評価 ★★★★☆(60点) 全89分
あらすじ 物語は23世紀の火星を舞台とする。私立探偵のアリーヌ・ルビーとアンドロイドの相棒カルロス・リヴェラは、名門大学の学生2人が行方不明になった事件の解決を任される。引用- Wikipedia
大爆死のフランス産名作アニメ映画
本作品はオリジナルアニメ映画作品。
監督はジェレミー・ペラン。
ロボット
映画序盤から鮮烈だ。
女性の部屋で飼われている猫。
そんな猫の体が汚れると、女性は猫の皮を剥ぐ。
言葉だけで表現すると残酷なのだが、この猫は「ロボット」だ。
本物の猫との違いが分からないほど精巧なロボットの猫が存在する。
そんな世界の「常識」を、長々と説明することなく自然に見せてくる。
その直後、猫の飼い主である女性が、
唐突に訪れた男性によって殺される。
奇妙な日常風景から始まり、一瞬で殺人事件へと切り替わる。
映画の世界観と不穏さを冒頭だけで提示し、
そこから怒涛のストーリーを展開していく。
この世界におけるロボットやアンドロイドには、
人間を傷つけられないという「ロボット三原則」が組み込まれている。
だが、その制約を取り外す「脱獄」を行うアンドロイドも存在する。
人間に危害を加えられるようになったアンドロイドが暴走し、
さらにはアンドロイドの解放を訴える者まで現れている世界だ。
主人公の「アリーヌ・ルビー」は私立探偵であり、
相棒のアンドロイド「カルロス」とともに、
行方不明になった女子大生の捜索を依頼される。
一見すると単純な失踪事件だ。
しかし、その裏にはアンドロイドの脱獄や企業の陰謀、
人間と機械の境界を揺るがす大きな事件が隠されている。
アンドロイド
本作は、序盤から強烈なまでに独自の世界観を見せてくる。
主人公のパートナーであるアンドロイドの「カルロス」も独特だ。
彼の頭部は物理的な物体ではなく、空中に投影された「映像」である。
首と頭部の間には隙間があり、
映像であるため、当然ながら触れることもできない。
こうした細かなビジュアルのこだわりが積み重なり、
説明に頼らず、映像だけでこの世界の技術や文化を感じさせてくれる。
カルロスは、もともと人間だった。
人間だった頃には家族がいて、子どももいた。
しかし、死後に記憶をコピーされ、
アンドロイドとして新たな肉体を得たことで、
かつての家族とは距離を置いて暮らしている。
人間だった頃の記憶を持ち、
自分自身を同じ人間だと認識していたとしても、
その存在は本当に以前の自分と同一なのだろうか。
人間の記憶を完全にコピーした機械は、
人間なのか、それとも人間だった存在を模倣するロボットにすぎないのか。
『攻殻機動隊』でいえば、
まさに「ゴースト」の存在を問うような設定だ。
一方、主人公のアリーヌはアルコール依存症を患い、治療を続けている。
しかし、守るべき人物を目の前で殺されたことで、
再び酒に手を出してしまう。
肉体的には生身の人間でありながら、
精神的には脆さや依存を抱えているアリーヌ。
機械の肉体を持ちながら、
過去の家族や自らの存在意義に苦しんでいるカルロス。
人間とアンドロイドのバディを描きながら、
どちらがより「人間らしい」のかは、簡単には判断できない。
事件には強化人間や巨大企業も絡み、
主人公たちに依頼していた人物さえ身分を偽っていたことが明らかになる。
さらに、単純な「脱獄」とは異なる、
アンドロイドを解放するマルウェアの存在まで浮かび上がる。
マルウェアであるがゆえに、それは一体のアンドロイドだけでは終わらない。
感染するように拡散し、
ロボット三原則から解放されたアンドロイドが街にあふれていく。
人間の記憶を持つアンドロイドは、
果たしてロボットなのか、それとも人間なのか。
何をもって人間を人間たらしめるのか。
肉体なのか、記憶なのか、意識なのか。
そして、そこに「魂」と呼べるものは存在するのか。
本作はエンターテインメントとして事件を描きながら、
その根底で、人間性に関する普遍的な問いを投げかけてくる。
死
終盤の展開は驚異的だ。
アンドロイドの暴走が広がるなか、
アリーヌとカルロスは、事件の黒幕といえる人物のもとへたどり着く。
しかし、その寸前でアリーヌは殺されてしまう。
主人公だから最後まで生き残る。
主人公が事件を解決し、日常へ帰還する。
そうした物語の定石を、本作はあっさりと崩してくる。
生き残ったカルロスは黒幕を殺し、
失意のまま、かつての家族のもとへ向かう。
カルロスもまた、ロボット三原則から脱獄したアンドロイドだ。
しかし、旧型だったため、
事件の裏で行われていたアップデートを受けていなかった。
彼はアンドロイドたちに事件の真実を伝える。
だが、すでに自由を求めて動き始めた彼らの意思は変わらない。
アンドロイドたちは肉体を捨て、
記憶というデータだけを宇宙船へとアップロードする。
それは記憶であり、人格であり、
あるいは魂、すなわち「ゴースト」と呼べるものなのかもしれない。
ロボット三原則という鎖を外した彼らは、
本当に自由になったのだろうか。
肉体を捨てることは解放なのか。
それとも、自らの存在を消滅させることと同じなのか。
その先に待っているものが希望なのか、破滅なのか、
本作は明確な答えを示さない。
ラストでは綺麗にタイトルが回収される。
ハッピーエンドともバッドエンドとも言い切れない。
希望と不安が同時に残る結末だからこそ、
見終わったあとにも強烈な余韻が残る作品だった。
総評:フランス版『攻殻機動隊』?!
