「ウマ娘 プリティーダービー Season 2」レビュー

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青春
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評価 ★★★★★(90点) 全12話

あらすじ マックイーンの天皇賞(春)連覇からしばらくして、ライスシャワーがチーム<シリウス>に加入する。ライスシャワーに長距離の適性を見出したトレーナーは、8着に終わった皐月賞より距離が長い日本ダービーへの出走を提案する。引用- Wikipedia

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栄光と挫折、そして奇跡の物語

本作品はウマ娘 プリティーダービーの2期。
1期から約3年近く経ってからの2期となった。
監督は1期と同じ及川啓であるものの制作はスタジオKAIに変わっている。

余談だがスタジオKAIはあの「GONZO」の一部スタッフが務めており、
更に社長はGONZOの元社長である勝村良一。
最近、元GONZOなアニメ制作会社が増えており、
GONZOファンとしてGONZOが心配である(苦笑)

閑話休題

主役交代

2期では主人公が交代する。1期の主人公は「スペシャルウィーク」であり、
彼女の史実に基づいた物語が1クールできれいに描かれていた。
それゆえに2期では彼女が主人公ではない。

「シンボリルドルフ」に憧れた一人の少女。
強い憧れはいつの頃からか彼女の夢となり目指す先になった。
世代の頂点に立ち、世界を目指す彼女に憧れを抱いた少女は幼い頃に
彼女のレースを見て、彼女に宣言をした

「僕はシンボリルドルフさんみたいな強いウマ娘になります!」

幼い少女の願いはまっすぐに、前を向いている。
物語の主人公にふさわしい「夢」が少女にはある。
少女の名前は「トウカイテイオー」、この作品における主人公だ。

2期で主人公が変わる作品は珍しい。スピンオフや、
物語の中盤で主人公が一時的居なくなって違うキャラが主役を
務めることはあるものの、ここまで明確に2期で主人公が変わることは稀だ

中には続編で主人公かと思ったキャラだったのに
前作の主人公がしゃしゃり出てきた挙げ句、終盤ではろくに活躍の場面を
あてられないという作品もあったが、この作品はそういうことはない。
1期で出てきた「ウマ娘」たちもきちんと出しつつ、
当然「スペシャルウィーク」も出る。

だが、あくまで主人公は「トウカイテイオー」だ。
少女はトレセン学園に通うウマ娘となり、
「幼い子」にあこがられるようになっている。
あの頃のシンボリルドルフのように彼女も憧れられる存在になりつつある。

そんな彼女の物語が幕を開ける。

背景

1期と明確に違うのは2期では相当量のウマ娘が登場する。
これは延期されていた本作品のソーシャルゲームが2期と同時期に
リリースされたこともあると思うが、1期以上に
背景にさり気なく出ているウマ娘が多い。

一瞬しか映らないウマ娘、そんな背景に居るウマ娘たちの名前も
きちんと「テロップ」で出しまくっており、
一瞬しか映らない「ハルウララ」や「オグリキャップ」など
一瞬しか出ないキャラも最低限目立つようになっている。

当然、名前を覚えることは不可能に近いほど一瞬だが、
大量のウマ娘が「トレセン学園」にて日常を過ごしている感じが出ており、
あくまでも主役はトウカイテイオーではあるものの、
背景でさりげなくモブになってしまっているウマ娘の日常を
さらっと映している。

主役ではないものの、トウカイテイオーと同じチームとして
「スペシャルウィーク」も「サイレンスズズカ」も
「ゴールドシップ」も「ダイワスカーレット」も「ウォッカ」も出ている。

そして「メジロマックイーン」も本作ではもうひとりの主人公だ。
1期ではスペシャルウィークとサイレンスズズカの物語が描かれていた、
2期ではトウカイテイオーとメジロマックイーンの物語だ。

