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「あの夏のルカ」レビュー

3.0
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評価 ★★★☆☆(59点) 全96分

「あの夏のルカ」|日本版本予告|Disney+ (ディズニープラス)

あらすじ 1950年代の北イタリアの港町ポルトロッソ。そこの住民たちは海に住むシー・モンスターを恐れており、一方のシー・モンスターたちも人間を恐れていた。引用- Wikipedia

ピクサー流人種差別問題

本作品はピクサーによるオリジナルアニメ映画作品。
監督はエンリコ・カサローザ。

物語は海から始まる。
この作品の主人公は人間たちから「シーモンスター」と呼ばれる海の怪物だ。
顔や手は人間のような見た目はしているが、下半身は足の代わりに魚のような
身体がくっついている。いわゆる「半魚人」だ。

人間たちは彼らを恐れ、彼らを見つけ次第、退治しようとしている。
なぜ彼らはシーモンスターを恐れているのか。
過去に何かがあったのか、そういったことは語られない。
むしろ「何もなかった」からこそのこの作品のストーリーとも言える。
人間とは違う見た目で、人間とは違う場所に住んでいるシーモンスター。

主人公はまだ子供だ。
彼にとって地上に住む人間は「陸のモンスター」という認識だ。
主人公がなにかされたわけではない、両親にそう「教えられた」からこそ
陸のモンスターである人間を畏怖し、人間から隠れるように暮らしている。

だが、同時に彼には好奇心が有る。
子供であるがゆえに、未知の世界への興味は果てしなく、
両親に「ダメなもの」とおしえられているはずなのに
海におちた人間のものをこっそりと集めていたりもする。

海の描写はピクサーらしく自由に、コミカルに描かれており
魚やキャラクターはファンタジックにアニメ的に描かれているものの、
海藻や岩は実写と言われてもわからないようなクォリティで描かれている。

そんな彼の目の前に陸からやってきたシーモンスターが
現れるところから物語が動き出す。

アルベルト

陸からやってきたシーモンスターは何も恐れずに陸に上がっていく。
そんな彼に誘われるように主人公が海の外へ出ると
自身の体が人間の姿に変わってしまう。
この時点で多くの人は「リトルマーメイド」を想像したはずだ。

だが、リトルマーメイドと違うのは
そもそも主人公は陸の世界のことを全く知らず、
王子様に一目惚れして人間になりたいとも思っていない。
単純な「好奇心」のみだ。

ゆえに恐怖が有る。
人間の姿になってしまったことも、陸での生き方も
彼にとっては「未知」のものだ。
そんな恐怖心は有るものの、同時に好奇心も誘われる。

アルベルトが嘘八百を交えつつ語る人間の世界の素晴らしさ。
海の世界にはない機械、人間の世界にあるものの全てに彼は興味を持つ。
しかし、陸はシーモンスターにとっては禁忌だ。
両親に知られ、彼は深海の底へと勘当されかけてしまう。

そんな彼は決心する。
これは一人の男の子のひと夏の冒険の物語でも有る。
幼い彼にとっては「海の世界」が全てだった、
しかし、ちょっとしたキッカケで「陸の世界」を知ったことで
彼の世界が広がり、広がったからこそ好奇心を抑えられない。

親の言うことを守ることよりも「好奇心」が勝ってしまう。
だからこそ彼は家を飛び出す。
陸の世界に、人間の町へ行けば、どこへだって自由に行けるはずだと。

しかし、陸の世界は「人間の世界」でしかない。
人間の世界は果たして自由なのか?といえばそうでもない。
人間同士でさえ差別が有る、人間同士でさえ争い合っている。
そこに「シーモンスター」という異分子が受け入れられるのだろうか。

この作品は非常に可愛らしい見た目のキャラクターデザインの
キャラであり、表だけみれば少年のひと夏の物語だ。
ジャンルで言えばありきたりな「ジュブナイル」ものといってもいい。
しかし、そんなありきたりともいえる王道なジュブナイル物語を
描いている一方で「人種差別」というものも描いている。

見た目

主人公とその友人であるアルベルトが訪れたのは人間の街だ。
彼らは海の水や雨、なにかのきっかけで水をかぶらない限りは
シーモンスターの姿になることはない、人間とまるで変わらない姿をしている。
だからこそ気さくに話しかけてくる人もいる、絡まれたりすることも有る。
そんな中で出会うのが「ジュリア」だ。

