評価 ★★★★☆(75点) 全99分
あらすじ ある日、広場でくつろいでいたちいかわとハチワレのもとに、顔にチラシを貼り付けたうさぎが現れる。ハチワレがチラシの内容を確認すると、それは「特別な島」への招待状だった。 引用- Wikipedia
最悪の後味
原作はXに投稿されている漫画作品。
監督は及川啓、制作はCygamesPictures。
「ちいかわ」としては初の映画作品となる。
ミリしら
最初に言っておくと、私はいわゆる「ミリしら」である。
Xで流れてきた「ちいかわ」の漫画を何度か見たことはあるものの、
原作をがっつりと読んだわけでもなく、現在も放送中のTVアニメも見たことがない。
完全なミリしらだ。
しかし、本作の人気は日本で生きているうえで、否が応でも実感してしまう部分があり、
どこへ行っても「ちいかわ」を見かけ、転売ヤーの餌食になっていることも知っている。
そんな私が、あえてミリしら状態で「ちいかわ」の映画を見に行くことになった。
その点をご留意のうえ、本レビューをご覧いただきたい。
なお、本レビューにはネタバレが含まれますので、
気になる方はご注意ください。
キャラクター
映画が始まって驚くのは「キャラクター」の優秀さだ。
ちいかわというキャラの外見だけを知っている私としては、
彼らがどんな性格で、どんな声で、どんなキャラなのかをまるで知らない。
見た目はかわいい。その表面的な可愛さしか知らない状態で
本作品を見ると、そのギャップに驚いてしまう。
特に「うさぎ」に関しては、もう笑うしかない。
ちいかわのキャラクターたちは、まともに日本語をしゃべるキャラが少ない。
主人公であるはずのちいかわでさえ、幼児のような片言を
何とかしゃべるレベルであり、まともなのは「ハチワレ」くらいだ。
そんな中で、メインキャラである「うさぎ」は奇声を上げ続ける(笑)
『ジョジョの奇妙な冒険』の謎のセリフのごとく、
「YEEEEEEEEY!」と叫び回りながら縦横無尽に、
画面狭しと動き回る姿は、見た目からは想像できない魅力を生んでいる。
「ちいかわ」という作品は子供にも大人気だ。
その理由を、この作品を見ると痛いほど実感してしまう。
日本語をまともにしゃべるキャラが少ない。
ゆえに彼らの動きや表情、行動、鳴き声といったほうがいいような
セリフだけで、どんなキャラなのかを描写しなければならない。
感覚としては「すみっコぐらし」に近い。
「すみっコぐらし」も、ろくに日本語をしゃべるキャラがいないが、
それでもどんな性格で、どんなキャラクターなのかがわかる。
子供に人気のある作品には、キャラクターがきちんとしゃべらなくても、
どんなキャラクターなのかをわからせる描写がきちんとあり、
それが「ちいかわ」たちにも備わっている。
ただ「すみっコぐらし」と違うのは、「ちいかわ」たちがカオスなことだ。
ビールを飲んで酔っ払っているやつもいれば、
自らの欲望に忠実なやつもいる。
うさぎのように奇声を上げるキャラや、
常に尻を丸出しにしているおっさんもいる(笑)
このカオスさが「すみっコぐらし」とはまた違った魅力を生んでおり、
ミリしらでも、彼らが出てきて数秒でどんなキャラなのかを
強制的に頭へ叩き込まれ、強烈な愛着を覚えてしまう。
彼らはどこか欠けている。その欠けている部分に、いとおしさが生まれる。
闇バイト
そんな「ちいかわ」たちのもとに、チラシが降ってくる。
通常の100倍の報酬がもらえる討伐任務、おいしいものが食べ放題。
そんな夢のような仕事だ。しかし、怪しさはマックスである。
疑うキャラクターもいるものの、100倍の報酬やおいしいものの魅力には
抗えず、彼らはあっさりと仕事を受け、島を訪れるところから物語が始まる。
この時点で、かなり異様なムードが漂っている。
可愛いキャラクターたちなのに「討伐」という概念があり、
それを当たり前のように受け入れている。
なおかつ、明らかに怪しい仕事なのに、
ほとんどのキャラクターが怪しんでいない。
島を訪れると、メインキャラクター以外のいわゆる「モブ」は
顔すら描かれず、言葉もろくにしゃべらず、暗い色で描かれている。
明らかに怪しいのだ。
歓迎ムードのなかで豪華な食事を楽しむ一行の
楽しそうな様子が描かれるのだが、同時に見ている側としては
「これは本当に大丈夫なのか……?」という強烈な不安がよぎる。
セイレーン
ちいかわたちは夜、とある場所でセイレーンという存在と出会う。