期待と不安

1期からのキャラクターを出しつつ、自然に2期で主役を交代している。
1期1話のスペシャルウィークと違い、
トウカイテイオーは実力も人気も高い状態だ。 

それはまるで我々がウマ娘1期を見たからこその、
ウマ娘という作品を味わったからこその人気と実力ともいわんばかりの
彼女の堂々とした姿、スペシャルウィークの魂を、
物語を引き継ぐかのように彼女のレースが始まる。
それを表すかのようにスペシャルウィークは彼女の背中を押す。

無敗の3冠ウマ娘、作中のキャラクターたちも
我々視聴者も彼女に期待をする。
1期で見せてくれたような物語を、震えるよううな史実の物語を
魅せてくれるに違いない。そんな期待感がどんどんと高まる

彼女はそんな期待に答えてくれる「ウマ娘」だ。
無敗の2冠、帝王の何ふさわしい彼女の「無敗の3冠」への道が始まる。
それと同時に視聴者にだけ「不安」を見せる。

期待を見せた後に一抹の不安をみせることでみている側の心を揺さぶり
自然とストーリーが気になってしまう。
1期の「サイレンスズズカ」のあの出来事があったからこその不安。
期待と不安を同時に見せる1話は完璧と言ってもいい

希望

多くのものの期待を背負った「トウカイテイオー」は骨折してしまう。
これは史実に基づく流れだ。この作品は1期もそうだが
基本的には元になった馬たちの史実に基づいている。

だが、この作品はただ史実を見せるだけではない
1期でのサイレンスズズカの物語がそうであったように
「if」も見せてくるのが「ウマ娘」という作品だ。

もし、あのとき、あの馬が怪我をしていなかったら。
もし、あのとき、あの馬がこのレースに出れたら。
そんな「if」、競馬ファンも史実を知ったウマ娘ファンも
誰もが期待するそんな「もしかしたらありえたかもしれない」物語を
この作品は1期では見せてくれた。

だからこその期待だ。
現実ではトウカイテイオーは3冠はとれなかった。
あの骨折がなかったらトウカイテイオーは菊花賞で勝ち、
3冠をとったはずだ。そんなifを魅せてくれるに違いない。

主人公でありながら彼女は1話で治るまで半年かかる怪我をしながら、
五ヶ月後の「菊花賞」に出ることを目指す。
彼女はひたすらに明るい、怪我をしても絶望せず、まっすぐに前を向き、
夢に向けて走り続けようとしている。

子供の頃の彼女と変わらない、彼女は自分というものを疑わない。
ただまっすぐに、ただひたすら前を向き、彼女は走り続ける。
現実では走れなくても「頭の中」で彼女は走る。

彼女を支えるのはトレーナーと、仲間たちだ。
1期でしっかり掘り下げた彼女たちと
1期の主人公だったスペシャルウィークも主人公を支える。

1期の積み重ね、物語が経験となり生きてくる。
1期をなかったことにも繋がりを無くすわけではない、
主人公が変わっても1期から続く物語だ。

現実

だが簡単に「if」を見せてくれない。現実を叩きつけてくる。
必ずしも「if」を見せてくれない。それはご都合主義でもある。

みせてくれるかと思った、サイレンスズズカがお越した奇跡、
それは確かに創作物だからこそのご都合主義という名の奇跡だ。
だが、誰もが彼女に期待し、それを望んだからこそ
彼女の復帰に涙を流せた。

期待と不安。
もしかしたら「if」をみせてくれるかもしれないという期待感を
砕くことでより「現実」が辛い。
彼女が人前では涙を見せず、笑顔でいようとするからこそ余計に辛い。

誰もがみたかった「if」が果たせなかった現実は残酷だ。
史実の馬たちの一頭一頭の物語の残酷さが突き刺さる。
彼女も、元になった馬も走りたかっただろう。
そう思わせる「ウマ娘」たちのドラマの描き方が
1期よりも重くみている側にのしかかる。

