評価 ★★★★☆(60点) 全13話
あらすじ 15年前、動物解放を求めてテロ活動を繰り返している「ALA」(動物解放同盟)によって、実験動物にされていたチンパンジーが連れ出され、近所の動物病院で出産した。その赤子は、遺伝子操作によって作り出された人間とチンパンジーの交雑種「ヒューマンジー」だった。 引用- Wikipedia
ようこそ思想のるつぼへ
本作品は漫画原作のアニメ作品。
監督は津田尚克、制作はベルノックスフィルムズ。
ヒューマンジー
本作品の主人公、いや、主人公と言っていいのかすらわからないが、
物語の中核にいるのが「ヒューマンジー」という存在だ。
チャーリーと呼ばれる彼は、チンパンジーと人間のハーフである。
動物愛護を謳うテロ組織が、とある研究所から助け出した
チンパンジーから生まれた子供、それがチャーリーであり、
人間とチンパンジー、両方のDNAを持っている。
彼の存在は世界中に公開されており、
当たり前のように人の言葉を喋り、
周囲は彼を「有名人」のように扱う。
世界初のチンパンジーと人間のハーフ。
人間の知能を持ち、同時にチンパンジーの力強さもある。
彼は果たしてチンパンジーなのか、それとも人間なのか。
そもそも「なにをもって」人間を人間たらしめているのか。
本作はその問いを、かなり鋭く突きつけてくる。
ヴィーガン
本作の本質はそこにある。
1話から露骨に差別ワードが飛び交う。
「女」「ナード」「猿」。
アメリカを舞台にしているからこその容赦ないワードの数々と、
アメリカを舞台にしているからこその「人権意識」の高さ、
そしてディベートの面白さがある。
チャーリーは人間とチンパンジーのハーフであり、
同時に「ヴィーガン」でもある。
彼の育ての親がヴィーガンであり、彼はそう育てられてきた。
だからこそ、当たり前のように肉を食べない。
それが彼にとっての普通だからだ。
そこに、動物が可哀想だからというような「思想」があるわけではない。
一方で、彼を助けたテロ組織は動物愛護を謳いながら、
過激なテロを繰り返している。
その影響で世間的にもヴィーガンや活動家、
そしてチャーリーへの敵対心が高まっていく。
学校の人たちも露骨に彼への態度を変えてしまう。
だが、それでもチャーリーは学校に通うことをやめない。
確かにチャーリーのヴィーガンという在り方と、
テロリストたちの掲げるヴィーガン思想は近い。
だが、チャーリーは別に他者が肉を食うことを否定しない。
鳥でも、豚でも、牛でも、「人間」でも。
彼にとって肉は肉だ。
人間もそれは変わらない。
逆に言えば、「人間だけ」食べない理由も彼にはない。
何を考えているのか掴みどころのないチャーリーの不気味さ。
そして、価値観と価値観がぶつかり合う面白さ。
それこそが本作の大きな魅力だ。
これが日本を舞台にした作品だったら、
ここまで思想を討論し合う光景には、どこか違和感があったかもしれない。
だが、アメリカだからこそ納得できる。
当たり前のように意見をぶつけ合い、
当たり前のようにデモが起こり、
時にはテロすら起こる。
そんなアメリカという場所に、
人間でもチンパンジーでもない異物としてチャーリーが存在する。
だからこそ、その存在を巡る議論の激化にも説得力がある。
暴力
思想の討論、価値観のぶつけ合いの中で、
どんどんと人の考えは激化していく。
自分と違う考えを持つ者を「他者」は「他者」として割り切る人がいる一方で、
自分と違う思想を持つ者を「許せない」と思う者もいる。
それは歴史が証明している。
人類の歴史は戦争の歴史だ。
人間は争いながら、自分たちの正義をぶつけ合ってきた。
この作品でもそれは変わらない。
チャーリーを自らの動物愛護の思想に利用しようとする者が、
「暴力」を使い、チャーリーを誘拐しようとする。
チャーリーの立場は危うい。
遺伝子的に子孫を残すこともできず、
人間としての人権もない。
もし警察に捕まったとしても、弁護士すらつけられない。
彼の保護者も、法的には「所有物」として彼を所有している。
だが、そんな危うい立場にいながら、
チャーリーは人間や動物、他の生き物と同じく、
自らの存在もまた同じ「1」であると割り切っている。
人権や法律というのは、あくまで人間が人間社会を
成り立たせるために作ったものだ。
だからこそ、「人間ではない」チャーリーには、
そこに従う必要はない。
だが、彼は半分は人間だ。
動物愛護を訴える者にとって、
彼の存在は「政治的」に大きな利用価値がある。
当のチャーリーにそんな思想はないにもかかわらずだ。
チャーリーに勝手に希望を見出す者。
彼から離れる者。
彼に関わろうとする者。
彼を守ろうとする者。
それぞれがそれぞれの「正しさ」に基づいて行動している。
そして、そんな人間たちの身勝手な正義に、
チャーリーは巻き込まれていく。
やがて、信念を貫き通すための「凶行」に及ぶ者も現れる。
凶行
中盤で、ヴィーガンが学校で銃乱射事件を起こす。
その影響で、ヴィーガンのテロ組織に救われたチャーリーの
立場もさらに危うくなり、
チャーリーがテロ組織とつながっているのでは?