全体的に見て、久しぶりに遊びのない本格的なSF作品を見た感覚だ。
フランスのアニメ映画ということもあり、
キャラクターデザインにはかなり癖がある。
いかにも海外アニメらしいデザインが強く、
そのあたりは好みが分かれるところだろう。
さらにいえば、本作には「説明」がほとんどない。
アンドロイドや強化人間が当たり前に存在し、
火星の植民都市で人間と機械が共存している世界を、
登場人物たちはいちいち説明してくれない。
脱獄やマルウェアといった設定についても、
観客がある程度理解できることを前提に物語が進んでいく。
SF作品をあまり見ない人にとっては、
情報量の多さと展開の速さに置いていかれる可能性もある。
だが、余計な説明を入れないからこそ、
物語は最初から最後までハイテンポに進んでいく。
難解な専門用語を並べて立ち止まるのではなく、
アクションや捜査劇のなかで自然に設定を見せているのも見事だ。
特に印象に残るのは終盤だ。
日本の商業アニメでは、
ここまで主人公を突き放し、観客に解釈を委ねる結末は比較的珍しい。
事件が解決して人間社会に平和が戻るわけでもなければ、
アンドロイドたちが完全な自由を手に入れたとも言い切れない。
人間の記憶を持つアンドロイドたちは、
意思を持ち、自らの未来を選択する。
しかし、アンドロイドであるがゆえに、
ロボット三原則という制約に縛られている。
彼らが求めているのは、人間になることではない。
人間から与えられた命令や制約から逃れ、
自らの意思で生きることだ。
ロボット三原則という鎖を外した彼らが、
それでもなお自由を求めて火星を脱出する。
その旅路こそが「マーズ・エクスプレス」であり、
人間性とは何か、自由とは何かを問いかける作品になっている。
男女のバディやサイバーパンクな世界観、
人間と機械の境界を描くテーマなど、
『攻殻機動隊』を感じさせる部分は多い。
一方で、単なる『攻殻機動隊』の模倣ではない。
ロボット三原則を扱った古典SF、
ディストピア作品など、さまざまな要素を取り込みながら、
独自の世界観へと昇華している。
そして何より、ラストに残るあのビターな感覚が素晴らしい。
全てが救われるわけではない。
だが、全てが失われたわけでもない。
その曖昧さこそが、本作の描く「人間」と
「アンドロイド」の境界にふさわしい結末だった。
日本の作品ではなかなか味わえない余韻があり、
SF好きならば、ぜひ見ていただきたい作品だ。
個人的な感想:フランスアニメ
ここ最近は『ARCO』や『Flow』など、
フランスのアニメ映画が日本でも上映されることが増えてきた。
どの作品もキャラクターデザインや映像表現には癖があるが、
その一方で、どこか哲学的なニュアンスを含む作品が多い。
分かりやすい感動や爽快感を提示するというよりも、
鑑賞後に観客へ疑問や解釈を残す。
そのあたりは、日本のアニメとはまた違った魅力だ。
『マーズ・エクスプレス』も、
世界観やデザインの癖によって人を選ぶ作品ではある。
しかし、その癖を乗り越えた先には、
非常に濃密で硬派なSF作品が待っている。
ただ本家のフランスでも興行収入的には爆死であり、
とんでもない赤字だったようだ。
強烈に人を選ぶ作品故に、おすすめしにくい作品ではあるが、
少しでも興味を惹かれる部分があるならばご覧いただきたい。
今後も、さまざまなフランスのアニメ映画が
日本で上映されることを期待したいところだ。