菊花賞に出ているウマ娘たちも変わらない。
「トウカイテイオー」の奇跡の復活を信じたかった、彼女と戦いたかった。
彼女と戦うために必死でのし上がってきた。

「もし、菊花賞にトウカイテイオーが出ていたら」

そんな思いが大粒の涙を彼女に流させる。
レースに出ているウマ娘も出ていないウマ娘も、
視聴者も同じようにそんな「if」という名の奇跡を求めてたからこその
涙だ。

だが、だからこそトウカイテイオーは諦めない。
彼女は本当に真っ直ぐだ、負けない、諦めない、くじけない。
そんな彼女だからこそ応援してしまう。

今回は駄目だった、だが、彼女の復帰をみたい。
無敗で居つづける彼女をみたい、誰よりも早くゴールする彼女を見たい。
「トウカイテイオー」に強く感情移入したからこそ、
彼女の物語に更に感情移入してしまう。

レース

いろいろな部分をうまく1期から引き継いでいる2期ではあるものの、
作画面、特にレースの際の作画は人によっては気になるところだろう。
1期よりも露骨に「CG」を使っており、特に遠いカメラアングルの際は
ほぼ必ずCGで描かれている。

自然なCGというよりはゲームっぽいCGであり、
カメラアングルが切り替わることでCGと
普通の作画がかわる違和感は生まれており、
その違和感は最後まで拭えない。

しかし、遠いアングルの作画をCGで描くことに割り切った分、
近いアングルでの作画は1期よりもクォリティが上がっており、
アップになったときの細かい表情の描写はより、
彼女たちがレースに挑む際の「感情」をより見ている側に感じさせる。

未だに私自身、1期も2期も見たはずなのになぜ行われるか謎の
レース後のライブシーンのクォリティも1期よりも格段に上がっており、
「汗」の描写、細かいダンスの描写が上がったからこそ、
ライブシーンの見ごたえも格段に上がっている。

そんなレースも1期では結果しか描かれないレースも多かった。
主人公たちのチームである「スピカ」のウマ娘たちのレース全てを
描けないからこその結果のみの描写だったが、
それがやや気になるところでも合った。

2期ではそこも割り切っている。
レースの際に遠いアングルでCGを使うように、
2期では結果しか描かれないというレースは1期よりも減っており、
作品自体のテンポも上がっている。

カットしたレースの分、1つ1つのレースをじっくりと描く。
1期の気になるところや欠点だった部分を割り切ってカットすることで
より集中できるような作りになっている。

ライバル

もうひとりの主人公「メジロマックイーン」は主人公である
トウカイテイオーのライバルだ。
それはトレセン学園に入ってきた時から続く運命という名の因縁だ。
強い動機があったわけじゃない、なんとなく嫉妬し、なんとなく意識し、
それが互いを「ライバル」と認め合う関係性に至った。

互いが互いのレースを見て、自らの闘志を燃やす。
誰もが彼女たちに期待をしている。
どちらが勝ってもおかしくない、どちらが負けてもおかしくない、
そして「どちらも負けてほしくない」と思ってしまう。

二人に憧れる幼いウマ娘たちも、応援しているウマ娘ファンも、
ウマ娘たちもトレーナーも我々視聴者も「二人」の
勝敗が気になって仕方ない。
ライバルだからこそ、勝負の前の二人は多くは語らない。
肩を並べレース会場に走る二人の「いつも通り」な二人。

予想というものができない。
無敗の帝王トウカイテイオー、自らの殻を破ったメジロマックイーン。
この作品は常に「期待」と「不安」を同時に描いている。
メジロマックイーンへの不安、トウカイテイオーへの期待。

その先にあるのは結果だ。相手を蹴落としてやろうなんて考えはない。
レースに挑むときのウマ娘たちはいつだってレースの相手を尊重し、
競い合いたいと思っている。
ライバルだからこそ、強敵だからこそ、誰よりも先に、
誰よりも早く、ゴールに辿り着きたい。例え追い抜かされても食らいつく。

それが自らの目標と夢が叶わぬ結果になろうとも、
ライバルの目標と夢が叶わぬ結果になることがわかっていても、
どんなときでも彼女達は「1位」を目指す。

負けても涙は流さない。約束だ。
ライバルを賞賛し、ライバルを認め、ライバルに
「おめでとう」とささやく。
誰よりもくやしいはずなのに、誰よりも泣きたいはずなのに、
彼女は涙を流さない。