このセイレーンと出会うまでの流れも「勢い」でしかなく、
何の脈絡もなくうさぎが洞窟へ突っ込み、
そこにある船へ何の恐れもなく、ハチワレとともに乗り込む(苦笑)
理路整然とした行動をしないのが「ちいかわ」たちだ。
セイレーンは最初、出会った「ちいかわ」たちを襲ってくる。
このセイレーンは、最初はきれいな歌声で愉快な歌を歌い、
かわいらしい見た目をしているのだが、本性を見せると
一気にホラーなムードを漂わせる。
子供が見たら泣き出してしまうほどだろう。
だが、セイレーンは勘違いに気づく。
セイレーンは仲間である人魚を、島民の誰かに食べられたことを怒っている。
いったい誰が人魚を食べたのか。
人魚を食べれば永遠の命が手に入る。
そんな永遠の命を手にしたのは誰なのか。
序盤を過ぎると、一気に「どろり」とした何かがにじみ出てくる。
禁忌
この人魚の逸話は非常に有名な話だ。
人魚の肉を食べて永遠の命を手に入れる。
そんな物語が描かれた作品は、媒体を問わず数多く存在する。
ある種の「禁忌」だ。
永遠の命を手に入れた者が、必ずしも幸せになるとは限らず、
その永遠の命に悩んだキャラクターも多い。
そんなド級にシリアスな内容を「ちいかわ」という作品にぶち込んでいる。
「ちいかわ」たちが受けた仕事は、セイレーンの討伐だ。
島のある種の守り神として作物の成長を促進し、
島民と共存していたセイレーンが突如、島民を襲い、食べ始めたことで、
島民はセイレーンの討伐を依頼している。
だが、元をたどれば、セイレーンの仲間である人魚を
島民の誰かが食べたことが原因だ。
島民は誰が食べたのかわからず、
島民の中にそんなやつはいないと思っている。
どちらが正しく、どちらが間違っているのか。
シリアスとギャグ
「ちいかわ」たちは判断に迷いながらも、セイレーンと戦うしかなくなる。
この道中やセイレーンとの戦いはギャグだ。
「ちいかわ」たちのコミカルなキャラクター性が生むアクションシーンの数々、
唐突にラップを披露するうさぎなど、笑いどころも多くある。
セイレーンも、捕まえた島民やハチワレたちをまず
「昆布」で漬けてから、さらにみそ漬けにするという、
おいしく食べようとする過程がギャグになっている。
ただ「食べる」だけではなく「おいしく食べようとする」
セイレーンの行動に、カオスな笑いが生まれている。
だが、冷静に考えれば「セイレーン」という伝説の存在、
神のような存在の逆鱗に触れ、その神のような存在に襲われ、
実際に食べられている島民もいる。
「ちいかわ」たちはそんな存在に抗いながらも捕まってしまうという、
この部分だけ見れば、完全にシリアスでホラーでしかない。
しかし、そこにギャグを混ぜることでシリアスさを重く感じさせず、
ホラー要素をうまく濁している。
最終的にセイレーンを撃退する方法も
「激辛カレーを食べさせる」というだけだ(笑)
そんなギャグもしっかりしており、
セイレーンを撃退して終わりだったり、
セイレーンが人魚を食べられたと思ったことが誤解だったりすれば、
和解して終わるという「子供向けアニメ映画」としての
ハッピーエンドが描かれ、素直に面白かったと言える作品になっただろう。
しかし、この作品は違う。
バッドエンドだ。
因果応報
中盤までの展開には、子供が見れば怖いと思う箇所が何か所かあるが、
あくまで子供が見た場合であり、大人が見れば怖いとは感じないはずだ。
終盤の展開は子供には理解できず、ハッピーエンドに見える。
しかし、大人が見るとバッドエンドでしかない。
島民の中には、ヒトハとフタバという二人がいる。
ちいかわたちと仲良くしてくれて、
一緒にセイレーン退治についてきてくれた二人だ。
そんな二人が、今作における「犯人」だ。
彼らは人魚の肉を食べ、永遠の命を手に入れている。
しかし、それも最初に「セイレーン」が事故によって、
気づかないまま二人のうちの一人に瀕死の重傷を負わせたことが原因だ。
因果応報ではある。
しかし、神と彼らでは格が違う。
本来は神の気まぐれ、神のいたずらを受け入れるしかなかった。
だが、二人のうちの一人が「喪失」を受け入れきれず、
人魚に手を出してしまう。
完全な悪ではないというのもポイントだ。
セイレーンが先に手を出した。だからこちらも手を出す。
そんな理屈が通る部分もあり、見ている側も
どちらが正しく、どちらが間違っているとも言い切れない。
終盤、真実が明らかになる展開はホラーだ。
