「泣きたい私は猫をかぶる」レビュー

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青春
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評価 ★★★☆☆(42点) 全104分

あらすじ 誰にも言えない秘密を抱えた女の子がゆれ動く気持ちの中で「本当の自分」を探す物語引用- Wikipedia

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好きな人の猫になりたくないですか?

本作品はNetflixで独占配信された映画作品。
本来は6月5日に劇場公開の予定だったが、
コロナウィルスの影響でNetflix独占配信に切り替わった作品だ。
監督は佐藤順一、脚本は岡田麿里。製作はスタジオコロリド。

The岡田麿里


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

映画が始まって早々に「あー!岡田麿里脚本だ!」とひしひしと感じる。
岡田麿里さんといえばドロドロした心理描写や青春模様、
いわゆる「泣かせる」ストーリーを書く脚本家だ。
岡田麿里脚本特有の「生々しさ」というのは彼女の脚本の共通点でもある。

そんな生々しさをビンビンに感じる。
なにせ主人公の両親は離婚しており、現在は父親のもとで暮らしている。
そんな彼女が母親と生々しい会話を繰り広げる。
母親は父親ともう1度やり直したいと思っているが、
父親は別の女とすでに暮らしている(笑)

そんな主人公の状況がたった2分で見ている側に伝わる。

「嫌いだ、こんな世界なんて嫌いだ、滅びちゃえばいいんだ」

世界の破滅を願う主人公の目の前に「猫の姿」をしたお面屋が
現れるところから物語が始まる。

やがて猫になる


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

家庭事情はやや重いものの、主人公は学校で明るく振る舞っている。
好きな人にも積極的に接しているものの、ややうざい接し方が故に
想い人である「日之出賢人」には、つっけんどんに扱われている。
「日之出賢人」も父親をなくしており母親にはプレッシャーを掛けられている。
岡田麿里脚本らしい思春期の少年少女たちの家庭環境だ。

そんな彼には密かに溺愛している「猫」がいる。
白くて小さな猫を陶芸系の祖父の家でかわいがっている。
彼の作ったご飯を食べ、彼の側につきまとう「タロ」。
だがある程度の時間が経つとタロは彼の前から消える。

「タロ」は彼の前から消えると人間の女の子の姿、主人公へと戻る。
つまりこの作品は猫に変身することのできる少女が、
片思いの男子に猫としてかわいがってもらう作品だ(笑)
片思いの男子は「タロ」が主人公であることは知らない。

人間の姿だと冷たい態度を取られてしまうが、猫の姿だと可愛がられる。
だからこそ彼女は猫の姿で彼の前に日々訪れ、日々かわいがってもらっている。
この作品はどんな方向に進み、どんなストーリーのなるのか。
序盤の時点でまったくもって予想できない。

猫の姿に変身できる少女と、そんな少女が好きな少年。
二人の物語がどんな結末を迎えるのか。

人がいい?猫がいい?


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

主人公は猫の仮面をお試しで使っている。
主人公に猫の仮面を私は猫は「ずっと猫で居続けたくはないか?」と誘惑してくる。
彼は交換条件として「主人公の人間の顔」を求めている。

彼は人間の顔がほしい猫には人間の顔を、
猫の顔がほしい人間には猫の顔を渡している。
なぜ彼がそんなことをしているかはわからない不思議な存在だ。
人としてだと好きな人には冷たい態度を取られる。
だが猫としてだと好きだと愛でてくれる。

彼に対してまっすぐに好意を向ける彼女は無鉄砲ではあるものの、
まっすぐで可愛らしい。コロコロと変わる表情、自由な動き、
「佐藤順一監督」らしい自然な女の子の可愛らしさの表現もあいまって
より主人公に愛着が湧く。

彼にもっと好かれたい、彼の笑顔をもっと見たい。
彼のことが好きだからこそ、彼女は猫の姿で足繁く通う。
猫の姿だからこそ彼は普段は言わないようなことを猫に話す。
本当に言えないことも猫の姿だからこそ、猫にだからこそ言えることもある。

拒絶


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

だが同時に猫だと話せないこともある。
自分のことを好きといってもらいたい、彼を素敵だといいたい。
猫であること、猫の姿になってることを言えないジレンマも抱える。
そのたびに猫は誘惑する。「いっそこのまま猫にならないか?」と。

猫になれば彼の傍にずっといれて幸せだと。そんな誘惑に彼女は負けない。
負けずに人間として自分の素直な気持ちを彼にぶつけようとする。
だが、強く拒絶されてしまう。

その拒絶は彼女を深く傷つけ、猫の姿で逃げる。
好きな人に好きと言われたい、笑顔を向けられたい、そばにいたい。
そんな真っ直ぐな思いと、思春期であるがゆえにすれ違いが
少年の恋心をの自覚を遅くしてしまい、彼女をより傷つける。