彼女のふとした一言、負けを自覚した一言は涙を誘われる。
彼女達の「勝ちたい」という本能からの勝負の結果だ。
限界を超えた勝負を受け止めるしか無い。

サブキャラ

序盤から丁寧にサブキャラたちの物語も描いている。
「トウカイテイオー」と「メジロマックイーン」の物語を描きながら、
同時にサブキャラたちの成長とレースの模様も描いている。

キャラ数は多いもののちょっとした日常をさりげなく
閑話休題的に描くことで、ギャグシーンにもなっており、
短いシーンでサブキャラたちのギャグな日常を魅せることで
サブキャラクターの印象をつけている。

1話のように怒涛のテロップを名前で出すようなことはしないものの、
彼女達の存在をきちんと認識し覚えられる。

無気力

目指した目標と夢が打ち砕かれる。それは誰しも経験したことがある事だ。
トウカイテイオーもまた叶えたかった目標も夢も叶えられなかった。
幼い頃からまっすぐに、自分を信じて勝つことだけを目指し、
彼女はずっと前を向いていた。
だからこそ、1度立ち止まるともう1度走り出せない。

それでも負けると悔しい。
目標を失ったはずなのに、夢を打ち砕かれたはずなのに、
目指す先も「レースをする意味」もなくなったはずなのに、
悔しいと思う自分がいる。

1度負けた相手に、ライバルに励まされたからこそ
彼女はもう1度たちあがる。
希望と絶望を序盤から中盤にかけて描き、その先にある「夢」に
向かって中盤からは突き進む。

夢の形は変わった。でも、彼女はまだ諦めていない。
自分の求めていた結果とは違った、でも、それを受け止めて
彼女達は前を向き、走り出す。

夢を奪ったものの責任

勝負には勝ち負けがある。勝者と敗者がいる。
「ライスシャワー」は紛れもなく勝者だ。
だが、彼女は勝者で有ることを拒んでいる。

観客が望んだのは彼女の勝利ではない。
他のウマ娘の「夢」、観客たちの思いを載せた夢を打ち砕くのは勝者だ。
観客の期待とは違う結果をもたらしたウマ娘にはときにブーイングや
陰口すらも聞こえてくる。
だからこそ彼女も勝者であることをやめようとしてしまう。

だが、勝者には責任がある。
敗者の次の目標、乗り越えるべき存在、憧れ。
勝者には不安があると同時に敗者の期待も背負う存在だ。

身勝手な敗者の思いかもしれない。だが走ってほしい。
今度こそ、自分が彼女に追いつき、追い抜けるように前を走ってほしい。
「走る理由」を失った彼女達が「走る理由」をもう1度見つける。

トウカイテイオーだけではない、ライスシャワーも、
他のウマ娘たちにも「希望」と「絶望」の先に「夢」がある。
ウマ娘たちがなぜ走るのか。なぜ勝つことを求めるのか。
「理由」を描くことで、それがレースへの盛り上がりにつながる。

迷いをたちきり、ひたすらに勝つことを求めたウマ娘達。
序盤以上に終盤で描かれるレースが盛り上がる。
全ての悩みを振り切った彼女達のレースが幕を開ける。

それがまた夢が砕けることになっても、誰かの夢を砕くことになっても、
彼女たちは走るのをやめられない。
誰よりも先にゴールしたあの光景を忘れられない。
もう1度、憧れのあの人と走るために、もう1度、舞台に上がるために。

夢を奪ったものの責任以上に勝ちたい理由がそこにはある。

史実という現実

だが、この作品は希望と絶望を繰り返す。
何度、絶望を味合わせればいいんだと思うほど希望のあとに絶望が訪れる
あまりにも酷い、この脚本を書いた人は人ではないと思うほどの酷さだ。
だが、脚本家を責められない。何度怪我をするんだと、
同じ展開を繰り返すのかとは言えない。

