「私ときどきレッサーパンダ」レビュー

3.0
映画
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評価 ★★★☆☆(56点) 全100分

あらすじ 2000年代のカナダ・トロントのチャイナタウンに暮らす、13歳の少女メイリン・”メイ”・リーは、伝統を重んじる家庭に生まれ、両親を敬い母親であるミン・リーの期待に応えようと奮闘していた。引用- Wikipedia

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毒親物語

本作品はピクサーによるオリジナルアニメ映画作品。
劇場公開はされておらず、ディズニープラス限定配信となる。
監督はドミー・シー

モンスターペアレント

物語の冒頭、主人公のやや癖のあるモノローグが始まる。
彼女は13歳の少女だ。そんな少女らしいどこか大人に憧れつつも、
まだ子供の思考をもつ彼女は心も体も大人になりつつある。
学校ではクラスメイトと好きなアイドルの話をしたり、男の子のことについて話したり。
13歳の少女らしい印象を感じさせる。

しかし、彼女の親が問題だ。
いわゆる「教育ママ」のように彼女を愛しているがゆえに過保護に接し、
彼女に自分と同じような完璧さと清廉潔白さを求めている。
真面目な友達を作りなさい、勉強をちゃんとしなさい、家の手伝いもしなさい。
音楽はチャラチャラしたものなんてもってのほかだ。

娘はまだ子供であり、恋愛なんてしない、身体はともかく娘の心の成長を
「大人」になりつつあることを親である母が自覚しておらず許容していない。
それゆえに母は暴走する。
娘が描いた少し恋い焦がれた相手との似顔絵を見つけてしまう。

娘を叱るわけではない、娘が悪いなんてことは考えもつかない。
恋い焦がれた男が悪いに決まっている、娘は悪くはない、
まだ子供な娘を「だました」のだと。
娘の思いを汲み取らず、心の成長も認めず、
母は暴走した結果、娘の中の心の中の獣が暴れだす。

レッサーパンダ

この作品におけるレッサーパンダはある種の比喩表現だ。
彼女の家系はご先祖様がレッサーパンダの力を借りて
一族を守った過去がある。
代々、生まれる主人公の家系の娘はある程度、成長し大人になると
「レッサーパンダ」に変身する能力を身に着けてしまう。

人よりも大きく、力の強いレッサーパンダのその姿。
心が平穏なときは人間のままだが、感情が奮い立てばレッサーパンダになり、
感情が爆発すれば暴走してしまう獣になる。
これは思春期の少女における心の「二次性徴」そのものだ。
反抗期と言い換えても良い。

娘である主人公は自分の中の獣の力、獣の姿への嫌悪は感じつつも
友達との関係性の中で自分の「心」をコントロールするすべを学んでいく。
自分自身の力をコントロールし、揺れ動き感情をコントロールし、
自分のレッサーパンダの姿ですら許容し始めている。
少し体臭がきつくなったり、毛むくじゃらになったり、髪の毛の色が変わってしまったり。

レッサーパンダの姿という比喩表現とファンタジックな誇張表現はしているものの、
思春期における一人の少女の二次性徴を受容し自己確立する物語と言っても良い。
彼女はもう大人だ、自分で決められる、自分で何かが出来る、
「自分」というものをしっかりと持っている。

だが、それを認めないのが母親だ。彼女に一族はずっとそうしてきた。
獣を抑えコントールするのではなく、獣を引き剥がすことで力を封印する。
しかし、それは同時に心の成長そのものを押さえつけるようなものだ。

母親はそうしてきた、母親の母親、主人公にとっての祖母が
母にそうしてきたからこそ、母もそうすることしかできない。
それ以外の手段を知らない。
母親自身が「親離れ」できず、自身の母を未だに恐れている。
自身の母親との確執、地震の苦い経験があるからこそ自分の娘には
そうはなってほしくはない。

だからこそ、彼女の「成長」と「親離れ」を母親自身が拒絶する。
この作品はファンタジーなレッサーパンダの姿で可愛らしく
コミカルなシーンが多いものの、描かれているテーマは非常に思い。
母と娘の確執、モンスターペアレンツ、いわゆる毒親のようなものを
作品の芯にとらえている。

毒親

主人公は葛藤する。彼女は家族への愛がきちんとある、
母親の少し過保護なところも彼女が大切であり、愛してくれているからこその
行動だともわかっている。だが、同時に母が怖い。
母に求められるように彼女は「完璧」で居ようとした。