と周辺住民も疑い出す。
法律とは社会を形成するうえで秩序をもたらすものだ。
だが、それは多くの人が理性的でいることを前提に守られている。
隣人が殺人者だったら。
同じ学校に通う者がテロリストだったら。
そんな不安が、法律という秩序を破壊し始める。
差別のない世界。
偏見のない世界。
貧富のない世界。
誰もが平等の「1」である世界。
それは理想ではある。
だが、理想は理想だ。
作品の中では、多くの思想がぶつかり合う。
それはその人が持つ哲学であり、処世術であり、理想でもある。
だが、理想は時に人を救い、時に人を追い詰める。
だからこそ、理解されないことに怒り、
凶行に及ぶ者も現れる。
そして、その凶行がまた別の誰かの凶行へと繋がっていく。
1
チャーリーにとって他者は1だ。
自らも1であり、
それは虫も動物も魚も人間も変わらない。
ある意味で、彼こそが真の平等ともいえる。
だが、そんな彼にとっても「1以上」の存在がいる。
それは育ての親だったり、クラスメイトのルーシーだったりする。
なぜ「1以上」に感じるのかは、彼自身にすらわからない。
自分自身を狙う存在。
自分に「1」以上の価値を求める人々。
自分を象徴として利用しようとする者たち。
命の価値とはなんなのか。
この作品は、その問いを何度も突きつけてくる。
終盤、テロ組織によってチャーリーの育ての両親が殺される。
誰かが食事として動物の命を奪う。
その結果として失われた動物の1つの命。
その失われた命と、チャーリーの育ての両親の命の価値もまた、
本来は同じ1のはずだ。
それがチャーリーの哲学でもある。
一瞬の怒りを見せるものの、
彼はわかりやすく悲しみに暮れるわけではない。
だが、確実に変化は訪れる。
「親」離れ。
親の元からの巣立ち。
そして思春期。
より知力が高くなり、より筋力量も増える。
チャーリーがどこまで進化するのか。
それは人類の進化の可能性でもある。
チャーリーの生物学上の父も、
意図的にチャーリーを自らの研究所から抜け出させており、
ラストではチャーリーに兄弟がいることが発覚する。
素晴らしい引きで1期が終わり、
シンプルに続きが気になる作品だ。
総評:ようこそ思想のるつぼへ
全体的に見て、かなり濃い作品1であり、
強烈な思想のるつぼに落とされたような気分になる作品だ。
アメリカを舞台に、チャーリーという人間とチンパンジーのハーフが生まれる。
そんなチャーリーはヴィーガンに助けられ、育てられている。
だが、そのヴィーガンの中にはテロ行為を行う者もいる。
果たして誰が正しいのか。何をもって人間とするのか。
命の価値は本当に平等なのか。キャラクター一人一人が持つ思想は、
時に互いを理解するきっかけになり、時に傷つけ合う理由にもなる。
言葉だけならばまだいい。
しかし本作では、物理的な暴力で自らの思想を
貫き通そうとする者まで現れる。
この価値観の衝突は、見ていてシンプルに面白い。
「チャーリー」という主人公の、
いい意味でのブレなさと不気味さが作品を彩り、
どんどんと過激化していく対立の行く末が気になって仕方ない。
人間でもない。チンパンジーでもない。
そんなチャーリーに、果たして人権は認められるのか。
チャーリーを作った博士は一体何を企んでいるのか。
チャーリーの弟は一体何をしようとしているのか。
1クールでは解決していない問題が多く、
残念ながら2期が決定していないのが惜しまれるものの、
いつかアニメで続きを見たいところだ。
個人的な感想:思想バトル
非常に味わい深い作品だ。
様々な思想が許容される時代。
多様性のある社会などと言われる現代。
そんな時代だからこそ生まれた作品であり、
その価値観のぶつかり合いを様々な角度から描いている。
主人公も主人公の両親もヴィーガンだが、
それを絶対的に正しいものとは描いていない。
過激なヴィーガンはテロ活動を行い、
そんなヴィーガンたちを糾弾する者もいる。
では、主人公は正義なのか。彼は本当に正しい存在なのか。
そこすらも、簡単には断言できない。
チャーリーの不気味さは、作中の人物たちが彼に抱く印象でもあり、
同時に、見ているこちら側にも確かに伝わってくるものだ。
残念ながら放送中はあまり盛り上がっておらず、
2期の発表も今のところないが、続きもアニメで見たいところだ。
倫理の授業みたいな作品ではある。
だが、その説教臭さすら含めて面白い。
皆さんもぜひ、この思想のるつぼにおぼれてみてください。