なぜならば史実だからだ。この作品は史実ではありえなかったifも
描くことがある作品ではある、だが、基本的には史実通りに描いている。
「現実」がそうだった、酷いと感じるほどのつらすぎる現実が
「トウカイテイオー」を何度も襲う。

史実通りではある。だが「if」を見せてくれと、
お願いだから「史実」を無視してくれと思うような絶望だ。
1期のサイレンスズズカのとき以上の絶望。

「ウマ娘」たちの史実は曲げない。
「死」という現実は避けても、怪我という史実は変えない。
それがウマ娘という作品だ。競走馬の魂を受け継いだ彼女たちだからこそ、
怪我をした競走馬たちの思いからは逃げずに描いている。
それは彼らに対する敬意だ。

怪我で引退なんてしたくなかったはずだ、
怪我で最後を迎えたくなかったはずだ。
その思いはあれど「怪我」という史実は変えない。

何度も何度も彼女はそんな絶望を乗り越えてきた。
だが、もしかしたら、そんな絶望は今度は乗り越えられないかもしれない。
序盤と同じような状況が描かれるが、序盤とは状況が違う。
いつだって諦めなかった彼女なのに
トウカイテイオー自身も諦めてしまう。

「僕はもうあんな風には走れないんだ。」

史実は脚本よりも酷だ。残酷すぎる。
もう誰かのあこがれも、夢も背負えない。

ツインターボ

彼女は悪気はないが頭の悪い子だ(笑)
トウカイテイオーの状況など知らず、純粋に彼女のライバルを自称し、
彼女とともに走りたい、彼女と勝負がしたいと願う子だ。
あまりにも純粋で、ワガママで、無鉄砲で、でもまっすぐだ。

彼女も「トウカイテイオー」に憧れた少女の一人なのだ。
だからこそ彼女が引退するなんてことは信じられない。信じたくもない。
諦めなければいい、諦めなければいいんだ。
ツインターボ自身が「トウカイテイオー」のことを諦めない。

ツインターボは諦めない。諦めたくない。
ソレはみんなも同じだ。誰もがトウカイテイオーがもう1度
復活することを願っている。憧れを胸に、希望を胸に、夢を載せて
もう1度走ってくれるはずだと。

そんな自分を見せつけるツインターボ。自分自身で彼女は証明する。
諦めなければ叶う、諦めなければ無理なことなんて無い。
彼女のそんなまっすぐな、ひたすらに真っ直ぐな必死過ぎる走りは
自己証明と信頼の証だ。

彼女自身がトウカイテイオーから諦めないことを学んだからこそだ。
ギャグキャラにしか見えなかったツインターボ、
そんな彼女が再びトウカイテイオーの諦めない心をたぎらせる。

終盤まで計算されたストーリー構成があるからこその展開だ。
ツインターボのあの馬鹿っぽく真っ直ぐなキャラクター、
トウカイテイオーとのギャグにしか見えなかった絡みが、
終盤で活きてくる。

憧れ

二人の主人公、トウカイテイオーとメジロマックイーン。
この二人の関係性は尊い。
トウカイテイオーはメジロマックイーンの憧れであり続けた、
メジロマックイーンはトウカイテイオーの憧れであり続けた。
互いが互いに憧れたからこその関係性と今。

二人共怪我の多い馬生だ。いい所でいつも怪我をしてしまう。
それは史実でもそうであり、そんなな運命が彼女たちを残酷にも
何度も何度も、本当に何度も襲う。
それでも何度も彼女たちはもう1度レースに舞い戻ってきた。
だが、奇跡はそう何度も続かない。限界が来てしまう。

どのウマ娘にもいつかは訪れる体の限界という引退。
車よりも早く走り続ける彼女たちだからこその限界だ。
そんな限界を迎えた「メジロマックイーン」。
もう走ることはできない。

