評価 ★★★★☆(62点) 全10話
あらすじ 西暦2029年。企業のネットが星を被い、電子や光が駆け巡っても国家や民族が消えてなくなる程情報化されていない近未来の日本。 引用- Wikipedia
もはやSFじゃない
原作は士郎正宗による漫画作品
監督はモコちゃん、制作はサイエンスSARU
アニメ化
攻殻機動隊は何度もアニメ化されている作品だ。
押井守監督、神山健治、黄瀬和哉と多くの監督が
士郎正宗による漫画を、その監督らしい個性で染め上げていた。
いわゆる「原作改変」だ。
これまでの「攻殻機動隊」は、原作をそのまま映像化する作品ではなかった。
押井守は押井守の、神山健治は神山健治の「攻殻機動隊」を作ってきた。
キャラクターデザインも、物語も、作品の思想すら大きく変化している。
それでも、それぞれが紛れもなく「攻殻機動隊」だった。
そんな「攻殻機動隊」が令和にアニメ化され、
しかも「原作準拠」なものになっている。
今作が主に原作としている『攻殻機動隊』第1巻は、
KCデラックス版で347ページ。そこに詰め込まれたエピソードを、
全10話というコンパクトな構成で映像化している。
過去のアニメが映画や2クール以上にわたる作品になっているのに対し、
コンパクトに原作準拠でアニメに仕上げているというのは
非常に面白い試みだ。
色合い
1話から色合いがかなり特徴的だ。
原作準拠なキャラクターデザインはどこかコミカルさを感じさせるものであり、
制作を手掛けるサイエンスSARUらしい色合い、
どこか「昭和」な雰囲気を感じさせる雰囲気は素晴らしく、
デジタルな作画ではあるもののセル画っぽい質感だ。
過去のアニメでは「素子」が絶対に見せないような
顔を赤らめるというシーンも有り、
令和のアニメのはずなのにどこか懐かしさすら感じてしまう。
画面の情報量も非常に多い。
原作も文字が多く、ページには注釈が多かった印象だが、
その注釈を画面に小さく映し出すシーンも多い。
2倍速などで見ていたらあっという間に見逃してしまうだろう。
根本的なゴーストや電脳、細かいワードの説明は
あえて劇中でセリフとしてはでていない。
その圧倒的な情報量を叩き込まれる。
ハイテンポに綴られる物語、電脳を持つ人々が増えた時代だからこその、
デジタルな戦いを描きつつのリアルな戦いがたまらない。
過去のアニメとはテンポもキャラクターも何もかもが違う。
だが、「攻殻機動隊」という作品の持つ魂、ゴーストは変わらない。
明るさ
とにかく今作は明るい雰囲気だ、かかっているBGMもそうだが、
キャラクターの描写自体がとにかくコミカルであり、
昭和漫画的なギャグ描写も多い。更に言えば「性的」な描写もある。
その裏で世界は混沌としている。
原作の連載当時の「情勢」を感じる世界観の描写、
世界大戦後の冷戦、情報戦と諜報戦を繰り返し、
世界情勢は進むわけでも後退するわけでもない状況だ。
それは令和でも変わらない。
40年前以上の作品でも今と変わらない世界、
少し違うのは技術の違いだけだ。
技術は進歩しても人間は変わらない。
金、怨嗟、私情、愛蔵、性欲、
己の欲望のために人は技術を使い、ときに罪を犯す。
AI
電脳技術だけでなくAIも進化している。
素子たちは「フチコマ」というロボットをつかっているが、
彼らのAIは高機能だ、高機能であるがゆえに
いつ人類に反旗を翻すはわからない危険性もはらんでいる。
その危険性を感じさせないコミカルな描写はこの作品らしく、
「義体」の描写などもかなり繊細だ。
電脳という技術が開発され、体もほぼ機械で出来ている。
そんな中で自分とは、魂とは、生きるとはなんなのか。
暴走するAIが多発し、「人形遣い」という天才ハッカーが暗躍し、
人の記憶すらも書き換えてしまう事件もでてくる。
AIというものが当たり前になった今だからこそ、
作中で描かれている事件にもどこか生々しさを感じる。
コミカルにサクっと描かれているものの、
過去の攻殻機動隊で描かれて来た哲学はしっかりとある。
そういったシーンでも常に左下に用語の説明がでてくるものの、
それはあまり意味があるとは言えない。
ある程度、攻殻機動隊という作品やSFの知識がある前提だ。
そういう意味では人を選ぶ作品と言わざる得ない。