しかし、レッサーパンダになる力に目覚めてからというもの
その「完璧さ」からはどんどんと遠くなる。
母親には以前よりも監視され、学校までついてくるうえに、
彼女の行動のすべてを支配しようとする。

支配しようとする力が強まれば強まるほど、反抗心も増していく。
なぜ母の言うことを聞かねばいかないのだろう、
なぜ自分が好きなことができないんだろう、
なぜ母はそれを認めてくれないんだろう。
そんな疑問が「母のエゴ」との対立につながる。

なぜ母と同じようにならなばければいけないんだろうか。
なぜ母は母と同じようにすることを求めてくるんだろうか、
それは母親の「ワガママ」で自分勝手な「押し付け」ではないのだろうか。
最初は彼女も言われるがままにレッサーパンダの力を封印しようとする。
母がそう言ったから、祖母もそう言ったから、それが正しいはずだと。

しかし、彼女の葛藤が、友との日々が、母とは違う答えを選択させる。
「このままでもいいじゃないか」と。
母と同じじゃなくても良い、この姿を受け入れても良い、
自分の好きな友達と仲良くしても良い、好きなアイドルのライブにだって行きたい。

そんな娘である主人公の心の成長という名の母からの解放。
自由に「レッサーパンダ」の姿で夜の街を駆ける姿は自由そのものだ。
だが、そこまで言っても母は彼女の成長を認めない(苦笑)
最後は予想外の怪獣バトルのような展開から親子の対話へと繋がり物語の幕は閉じる。

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総評:あなたは子離れできてますか?

全体的にみて非常に評価に困る作品だ。
アニメーションのクォリティ自体はピクサーという制作会社だからこその
「毛並み」の描写はさすがだ。もふもふとまるで体臭まで漂ってきそうな
レッサーパンダの描写、美味しそうな料理の描写の数々、
コミカルでコロコロと変わる表情はよりキャラクターへの感情移入を強めてくれる。

その一方でストーリー的にはやや淡々としてる部分が多い。
序盤はレッサーパンダになる展開やその戸惑いという山場があるものの、
中盤からはアイドルのライブへ行くための集金活動だったりが淡々と描かれてしまい、
終盤で一気の盛り上がるものの物語の展開自体は予想できてしまう。

描きたいテーマは重く、そこは芯に捉えて描いているものの、
そのテーマを描くことに夢中になってしまい
ストーリーがやや弱くなってしまっている印象だ。
傑作ではあるものの名作ではない、ゆえに泣けはしない。

主人公の掘り下げはきちんとあるものの、
もうひとりの主人公である「母」の過去の描写も薄く、
母が父のためとはいえ、母を傷つけるほどの暴走をしたのかという
過去も描かれず、祖母もどうしてそこまで母を拒絶したのかなども描かれていない。

コミカルな表現やキャラデザから想像できないほど
芯に捉えているテーマが重く、気になる点はあるものの、
見る人の価値観や年齢、性別によっても大きく評価が変わりそうな作品だった。

個人的な感想:アラサー独身

これは私の年齢もあるかもしれない。
この作品を10代の、まさに彼女と同じくらいの年頃の子がみれば
もっと主人公に共感するかもしれない。
逆に同じ年頃の娘を持つ親ならば思うところがあるかもしれない。

コレを言ってしまうと昨今のジェンダー問題やポリコレ問題に
引っかかってしまうかもしれないが、あえていうと
この作品は非常に「女性目線」で作られている。
このあたりは女性監督だからこそなのかもしれないが、
「少女の成長」というものを現代的な価値観で描いた作品だった。

序盤の段階で「あー面白いテーマを描くなー」という面白さはあったものの、
その序盤で「こういう感じになるんだろうな」と考えてしまうどおりの
展開にある程度なってしまう、予想の範疇に収まってしまうストーリーは
どうにも物足りなさを感じてしまった。
もっともお母さんのあの姿の「巨大さ」だけは予想外だったが(笑)

惜しむべきはこの作品はディズニープラス限定の作品だ。
もう少しいろいろな人の感想や違った角度からの意見も見てみたくなる作品ではある。
そういった意味でも意欲作と言える作品なのかもしれない。

気になった方はぜひディズニープラスで
(ステマじゃないよ笑)

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