたいためなのか
ストーリー構成をうまく使いこなせていないのか判断が難しいところだが、
妙に長回しにするようなシーンが多く、
キャラクターが喋っても居ないのに長回ししたりと、
序盤から中盤の盛り上がりの薄さも相まってかなり作品がダレてしまっている。

理解者

集められた少年少女のうちの6人は全員が不登校だ。
彼らは学校に居場所がなく、主人公と同じように無機質な時間を過ごしている。
そんな中でいざなわれた「鏡の中世界」。
彼らにとって、この鏡の中の世界での交流は自己問答であり救いだ。

親や学校の先生、フリースクールの先生、友達。
彼らには「理解者」と呼べる人が少ない。
理解車になってくれる人は大勢いる、しかし、その一歩を彼らは踏み出せない。
そんな踏み出せずにいる中で同じ境遇の人がいることが彼らにとって救いだ。

最初は距離感のある彼らが徐々に、徐々に心を開きながら近づいていく。
鏡の孤城には朝の9時から17時までしか訪れることができない。
平日のこの時間、普通ならば学生なら学校に行っている時間だ。
そんな時間に毎日のように7人は集まっている。
だからこそ互いに察する。

彼らは互いに詮索をしない、されたくないからだ。
なんとなく不登校なのはお互いにわかっている、
なにが原因なのか、鍵を見つけたらどんな願いを叶えたいのか。
聞きたいけど聞けない。聞けば聞かれてしまう。

このどこかアンニュイさを感じるような互いの距離感と
会話劇はやや丁寧すぎると思うほど丁寧に描かれている。
はっきり言って地味だ。

伏線

序盤からわかりやすい伏線を張っており、
その伏線が見えすぎてしまっているのもこの作品問題点だ。
この作品、根本には君の名はのような「時間のズレ」というSF要素がある。
彼らは同じように平日の9時~17時に集まっているものの、
実はそれぞれ生きている時間が「7年」ほどズレている。

平成の中学生もいれば、昭和の中学生もおり、令和の中学生も、
そして未来の中学生もいる。彼らはそれになかなか気づかない。
しかし、見ている側にはバレバレだ。
このあたりの「伏線」の見せ方が原作の小説という媒体では
見えないからこそ気づきにくい部分もあるのだろう。

しかし、アニメーションとして描いてしまうとそれを見せすぎてしまっている。
例えば登場人物の制服だったり、遊んでいるゲームの種類だったり、
見ていると彼らよりも先に見ている側がかなり早い段階で
物語の構造や伏線に気づいてしまう部分があまりにも多すぎる。

本来は登場人物でさえ気づいてもおかしくない状況でさえ、
彼らは最後の最後まで気づかないのも厄介で、
見てる側としては「いい加減気づけよ」と思ってしまうのになかなか気づかない。
この見てる側と登場人物の思考のズレがどうにも作品への没入感を弱めてしまっている。

7年のズレがあるからこそ、実は現実の世界で主人公はすでに
鏡の世界の中の人物の一人とあっているのだが、それもバレバレだ。
アニメーションという媒体で「見せる」表現だからこそ、
ある程度は仕方ないのかもしれないが、
この作品の中の伏線が9割方、見てる側にバレバレなのはかなり厳しいところだ。

不登校

鏡の世界の中での交流の中で彼らは少しずつ変化していく。
同じ不登校の子供なのに空気が読めず、どこか彼らにすら
「下に」見られてしまう嬉野くん。彼はやや痛い子だ。

仲良くなるために「モノ」や「お金」で釣るものの、
それがなくなればその関係性がなくなることを理解していない。
それが原因で彼は学校にいけなくなったはずなのに、
鏡の世界ですら同じようなことをしてしまう。

だからこそ、彼は学ぶ。
自分の何がいけなかったのか、自分はどうすればいいのか。
弱気で優しそうな彼の「怒り」の声は他の6人にも変化を生む。

2学期から学校に行く。

普通に学校に行けてる人にとっては大したことがないことだ。
だが、長い間、学校に行ってない彼らにとっては衝撃の一言だ。
しかも、彼らがどこか下に見てしまっていた「嬉野くん」が
言い放つからこそ、その変化という波は彼らを飲み込んでいく。