人形遣い
終盤で描かれるのは「人形遣い」の物語だ。
人が生み出したAIが電子の海へと浸り、
その海で自然発生した生命体だ。
それは私達、人間や生命体の誕生と大きな違いはない。
そんな生命体と素子がつながる。
データでしか無かった人形遣いに生まれるゴースト、
AIが進化した先の世界。
それはまるでアダムとイヴが手に入れた知恵の実のように、
人間を越えた存在への進化の可能性だ。
素子は「知恵の実」の甘さを知ってしまう。
自分というものはどこにあるのか、この先どうなるのか、
そんな自問自答を続ける彼女にとって、
人形遣いが見せた世界は可能性に満ちている。
人間同士のくだらない政治的争いゆえに罪を着せられ、
その果実をかじってしまう。
融合
人形遣いという進化したAIは多様性を求めている。
自己だけでは確立できない多様性、不完全さと、生命を持つ存在の「死」、
不健全さこそ、死があるからこそ「生命」といえる。
技術が進歩し、人類が進化し、肉体と呼べる部分が機械に置き換わっても、
人と呼べる部分はどこにあるのか。
その答えをこの作品はきちんと描いている。
それは「死」という終わり、死に向かって生きるという矛盾を抱えた
「不完全さ」だ。
それこそがまさに「生」であり「個」だ。
肉体という殻を捨てても人は不完全であり、死はいつか起こる。
人形遣いと融合した草薙素子が、
情報の海で何を思い、何を感じ、どう生きるのか。
それは人形遣いという高度なAIでも予測できない
不確定な未来そのものだ。
それこそが「生きる」ことであり、
不確定な未来にある死に向かうことで人は人であり続ける。
そんな越学を感じさせてくれる作品だった。
総評:40年前の名作を新たに描く意味
全体的にみて、この作品が描かれてから約40年が経った今、
「攻殻機動隊」の世界が昔よりも理解しやすくなっていることだ。
生成AIによって文章が作られ、絵が作られ、声が作られ、
人間が作ったものなのか、AIが作ったものなのか、
一目では判断できない時代になった。
映像すら偽物を作れる、誰かが喋っていない言葉を喋らせ、
存在しなかった出来事すら「存在した」ように見せることができる。
作中では人の記憶すら書き換えられる時代、
自分が経験したと思っていた記憶が偽物なら、
自分という存在を証明するものは何なのか。
何が本物で偽りなのか分からない時代に現実もなっている。
だからこそ改めて、この作品の問いかけが効いてくる。
肉体が機械になり、記憶がデータになり、
思考すらAIによって再現できるようになったとき、
最後に残る「自分」とはいったい何なのか。
それをこの作品では「ゴースト」という曖昧な言葉で表現している。
1989年に描かれたSFのはずなのに、2026年の今だからこそ、
この問いは昔よりも遥かに生々しい。
あえて最近の雰囲気というよりは昭和や平成初期の雰囲気の
キャラクターデザインそのまま、色合いなどもそのままだ。
しかし、アニメーションの技術は今の水準になっていることで、
素晴らしいアクションの数々が盛り込まれ、テンポも今どきになっている。
それゆえに情報量の多い作品になっており、
過去作やSFの知識があることが前提の作りになっていることは
難点ではあるものの、それが決して欠点ではない。
過去の攻殻機動隊をみたことがないという人も、
みたことがあるという人にもぜひ観てほしい作品だ。
この作品は時代を越えて何度も描き直されるのかもしれない。
時代を越えた名作、そして何度姿を変えても失われない原作の
「ゴースト」を感じさせてくれる作品だった。
個人的な感想:SF
攻殻機動隊が漫画やアニメで描かれたときは
「近未来」感が強く、その世界観の描写に多くの作品がこの作品に影響を受けた。
だが原作から約40年の月日が立ち、現実の私達の世界では
AIが発展し、時代が追いつき始めた感がある。
かつては想像の世界のSFだったものが現実になりつつある、
約40年という月日が経ったからこそ、
SFだったはずの作品がSFではなくなりつつあるというのは
非常に面白い部分だ。
やや難解なところはあるものの、全10話という
コンパクトさも相まって、攻殻機動隊という作品を
知らない人にもおすすめの作品かもしれない。



