サスペンス

とんでもなく腹黒なヒロイン「小市民シリーズ」レビュー

4.0
小市民シリーズ サスペンス
画像引用元:©米澤穂信・東京創元社/小市民シリーズ製作委員会
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評価 ★★★★☆(60点) 全10話

TVアニメ「小市民シリーズ」ティザーPV|2024年7月放送開始

あらすじ たがいに助け合い、完全な小市民を目指そう。かつて“知恵働き”と称する推理活動により苦い経験をした小鳩くんは、清く慎ましい小市民を目指そうと決意していた。引用- Wikipedia

とんでもなく腹黒なヒロイン

原作は氷菓でおなじみの米澤穂信の推理小説のシリーズ。
監督は神戸守、制作はラパントラック

映画

本作はまるで映画のようなレターボックス、
シネマスコープで制作されている。
普通のアニメの比率ではなく映画のような比率で画面が構成されており、
1話から独特な空気感が作られている。

この作品は基本的に会話劇だ。
「氷菓」もそうだったが、米澤穂信らしい学生同士の
小気味よい会話劇は映像をみているのに小説を読んでいるかのような
独特の文学的な没入感が生まれている。

この没入感を生み出しているのがシネマスコープとライティングだ。
「自然光」を意識した影の作り方、その影が刺すキャラの表情が、
光の指し方で見えやすかったり見にくかったりもする。

見せたいキャラの心情と見せたくないキャラの心情、
読み手、観る側が自然と文章を読んで想像するように
頭の中で彼らの心理を自然と補完してしまう。
徹底的に拘った光源、ライティングは
印象的なアニメーションにつながっている。

主人公である「小鳩常悟朗」が係る事件は小さな事件だ。
学校の中で起きたちょっとした事件、
1話では「ポシェット」が無くなってしまう事件に彼は携わる。
頻繁なカット割りでポシェットが喪失した事件に
携わる容疑者を映し出す。

そんな事件の真相は学生らしいものだ。
ポシェットの中に隠されたラブレター、
学生らしい恋愛事情に思わずニヤけてしまう。

自重

主人公とヒロイン、
いつも一緒に二人でいて「いちごタルト」を食べに行くような仲だ。
はたから見れば付き合っているかのように見える。
しかし、二人はそんな浅い関係ではない。二人の秘密をかかえている。

二人は「小市民」でいようと心がけている。
心がけなければ目立ってしまう二人、ついつい
「事件」に首を突っ込んでしまう主人公と「復讐」好きなヒロイン。
一歩間違えば特別な、物語の主人公にも悪役にもなってしまうような
二人が「自重」を心がけ小市民であろうとする。
それがこの作品だ。

ヒロインである「小佐内 ゆき」は可愛らしい少女だ。
大人しく控えめで目立たない、しかし、それゆえに
事件が起こるとちょっとしたことで巻き込まれてしまうこともある。
大人しく控えめな彼女は受けた仕打ちを忘れない。
執念深く復讐を企んでしまう。

主人公である「小鳩 常悟朗」は普通の青年だ。
だが、ちょっとした謎を見逃せない。
シニカルで皮肉な口調で喋る彼はひねくれた性格をしている。

そんな主人公とヒロインは普通であろうと、小市民であろうとしている。
世間からずれている、普通ではないと自覚しているからこそ
彼らは「自重」しようとしている。

だが、それを抑えられない。
押さえつけようとしても彼らの中にある「性」が溢れ出てくる。
小市民であろうとしても、つい推理してしまう主人公。
小市民であろうとしても、つい復讐を考えてしまうヒロイン。

日常の中に謎は溢れている。日常の中に自分を苛立たせるものがある。
そんな日常の中で二人は本性を隠し、小市民としての仮面を被っている。
だが、隠しきれない。
徐々に二人がかぶる小市民としての仮面は壊れていく。

二人にとってこの世界は生きづらい。
謎を解いてしまえば疎ましい顔をするものもいる、
自分が悪くないのに復讐してしまえば傷つき、捕まるかもしれない。

そんな異分子な自分たちを律しようとしている。
小さな事件と会話劇、序盤はその繰り返しの中で
徐々に二人の「本性」がむき出しになっていく。

壊れゆく仮面

アニメーションとしてはやや地味であり、
同じ原作者の「氷菓」と比べるとエンタメとしては物足りない部分がある。
ヒロインである「小佐内 ゆき」はたしかに可愛いものの、
アニメ映えという意味では決めセリフまである
千反田えると比べるとかなり弱い。

だからこそ序盤はこの作品の面白さが伝わりづらい。
序盤の段階では主人公もヒロインも偽りの仮面を被っている。
そんな仮面が徐々に壊れ、素顔が見え始める中盤あたりから
この作品の面白さは加速していく。

抑えることのできない自分らしさ、自重できない自分の本性。
主人公はちょっとした事件を推理し続けて、
己の欲望を解放していく。
だが、ヒロインは解放しきれていない。