彼女は長年「ポルトロッソ杯」で優勝することを夢見てる。
そんな彼女の夢、ポルトロッソ杯で優勝すれば人間の世界で使えるお金が手に入る。
お金さえ手に入れば移動手段である「ヴェスパ」を買うことが出来る。
ヴェスパを買うためにも主人公、アルベルト、人間であるジュリアとともに
ポルトロッソ杯に出ることになる。

しかし、人間であるジュリアは彼らがシーモンスターであることを知らない。
人間の街にはあちこち「シーモンスターを退治している」絵や
銅像が飾られており、しかし、シーモンスターは懸賞金までかけられている。

「人間」という種族に恐怖しながらも、彼らは人間の街で暮らさなければならない。
特に理由もなく、人が持つ「恐怖心」だけが理由で虐げられる存在だからこそ
シーモンスターであることがバレてはいけない。

「見た目」で差別される存在だからこそ、その見た目を隠そうとする。
だが、それについて別に悩んだりする様子はない。
「人種差別」というテーマを扱っていながらも、
あくまでもピクサーらしく明るく描いている。

友情?

しかし、その一方でこのテーマでありながらアルベルトとの描写が多い。
本来はこのテーマを深堀りするならばジュリアとの物語を
主軸に描いたほうがテーマが伝わりそうだが、
同じシーモンスターであるアルベルトとの友情物語が基本になっている。

やや気になる点もある。
特にアルベルトがジュリアの父親の仕事を手伝うことになる流れがある。
ジュリアの父親の仕事は「漁師」だ。
そんな漁師にアルベルトは魚がよく取れる場所を教えることで役に立つ。

このあたりの「シーモンスター」の倫理観が一体どうなっているのかが
まるでわからない。
物語の冒頭で主人公であるルカは羊飼いのごとく魚を飼っており、
彼らと喋りこそしないものの「意思」の疎通はしている描写が有る。

それなのに同じシーモンスターであるアルベルトは
仲間であるはずの「魚」を大量に取られても何も思わず、
むしろ自分のおかげでたくさんとれたことを自慢気にしている。

シーモンスターたちにとって魚はあくまで「羊」などと同じ感覚で
食べることも別に気にしないのかもしれないが、
共食いこそしていないものの、仲間を売るような要素になってしまっており
このあたりの彼らのモラルや考えが非常に気になってしまった。

アルベルトにとって主人公であるルカは初めてできた友達のようなものだ。
それはルカにとっても同じだ。
だからこそ彼の気を引くためにアルベルトは嘘八百を述べ、
人間の世界の、陸の世界の素晴らしさを彼に説いていた。

しかし、そんなアルベルトが知らないことをジュリアはルカに教えてくれる。
街の外のこと、学校のこと、そして宇宙のこと。
ルカはさらなる好奇心を刺激される。

差別

物語の中盤でアルベルトの正体がジュリアにバレてしまう。
ジュリアはアルベルトに恐怖し、他の人間は彼を「狩ろう」とする、
そんな姿をみてルカは同じように怯えるふりをしてしまう。
せっかく仲良くなったジュリアに嫌われたくない、陸の世界で生きていたい。
アルベルトを思う気持ちよりも「人間の世界」へのあこがれが勝ってしまう。

そんな「嘘」もジュリアにバレる。
だが、ジュリアは彼がシーモンスターで有ることがわかっても
彼を受け入れようとしてくれる。
シーモンスターであっても、あの楽しかった日々は変わらない、
シーモンスターであっても、人間と同じように接していたからこそ
ジュリア自身が自分の価値観を改めてくれる。

しかし、主人公であるルカは認めてくれたとしてもそれを受け入れきれない。
アルベルトが差別された姿を見たからこそ、
人間たちがシーモンスターをかろうとしているのを知っているからこそ、
彼は「人間であろう」とする。

ありのままの姿見せるのよ

ただストーリーはひたすらに王道だ。
「こうなるんだろうな」というストーリーラインを綺麗にそっており、
あまり予想外の展開というのもない。

終盤で人々の前でシーモンスターの姿になってしまうルカとアルベルト。
多くの人は彼らに恐怖し、狩ろうとする中で、
ジュリアや、ジュリアの父が彼らを肯定してくれる。
受け入れられない人もいる中で受け入れてくれる人もいる。

少しずつ相互理解することで「差別」はなくなるはずだと
この作品がいいたいのはわかるものの、
このあたりの展開はもう一捻りほしいと思うほど
人間たちが彼らを受け入れるのが非常に早い。

ジュリアの父の威厳があったせいもあるかもしれないが、
それにしてもアレだけ、懸賞金まで賭けてかろうとしていた
シーモンスターを見ても、あっさりと矛を収める展開は
どこか「子供だまし」にさえ思えてしまう。

ラストの展開と二人の友情を確認するようなオチは悪くなく、
思わず涙腺を刺激されそうになるものの、
細かい部分がきになってしまって泣くに泣けない感じの作品だった。

総評:人は見た目が9割、なら魚は…?

