「劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲」レビュー

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映画
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評価 ★★★★☆(70点) 全85分

あらすじ ミュウツーは自分を造ったロケット団を裏切ったことをきっかけに、ポケモンを統制するシステムへの反発や自分を利用するためだけに作り出した人間たちへの憎しみから人類に対する「逆襲」を企てる。引用- Wikipedia

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子供向け映画なのにアイデンティティを問う!?

本作品はポケットモンスターの劇場映画作品。
ポケットモンスターとしては第一作目の作品となっており、
2019年にはフルCGでリメイクされた。
なお、本作品には劇場公開版と完全版が有り
完全版は10分ほどの追加シーンが有る。

基本的に現在見ることができるのは完全版であり、
冒頭に追加シーンが有るのが完全版だ。
少しややこしいのだが、「ポケモンショック」によるテレビ放送の中止などが
響いてこのような感じになってしまったようだ。

冒頭


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

完全版を見たことがない人は知らないシーンではあるが、
この冒頭のシーンはかなり重要だ。「フジ博士」がミュウのまつげの化石を発見し、
ミュウツーを「作る」シーンから始まる。

「ここはどこ、僕は誰、どうして僕はここにいるのか」

生まれたばかりのミュウツーは自分自信の存在への疑問を投げかける。
そんな疑問に答える少女が現れる。
「意識」だけになった人間の少女は意識と意識でミュウツーと会話をする。
自分は人間なのかポケモンなのか「自分自信」に悩む彼に、
少女は教える。

私達はコピーなのだと「ツー」なのだと。
アイという少女から作られた彼女はアイツーであり、
ミュウの研究をしている博士は「失った娘」を復活させようとしている。

暗く、重い始まりだ。エピソードとしては重要ではあるものの、
この「どんより」とした始まりは子供向けのアニメの第一作目の作品なのか?
と思うほどに驚かされる。

コピーされたポケモンは命が短く、ミュウツーの前から消える。
それは「アイツー」も同じだ。コピーである彼女たちの命は儚い。
ミュウツーの前から彼女たちが消える姿を見てミュウツーは
「涙」を流す。そんな彼に少女は言い放つ。

「悲しみで涙を流すのは人間だけだ」

と。自己を確立しきれないまま会話のできる他者を失ってしまい、
中途半端な形でミュウツーは長い長い眠りにつく。
その長い自己問答からの目覚めが彼を暴走させる。

「私は何のために生まれたんだ」

ポケモンが人間を殺すというシーンが有るのもこの作品くらいだ。
アイデンティティが確立しないまま、彼は叫ぶ

「誰が産めと頼んだ、誰が作ってくれと願った。
私は私をすべてを恨む、だからこれは攻撃でもなく宣戦布告でもなく、
私達を生み出したお前たちへの逆襲だ」

震えるような始まり方だ。
始まって20分近く主人公であるサトシも出ずにミュウツーのエピソードが
しっかりと語られることで、彼の逆襲の物語と主人公であるサトシが
どう絡むのかという期待感を募らせる。

公開時にはこの部分はなかったが、子供向けということを考えれば
この冒頭はないほうが正解なのかもしれない(笑)
あまりに重く、シリアスだ。

この冒頭の部分は当時、少し内容は違うものの子どもたちがみんな読んでいた
「コロコロコミック」に漫画という形で掲載されており、
あとで完全版として補完する形は正解だったかもしれない。

始まり


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

サトシが出ることで本来のポケットモンスターへと雰囲気が変わる。
おなじみの曲か流れる中で繰り広げられるポケモンバトルは
しっかりと描かれており、相手のポケモントレーナーを演じるのが
「レイモンド」なのも懐かしさ全開だ。

ポケモンマスターを目指して旅をするサトシたちは
カイリューから謎の招待を受け「ポケモン城」へと向かうという所から
ストーリーが始まる。荒れ狂う海をそれぞれの方法で乗り越える。

非常にテンポよく話がサクサクと進み、サトシたちは「ミュウツー」と対峙する。
余計なシーンが一切ないスムーズなストーリー運びは、
制作側が子供を飽きさせないように配慮している感じだ。

最強のトレーナーにして最強のポケモン

本来はトレーナーは人間だ。人間がポケモンを捕まえ戦わせる。
トレーナーが未熟であれば例え自身を捕まえた人間であろうと
言うことを聞かないこともある。サトシのリザードンはまさにそれだ。
そこには信頼関係もあり、だからこそポケモンとトレーナーの関係性が成り立つ。

モンスターボールに入っていない「ピカチュウ」は
人間とポケモンの信頼関係の理想だ。
しかし、人間に絶望し信頼をシていないミュウツーにはトレーナーなど居ない。
彼自身がトレーナーであり、彼自身がポケモンでもある。
誰も彼を命ずることはない。