二人のうちの一人が、こっそりセイレーンの寝床に忍び込み、
一匹の人魚を誘い出して「撲殺」する。
この「音」の生々しさ。
撲殺する音が劇場にこだまする。
これを本当に「子供」に見せていいのだろうかと、
見ている側が自分の中の倫理観に問いかけてしまうような展開だ。
あえて見せるのではなく、音で聞かせてくるからこそ想像してしまい、
余計に恐怖感をあおってくる。
今日の日はさようなら
劇中では何度もハチワレが「今日の日はさようなら」を歌っている。
「いつまでも絶えることなく友達でいよう」
島での日々を楽しみ、いつまでも友達である「ちいかわ」と一緒にいたい。
そんな「希望」という名の「願望」を込めて歌っている歌だ。
しかし、しつこいくらいに歌う(笑)
そんなにしつこく歌わなくてもいいと思うほど劇中で流れるのだが、
この歌詞の意味は、視点が変わると恐怖に変わる。
ハチワレはあくまで、いつまでも友達と一緒にいたいという希望を歌っている。
しかし、それはあくまで希望だ。
視点を変えると、「ヒトハ」と「フタバ」にとっては現実なのだ。
フタバを助けるためにヒトハは人魚を撲殺し、
その人魚の肉をフタバに食べさせ、永遠の命を与えている。
しかし、その事実に気づいたフタバは困惑し、
「永遠に一人で生きていく」恐怖から、ヒトハにも人魚の肉を
食べることを強制し、ヒトハはそれを受け入れている。
「いつまでも絶えることなく友達でいよう」
ヒトハとフタバが家族なのか、友達なのか、恋人なのかはわからない。
しかし、二人は永遠の命を手に入れたことで、
いつまでも絶えることなく一緒にいることが現実になっている。
劇中で何度もこの歌が流れ、それが終盤で効果的に作用する。
アダムとイブ
この作品は、ある種の神話的な物語だ。
禁断の果実に手を出した二人は血を流し、「楽園」から追放される。
そんな聖書のような物語が、この作品では描かれている。
永遠の命を手にした二人。
しかし、二人が永遠の命を手にしたことを
「セイレーン」に知られてしまい、同時に「ちいかわ」も気づいてしまう。
二人だけの秘密。
そんな秘密がばれ始めたことで、
二人は故郷だった楽園、島を出る。
二人がどこかで永遠に生きていくのなら、まだ救いはあった。
しかし、ラスト。
このラストは震えるようなラストだ。
セイレーンは容赦なく島民を食べ、
そして人魚の肉を食べた者には
「罰」を与えることも示唆している。
「身動きの取れないほど狭い檻に入れて、暗くて深い海の底に沈め続ける」
もやもやとした感情が劇場を出た後にも強烈な余韻として心に残り、
いつまでも「最悪の後味」が舌に残るような作品だった。
総評:ミリしらが見に行った結果、絶望した
全体的に見て、すさまじい作品だ。
この作品は間違いなく面白い。
だが、見終わった後に素直に
「面白かった」と言えないほどの強烈な後味が残る作品であり、
一度見ると、ふとした拍子にフラッシュバックしそうなほど鮮烈な作品だ。
序盤から中盤までは「ちいかわ」たちのキャラの魅力をたっぷりと味わい、
うさぎのラップや島二郎の意味がわからない強さに爆笑しつつ、
ラストのあの展開、エンドロール後に描かれるラストカットで、
観客の口を閉ざすような作品になっている。
99分という尺で一切間延びすることなく、テンポよく物語を描いており、
子供も大人も「予想できない」ストーリーを味わわせてくれる。
本来は万人受けするような内容ではないのだが、
「ちいかわ」という作品の人気とキャラクターの魅力が合わさり、
これが「ちいかわ」という作品の魅力の真髄なのだと
感じさせてくれる作品だった。
個人的な感想:ミリしらゆえに
今作で描かれるセイレーン編は、原作の連載中も
Xなどでかなり話題になっており、何やらえぐいという話は聞いていたが、
聞いていた話以上のえぐさがある作品だ。
見た目はキュートなのに、中身はホラー。
このギャップは夏のアニメ映画にふさわしい魅力があり、
「ちいかわ」という作品に、すっかり取り込まれてしまった。
興行収入的にもコナン映画並みの勢いがあり、
100億円超えは間違いないだろう。
多くの人があのエンディングを、あの絶望を味わうことになると思うと、
「ちいかわ」というコンテンツ自体の罪深ささえ
感じてしまう作品だった(苦笑)
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