「約束のネバーランド」レビュー

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サスペンス
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評価 ★★★★☆(70点) 全12話

あらすじ 色々な孤児が集まる「孤児院」・グレイス=フィールド(GF)ハウスは、院のシスターで「ママ」と慕われるイザベラのもとで、血縁関係のない兄弟姉妹達が幸せに暮らしていた。引用- Wikipedia

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これぞジャンプ流プリズン・ブレイク

原作は週刊少年ジャンプで連載していた漫画作品。
監督は神戸守、制作はCloverWorks。
現在2期が放映中。

外を知らない子どもたち


画像引用元:約束のネバーランド 1話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

1話から不穏な空気が流れている。
孤児院で暮らす子どもたち、外と中を隔てる柵。
子どもたちは外の世界を知らずに育ち、首にはナンバーが掘られている。

朝6時の鐘の音とともに子どもたちは起床し、年長者に年少者の
面倒を見させ、全ての子供達の上の存在である「ママ」がいる。
彼女達にとって「ママ」の教えは絶対であり、信頼している存在だ。
いつか孤児院を出る日が来る、外の世界へのあこがれと希望に満ちている。

彼女達は幸せそうに暮らしている、なにかに怯えることも
不安になっている様子もない。日々の糧を味わい、勉学に励み、
心も体もすくすくと成長している。
その幸せに懐疑的なキャラクターも居る中で
それを見ている「視聴者」もそのキャラと同じく
彼女達の幸せそうな暮らしの中に潜む不穏な空気に背筋をぞっとさせられる。

明らかに彼女達は「管理」されている。
同じ服を着て、同じものを食べ、時間で管理され、
教育を受けている無垢なる子どもたちは何のために管理されているのか。

出荷


画像引用元:約束のネバーランド 1話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

彼女達は定期的に里親が現れ孤児院を出ている。
彼女達にとってはいつもの別れだ。しかし、その日だけはいつもと違った。
孤児院を出る幼い子の忘れ物を届けようと近づいてはいけない「門」に
主人公であるエマとノーマンは近づいてしまう。
真実を知るのは本当に些細なきっかけだ。

彼女達は知る、自分たちが「食料」であることに。
人を食う化け物が存在し、そんな化け物の「餌」として
彼女達は育てられている。里親の迎えなんて来ない、ただの出荷だ。
彼女達が信じ、大好きだった「ママ」も化け物側の人間であり、
彼女達が食べられる存在と分かって管理し育ている。

1話から衝撃的だ。その衝撃、物語の真実を1話から見せることで
強烈なインパクトを与えてくれる。恐怖を煽るBGMや演出もうまく、
2話では「時計の振り子」の視線という斬新なカメラワークも
見せつけてくれる。

そういった演出の妙もあり彼女達と同じく「息を呑む」ほどだ。真
実を知ったものの叫び、動揺、焦り、
キャラクターを演ずる声優さんの演技力も素晴らしく、
より彼女達に感情移入してしまう。

「もう家族を失うのは嫌だ」
「見つけるんだ、僕らが生き残る方法を」

子供である彼女達は子供だからこそ絶望せず希望を見出す。
鬼ごっこのように、鬼から逃げよう。

そんな彼女達の「画策」という希望を視聴者に見せつつ、
同時に「ママ」が子どもたちの怪しい行動に感づくシーンを
入れることで絶望も視聴者に見せる。
1話を見たら、すぐ2話を見たくなる引きのうまさは強烈だ。

笑って、エマ


画像引用元:約束のネバーランド 2話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

真実を知った主人公であるエマ。
まだ子供である彼女は思わず表情にでてしまう、
そんな彼女にノーマンは助言する。

ノーマンは冷静だ。エマと同じように真実を知り、
知ったがゆえに知略を巡らせ、
エマ以上に残酷だが現実的な思考ができる少年だ。
焦るエマに対しノーマンは彼女の味方として的確に助言をする。