「最強」を自負する彼は自身と同じようなコピー生み出し、
オリジナルのポケモンを持つトレーナーにぶつける。
ミュウツーが作り上げたコピーはオリジナルよりも強く、歯が立たない。
子供向けの作品であり、初めてのポケモン映画で主人公たちが
「圧倒的な敗北」を味わう。

彼らのポケモンは次々とミュウツーに奪われる。
この「絶望感」は凄まじく、子供向け映画とは思えないほどにシリアスだ。
しかし、主人公であるサトシは絶望をしない。
ミュウツーに必死に立ち向かい、ポケモンではなく自信の拳で
トレーナーとして彼に立ち向かおうとする姿はまさに主人公だ。

本物はこの私だ


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

唐突にミュウが現れる。「本物」であるミュウに対し、
ミュウツーは自信のアイデンティティを確立するために勝負を挑む。
最強であることが彼が彼である理由の1つでも有り、
ミュウに勝つことで彼は自信が「偽物ではない」と思いたい。

それはコピーされたポケモンたちも同じだ。
オリジナルより「強くなる」ように作られた彼らは、
オリジナルに勝たなければ彼らの意味がなくなってしまう。
「技」ではなく「肉体」で彼らはぶつかり合う。

ポケモン同士の殴り合いだ。もはやポケモンバトルですらない。
ただ体と体でぶつかり合い、殴り合い、噛みつき合う。
酷すぎる戦いにはポケモンバトルのような楽しさはない。
そこにはただ虚しさが残るだけだ。
自分で自分をいじめるような彼らの姿は見てるだけで心をえぐられるようだ。

他のポケモンが戦う中でピカチュウだけはコピーを殴らない。
ピカチュウはコピーにひたすら悲しい表情で殴られる。
殴っている側のコピーが「涙」を流すほどに悲しい戦いだ。
同じ生き物は縄張り闘いをする。それこそが生き物だ。
生き物が長い間繰り返してきた「戦い」がこの作品には描かれている。

人間


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

主人公であるサトシは人間だ。本来ならポケモンのように戦うことはできない。
だが、彼は酷い争いを止めようとする。
ポケモン同士の闘いを人間が自己犠牲を持って止める。
その姿に争っていたポケモンたちが涙を流す。
彼の自己犠牲に、自信たちの無意味な戦いの無意味さの結果に。

コピーであっても本物であっても同じことで涙を流す。

「悲しみで涙を流すのは人間だけだ」

ミュウツーは彼らの姿を見て「アイツー」の言葉を思い出す。
コピーであろうと本物であろうと「生きている」ことには違いない。
我々は生まれたのだ、生き続ける、この世界の、どこかで。

ミュウツーは長く続いたアイデンティティの確率を果たして物語は終わる。

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総評:こんなに重い作品だったのか


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

全体的に見て圧倒的な作品だ。
冒頭の20分、主人公のサトシを一切出さずに「ミュウツー」という
ポケモンの始まりを描き、彼が逆襲に至るまでの話をしっかりと見せ、
本物とコピーとの戦いを描く。

なぜ自分は生まれたのか、どうしてここにいるのか、自分は何者なのか。
そんなミュウツーのアイデンティティを確立するための物語だ。
コピーである自身に悩み、本物に戦いを挑んでも虚しさがしか残らない。

そこに人間である「サトシ」が自己犠牲で介入することで、
ポケモンと人間の信頼関係と「涙」という本物もコピーであろうと変わらない、
生きてるからこその感情と気持ちをミュウツーが味わい、
アイツーの言葉を思い出し、彼らは生まれた意味と生き続けること、
自身のアイデンティティを確立して物語が終わる。

しっかりと1つの作品の中でテーマ性がある作品だ。
子供向けにしてはおもすぎる部分や哲学的すぎる部分はあるものの、
大人が見ても、子供が見ても、終盤のシーンでは涙を流してしまう。
そんな大人も子供も関係なく楽しめる作品だ。

個人的な感想:10年ぶり


画像引用元:劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲 完全版より
(c)Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・
JR Kikaku(c)Pokemon(c)1998-2020 ピカチュウプロジェクト

10年以上前に完全版を見た記憶があったが、
久しぶりにしっかりと見返してみると深すぎる作品だった。
ポケモン映画はどちらかというと怪獣大戦争みたいになってる作品も多く、
この作品のように深いテーマ性のある作品は少ない。

しかし、第一作目のこの作品はポケモン映画らしさを感じないほどの
思いテーマを扱った作品だ。
大人になってから見返すと「こんなにこの作品重かったっけ…?」と
思わず驚いてしまうほどに深く重い作品だった。

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