そんな中でヒロインが「誘拐」されるという大きな事件が起こる。
日常の中での小さな事件から大きな事件へと、
物語が緩やかにシフトしていく。

ヒロインが危険な状況だ、
だが、主人公はこの状況を楽しんでいる。
誘拐された彼女から送られるメッセージ。
推理という甘い蜜を主人公は舐め続ける。

それは彼女により与えられた甘い甘い蜜だ。
夏休みの間、彼とともにスイーツ巡りをしていた彼女が、
甘いものが好きではない彼に与えられた蜜は
最後に「誘拐事件」というウェディングケーキを作り上げる。

お菓子

彼女にとって復讐はお菓子のようなものだ。
自分に対する罪への報復、復讐は極上の甘い蜜のように
彼女の味蕾を刺激し、1度、その甘さを覚えた彼女は
もう忘れることはできない。

それは主人公も同じだ。推理という人の「罪」を暴く行為。
犯罪がどこか蠱惑的な魅力があるように、
それを暴き、報復することにも魅力がある。

それが主人公とヒロインらしさでもある、
天才的な推理力を持つ男子高校生と完璧な復讐を企てる女子高校生。
小市民、普通になろうとしてもなりきれない。
自分らしさを捨て去れば傲慢な少年少女でしか無い。

ある種の共犯者として二人は罪を共有していた。
二人ならば小市民になるかもしれない、しかし、なりきれない。
むしろ互いを利用してしまう。だからこそ、二人は袂を分かつ。

見方によってはバンドエンドのような最後だ(笑)
しかし、物語は止まらない。
2期の制作、放送もも決定したことで二人の今後がどうなるのか
本当に気になってしまう作品だ。

総評:まさかのバッドエンド!?

全体的に観て最後まで見ることで強烈なインパクトが残る作品だ。
基本的にこの作品は会話劇だ、そんな会話劇をまるで映画のような
画作りをしつつ、印象的なライティングでキャラクターを見せながら、
小気味よい会話が繰り広げられている。

序盤はそういった演出のクセの強さのインパクトはあるものの、
話やキャラクターのインパクトはかなり薄い。
ミステリーではあるものの、巻き起こる事件はトラブル程度であり、
ミステリー的な面白さも薄い。

しかし、それは二人が「小市民」であろうとしたからだ。
世間とは違う、普通とは違う、捻くれた少年少女は
己の本性を隠し、自重しようとしている。
だが、話が進めば進むほど限界を迎える。

推理好きの少年は自らの探究心をとめることはできない。
人がわからないことを自分だけが分かるという虚栄心、
隠されたもの、罪を暴く快楽は自重しようにも止められない。

それはヒロインも同じだ。彼女の中に眠る復讐心、
自転車を盗まれたりしただけでも彼女の復讐心はとまらない。
自身に危害を与えてきたものには復讐という罰を与えるまで
彼女の復讐心は止まることはない。
復讐という断罪行為を彼女は自重することができない。

そんな二人が互いの罪を理解し合い、傷を舐め合うことで
普通でいられるかもしれないという希望を見出していたものの、
小佐内 ゆきの復讐に利用されてしまう。
しかし、利用されていることをわかっていても
彼には断罪することはできない。

利用されたことを暴く、そんな自分の止められない推理欲と同じく、
彼女の復讐欲も止められないことはわかっている。

探偵を辞めた探偵と復讐を辞めた復讐者。
ミステリーでは本来は敵同士になるような関係性だ。
もしかしたら、復讐者は今後、もっと大きな罪を犯すかもしれない。
そのときにそれを暴くのは探偵かもしれない。

作画や演出などかなりクセがあり、
そのあたりは好みが分かれるところだ。
シンプルな会話劇を盛り上げ印象付けるものではあるものの、
面白くなるのが中盤からという点も相まって
視聴者を選ぶ作品ではあるものの、1度観たら忘れられない作品だ。

徐々に這い寄ってくるミステリーの面白さ、
中盤からどんどんとストーリーが面白くなっていき、
1クールがあっという間に終わってしまう。
2期が楽しみで仕方ない作品だ。

個人的な感想:治安が悪い岐阜県

少し気になったのは舞台となった岐阜県の治安の悪さだ(笑)
悪い薬は流行ってるし、自転車も盗まれるし、
女子高生が女子高生を誘拐したりもする。
ゴッサムシティもびっくりな治安の悪さはやや気になるところだ。

同じ原作者の「氷菓」と比べてしまう部分もある作品ではあるものの、
氷菓はエンタメとして京都アニメーションがしっかりとした
作品に仕上げていたが、この作品はどこか文学的な部分を
そのままアニメで表現しようとしている部分がある。

癖のある演出や会話と会話の間に挟まれるカット、
それがどこか小説を読んでる際の「行間」を感じさせる部分がある。
原作を読んでいればアニメでも違った味わいがあるかもしれないだけに
原作を読んでみたくなる作品だった。

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