特に主人公である「こころ」の変化は劇的だ。
なぜ自分が学校に行けないのか。どうして自分は鍵を手に入れたいのか。
彼女の境遇は胸を締め付けられ、彼女のささやかな願いは
残酷ではあるものの彼女の心からの願いだ。

互いのちょっとした変化が互いに影響を与えながら、
今の自分を変えていく。
不登校の少年少女が自分自身を見つめていき変わっていく過程は
この作品の魅力の1つでもあり、そこを見せたいからこその、
丁寧な描写なのは理解できる。

おおかみさん

ただ、ラストでかなり詰め込んでいる感は否めない。
一部のキャラをのぞき、彼らがいじめられていたり、
不登校になってしまった経緯などが終盤の終盤で
まとめて一気に描かれてしまっており、
一部のキャラとの描写の尺の違いが顕著だ。

7人のキャラクターはそれぞれ立っており、
それぞれの事情ももう少しうまいこと描けば、
それぞれに感情移入ができたのにそれをしない。
ストーリー構成、尺の使い方が全体的に悪いのを感じてしまう。
特に「鍵の場所」が明らかになる展開もやや唐突で、
本来はもっと丁寧に見せてほしいところを見せてくれない。

ただ、それでもラストでは泣かされる。
7人の中で唯一、不登校ではない少年がいる。
そして謎多き人物である「オオカミさん」の正体。
この二人の関係性、この二人のエピソードの描き方は本当に素晴らしく、
序盤から中盤までの鬱憤がキレイに終盤はらされたような印象を受ける作品だった。

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総評:アニメとして見せすぎている

全体的にみて、原作は本当に面白いんだろうなと感じる作品だった。
7人の不登校な少年少女たち、そしてオオカミさん。
8人の登場人物の関係性と描写、それぞれが自分の中の問題に向き合いながら
「不登校」というものを、この作品は否定的には描いていない。

不登校の子ときくと「逃げている」と思いがちだ。
しかし、この作品は不登校であることを決して否定しない。
原因は彼らにあるわけではない、不登校になりたくなてなったわけじゃない。
そして、決して彼らを「いじめている」ものと和解などしない。

いつの時代にも不登校になる子供はいる。
しかし、悪いのは彼らではなく、彼らを抑圧するものなのだと。
不登校という問題をまっすぐに捉えて描いている作品だ。

伏線のばらまき方や想像の余地を掻き立てるラストの余韻、
そしてエンドロールの映像には涙を誘われるものの、
そこにいたるまでの過程が問題だ。

アニメーションのクォリティ自体は背景美術は素晴らしいものの、
昨今の劇場アニメとしてはやや物足りなさを感じる部分も多く、
ときおり「作画ミス」のようなものも目立ってしまっていた。
(終盤で主人公の鏡が割れるのだが、最初は5分の1くらいしか
残っていなかったのに場面が変わると3分の1くらい残っている。)

小説という読者の「想像」に頼るものだからこそ効果的な伏線を、
アニメーションという視聴者の「目」に映像として見せてしまうことで
本来は効果的な伏線がかなり弱くなってしまっており、
「実はこうでした」と言われても「わかってた」と
白けてしまう部分があるのがあまりにももったいない。

物語やキャラクター、内容自体はいいのに
アニメーションという媒体での表現が
作品全体の足を引っ張っていたような印象を受ける作品だった。

個人的な感想:原恵一

原恵一監督は前作の「バースデー・ワンダーランド」も
色々と気になる作品であり、テンポ感や見せ方の悪さが目立っていた作品だった。
この作品も、前作ほどではないにしろ、テンポ感の悪さや
見せ方の悪さが目立ってしまっており、なんとも言えない気分が
所々で生まれてしまっていた。

超個人的には私は辻村深月さんの小説が好きであり、
この作品も期待していたのだが、
原作は面白いんだろうなと感じる部分はところどころで感じるものの、
その面白さをアニメーションという媒体で最大限に表現しきれていない
もどかしさが常につきまとってしまってしまう作品だった。

前作もそうだが「どうした原恵一監督」と思わずいいたくなる。
新進気鋭のアニメ監督が多く誕生している中で、
「原恵一」という数々の名作を手掛けてきた彼の
才能を感じられないのは本当に残念なところだ。

「かがみの孤城」は面白い?つまらない?

この作品をどう思いましたか?あなたのご感想をお聞かせください

  1. シャチねこ より:

    原作にとても忠実に描かれていた。

    5.0 rating