全体的にジュブナイル映画としてみれば良くできている。
海の世界しか知らなかった少年が陸の世界を、人間の世界を知り、
友達を得て、友情を培い、価値観を変えて人間の世界へと飛び出していく。
この作品のストーリー自体は悪くなく、余韻の有るラストもいい。

アニメーション自体も素晴らしく、海や雨などの水の描写は
この作品の重要な要素だからこそ印象に残るリアルなものになっており、
イタリアを舞台にしたからこその「パスタ」料理の数々は
思わず見終わった後にサイゼリヤ当たりに行きたくなってしまう(笑)

リアルな街並みや背景描写がある一方でキャラクターはことごとくアニメ的だ。
どこか日本的なアニメーションのキャラ描写にも似通ったものがあり、
コミカルに描かれるキャラクターの動きや表情は
見て伝わるキャラクターの心理描写が良くできている。

しかし、その一方で大人が見るとこの作品のテーマでもある
「人種差別」の描かれ方がやや浅い。
そもそもなぜシーモンスターをそこまで人間は恐れているのか、
なにか過去に事件やあったのかもしれないが、そういう部分は語られず
「見た目」のみの差別だ。

物語の終盤でジュリアや、ジュリアの父が彼らの受け入れるのはわかるものの、
畏怖の存在として認識されていた「シーモンスター」が
ラストでは多くの人達にあっさりと受け入れられてしまい、
やや拍子抜けな感じの、ご都合主義とまでは言わないが、
あっさりとした展開になってしまっており、もう一捻りほしいと感じてしまう。

アルベルトの父も失踪しており、最後まで出てこず、失踪した理由も描かれていない。
このあたりもちょっと引っかかってしまうポイントだ。
ただ、子供向けの作品としてみると悪くない。
見た目だけで差別してはいけない、相互理解しようというこの作品のテーマは
子供ならば素直に受け止めて、伝わることだろう。

個人的な感想:インパクト

子供向けの作品としてはよくできているが、
作品全体でインパクトが足りないような気もする作品だった。
街に居たおばあさんたちの正体や、ルカのおばあさんなど
思わず驚いた部分はあるものの、ストーリー的には意外性はなく、
こうなるんだろうなという展開のまま進んでしまう。

面白い作品では有るものの、1回見ればいい。
そんな作品だった。

「あの夏のルカ」は面白い?つまらない?

この作品をどう思いましたか?あなたのご感想をお聞かせください

  1. イルーナ より:

    初めまして。

    この作品、私にとっては大好きな作品ですが、おっしゃる通り、確かに人種差別の描写については詰めが甘かったですね。

    一方で、成長することや知ることの負の側面についてもしっかり触れていたのが印象的でした。
    特にアルベルトの心が闇に傾いて暴走していく下りは、発達心理学の教材にそのまま使えるのではないかというくらいの完成度でした。
    ルカもあの時点だと、まともな行動を取ったら詰むと考えてもおかしくないし。
    それだけに、ラストのまとめ方に尚更雑さを感じてしまうのはありますよね…
    一番難しい問題を一番あっさり解決してしまったのが、やはり引っかかります。
    最初観た時は素直に感動できたのに…

    ちなみに先日、ディズニーがピクサー作品から同性愛描写をカットしていた事件が発覚しましたが、おそらく本作もこれの影響をモロに受けてますね。
    公開前から『君の名前で僕を呼んで』とよく比較されていたのですが、もしこっちがメインテーマだったとしたら、相当描写をカットされたんだろうなぁというのが窺えます。
    「アルベルトのクラーケン化(闇落ち?)」や「ロミオとジュリエット的な展開」など、伝わって来るだけでもボツになったエピソードが妙に多いので。

    長くなりましたが、それだけ私にとっては語っても語り切れない作品となりました。
    レビュー、ありがとうございます。