猫になれば人間のしがらみもなく、好きな人にも好きと言ってもらえる。
だから彼女は「猫」になることを選んでしまう。
誰しも一度は思うはずだ。猫になりたい。猫のように暮らしたい。
好きな人に可愛がられる猫になりたいと。

居なくなって


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

なくなって初めて分かることもある。自分という人間が居なくなって、
本気で喧嘩をする義理の母と本当の母親、自分のことを本気で心配してくれる彼。
居なくなったからこそ自分の間違ってたこと、
素直になりたいという思いを募らせる。

人間に戻りたいと思っても、彼女の顔は飼い猫にとられてしまっている(笑)
飼い猫は飼い猫で飼い主の人間とずっと幸せに暮らしたいと思っている。
猫と人では寿命が違う、だからこそ人間の姿が欲しかった猫だ。
しかし、猫も猫で居なくなって初めて「飼い主」の深い愛情を知る。
猫の姿だからこそ飼い猫もまた愛されていた。

猫は人になって初めて「猫に戻りたい」と思ってしまう。
主人公も猫になって初めて「人間に戻りたい」と思ってしまう。
主人公も猫から人間の姿を取り戻すために行動をする。

事情を知った彼も主人公を取り戻すために「猫島」へと訪れる。

猫島


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

序盤から中盤までの展開は非常に面白かったのだが、
終盤になるとやや毛色が変わる。
主人公の顔を奪った「お面屋」は人間の寿命が目的であり、
そのために人を誘惑し人の顔を奪い猫にしている。

「お面屋」という敵役はわかりやすいものの、
この作品の序盤から中盤までのストーリーに対して
かなりカジュアルかつわかり易すぎる展開になってしまっている感じは否めない。
映画として派手かつわかりやすい「アクションシーン」で終盤は構成されており、
「岡田麿里脚本」らしさを感じない、はっきりいえば雑に感じる展開だ。

「猫島」でのコミカルなアクションシーンは面白くはあるものの、
どこか子供向け映画のようなわかりやすさと派手さを重視したシーンになっており
前半の繊細なストーリー展開に対してやや大胆な展開になってしまっている。
真っ直ぐでわかりやすい終盤の展開はすっきりとした展開ではあるものの、
どこか物足りなさを感じる印象が拭えない作品だった。

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総評:やっぱり猫が好き


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

全体的に見て惜しい作品だ。
序盤から中盤にかけてのストーリーは繊細で、猫になれる主人公が
猫になりたいと思ってしまうまでのストーリーはすばらしく、
「岡田麿里」脚本らしいキャラクターの描写と生々しさを感じ、
「佐藤順一監督」らしいキャラクターの可愛ら歳差の表現を感じる作品だった。

しかし、終盤はどこか岡田麿里脚本らしくない展開になってしまい、
わかりやすくストレートな展開になりすぎてしまっており、
面白くはあるのだが、どこか不完全燃焼に感じるような
終わり方になってしまっている。

一言で言えばターゲット層がよくわからない。
全年齢、誰にでも見れる作品を目指してしまったがゆえに
序盤から中盤と終盤の雰囲気が変わりすぎてしまっており、
終盤でもう一歩踏み込んだ展開になるかと思いきや、
ぜんぜん違う方向に足を伸ばしてしまったような印象だ。

決して駄作やつまらない作品というわけではないものの、
名作やとても面白い作品だ!といえないようなもどかしさが
残る作品だった。

個人的な感想:うーん


画像引用元:「泣きたい私は猫をかぶる 本予告より
© 2020 「泣きたい私は猫をかぶる」製作委員会

序盤から中盤にかけて、彼女が猫になりたいと本気で思ってしまうまでの展開は
面白かったものの、終盤の展開は正直いまいちだった。
ラストの爽やかな終わりは悪くなく、人間になりたい猫の存在も
この作品では欠かせない存在ではあるものの、そこをうまく使いこなせず、
結局わかりやすい敵役と若易い展開で終わってしまった感じだ。

大人向けとすると終盤の展開は子供向けすぎる部分があり、
子供向けとすると序盤から中盤の展開はやや大人向けな部分がある。
作品全体として全年齢を意識した作品なのかもしれないが、
結局、どっちの層にも深く突き刺さらない作品になってしまってる感じが否めない。

個人的には嫌いじゃない作品なのだが、もう1度見たくなるような作品ではなく、
劇場ではなく配信で良かったなと思う部分もある作品だ。
劇場映画としての派手さを求めての終盤のシーンだったのかもしれないが、
この作品にはどこか不釣り合いな感じだった。

佐藤順一監督と岡田麿里さんの組み合わせは「M3」以来だが、
どうもあまりいい組み合わせではないのかもしれない。

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