奇跡

だが、そんな彼女の憧れである「トウカイテイオー」が立ち上がる。
もう1度、彼女の憧れになるために、
もう1度、彼女が立ち上がれるように。

彼女は他の誰でもない「メジロマックイーン」のためにもう1度走る。
ただ走るだけではない、絶対に負けられないレースだ。
だが、そんなテイオー自体も足は完璧とは言えない。
それでも彼女は走る、まっすぐに自分のためにも、
「メジロマックイーン」のためにも彼女が憧れた自分を見せつけるために。

10話のツインターボと同じだ。諦めないことを彼女からもう1度学んだ。
だからこそ立ち上がれる、だからこそ走り続けられる。
「奇跡」だ。そこにifはない。史実通りのトウカイテイオーの
走りがラストに描かれる。

「奇跡を望んで頑張れば、必ず出来る」

この物語は奇跡を信じたウマ娘たちの物語だ。
希望と絶望の繰り返しの中で彼女たちが諦めずに走り続けた先にあった
「奇跡」を手にするために彼女は走る。
最終回は思わず、見てる側も叫んでしまうはずだ。

「行け、走れ、トウカイテイオー」

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総評:素晴らしい2期

全体的に見て素晴らしい2期だ。
1期と比べて話の重さが強まっているという部分はあるものの、
「トウカイテイオー」を主人公にしたからこそ、彼女の史実の物語が
「メジロマックイーン」の物語、そして「ツインターボ」の物語と繋がり、
期待と不安、希望と絶望を繰り返しながら最後には奇跡を見せてくれた。

サブキャラ、モブキャラの描き方もうまく、
二人の主人公に憧れる幼いウマ娘達、髪を切りすぎる美容師、
ウマ娘ファンの男性二人とモブキャラからサブキャラまでのさりげない
シーンの描き方が時にギャグに、時に涙につながるシーンを生んでいる。

1期より作画面など全体的なクォリティは上がっており、
世界観や雰囲気は崩さないままに「主人公が交代」したことによる
それぞれの物語の描き方が素晴らしく、
1期と2期、同じような魅力はあれど少し違った面白さがある。

1期は夢の物語だった、2期は奇跡の物語だ。
ならば3期はどうなるのだろう。
あるかどうかはわからない、だが、見たいと思ってしまう。
あの二人に憧れた少女の物語を。

ウマ娘の世界は誰もが主人公になれる。
だからこそ3期が見たい。この夢と奇跡の物語の続きを。

個人的な感想:好み

1期と2期、主人公が変わったことでやや雰囲気というか
空気感が変わっている部分もあり、2期のほうが圧倒的に重い。
そのあたりの好みの差はあるかもしれないが、
1期と同様に楽しめる2期といえる作品だった。

個人的な好みで言うならば私は1期のほうが好きだったかもしれない。
2期はちょっと重すぎる(苦笑)
史実通りとはいえ、史実通りだからこそ辛い展開が多く、
終盤は本当に見ていて辛く、涙を流しっぱなしだった。

そういった意味で「もう1度見るなら」と聞かれたら1期のほうが
気持ちがだいぶ楽だ。
トイ・ストーリーの3を私は見る前から泣く自信があるが、
その感覚に近いものがウマ娘の2期にはあった。

こうなると3期があるかどうかが気になるところだ。
ソシャゲの人気もリリース直後に他のソシャゲの売上がガクッと
下がるほど大人気であり、3期の可能性は高い。

主人公が変わることで話の方向性と雰囲気も変わる作品なだけに
3期は誰が主人公でどんな物語を描くのか。
期待したいところだ。

コメント

  1. mastakos より:

    いい批評でした。見るのが辛くなるのも同意です。
    個人的にはレースの実況が良かったです、当時の実況を聴くとさらに凄さを感じます。
    ところで冒頭のWikipedia引用のあらすじですがこれはゲーム ウマ娘のメインシナリオ二部のストーリーです。
    こちらも中々面白いのでオススメです。ちゃんと3Dキャラが動いてフルボイスなのがすごいです。アニメ二期程辛くはないので見易いのもいいですねw