「笑って、エマ」

そう、エマと自分が施設の真実を知っていることを
「ママ」に知られてはいけない。
いつもと同じ日常、同じ表情を浮かべ、
無垢なる子供を演じ続けなければならない。

真実を知っているからこそ思考する。
自分たちがなぜ出荷されていないのか、出荷されている順番の意図、
これまでの出荷の周期から残されている時間を考え、脱出の作戦を練る。

非常に丁寧なストーリー運びだ。
二人の会話が自然と世界観の設定とこれからのストーリーを感じさせる。
話が進めば進むほど練り上げられていく作戦、
だが、練り上げられていく作戦と同時に弊害も生まれてくる。

彼女達に埋め込まれている「発信機」、
真実を知った子供がいるということを知っている「ママの存在」。
施設に増える「大人」。
とくにママの存在は圧倒的だ。犯人を探すように子どもたちを見つめ、
試すように迫ってくる。

大人と子供の心理戦から生まれる緊迫感が
この作品の面白さの1つだ。

嫌だ


画像引用元:約束のネバーランド 2話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

協力者を得つつ「エマ」は全員で脱走しようとする、
全員で37人、大半が6歳未満の子供たちとともに
脱走する計画を練り上げていく。だが、現実的ではない。

ノーマンと、もうひとりの協力者である「レイ」は現実を見ている。
脱出するだけではない、未知の世界である外の世界で生きていくには
37人という人数も、6歳未満の子供たちにも難しい。
脱走する人間を選ばなければならないと考えている。
生きのこるために必要な、残酷だが現実的な選択だ。

しかし「エマ」という主人公はそんな選択を拒否する。
とても素直に、とてもまっすぐに。

「全滅は嫌だよ、でもおいていくっていう選択はない。
 もう誰もあんな姿にはしたくない、無いなら作ろうよ外に。 
 人間の生きる場所、変えようよ世界」

彼女は紛れもなく物語の主人公だ。
何処か無鉄砲で感情的で現実的でない考えをしている、
だが、「人を思う」彼女だからこそ主人公としての魅力がしっかりとあり、
そんな彼女だからこそノーマンもレイもついていく、
非現実的とも言える作戦を主人公がひっぱていく。

3人なら逃げられる、だが、それでは素直に笑えない。
37人全員で逃げて生き抜くことで素直に笑って生きることができる。
子供だからこその無鉄砲さに、見ている側もニヤニヤしてしまう。

内通者


画像引用元:約束のネバーランド 4話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

話が進んでくると「内通者」が現れる。
大人側にも、子供側にも現れる内通者。
敵のはずの大人、仲間のはずの子供の中にいる内通者がいるという
「疑心暗鬼」が心理的な抑圧を生む。
疑いたくはない、だが、疑わないといけない。

そんな中でもエマは内通者すら助けようとする。
相手が望まなくても、相手がたとえ内通者だったとしても、
自分たちが逃げることで内通者の命があやうくなる。
邪魔されても、甘いと言われても、彼女は家族を信じる。

「エマ」という主人公の魅力がきちんと感じられる。
自分の考えが甘いとは分かっている、だが、その甘さも自覚した上で
彼女は全員を助けようとする、だからこそ主人公として魅力であり、
その甘さにいらだちを感じたりはしない。甘ちゃんではあるものの、
彼女は決して馬鹿ではない。

そんな考えを持っていると「ノーマン」も分かっているからこそ、
彼女の代わりに冷静に現実を見つつも、内通者を見つけるものの
彼はエマの思想ともいうべき部分には従っている。
彼女を好きだからこそ、彼女に笑っていてほしいからこそ、
冷静ではあるものの冷酷にはならない。

足手まといじゃない


画像引用元:約束のネバーランド 6話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

物語の中盤になってくるとエマやノーマン、レイ以外にも真実が伝わる。
彼らはエマやノーマンやレイほど頭がいいわけでも
身体能力に長けているわけではない。
あくまで他の子供達より年長者だということだけだ。

天才と凡人、エマたちは能力の差や心の強さの差を
分かっているからこそあえて真実を濁していた。
仲間、協力者にしつつもエマたちは彼らを信頼しきっては居なかった。
それが相手にも伝わってしまう。それゆえに仲違いも生まれる。

しかし、彼らは友であり家族だ。
時には殴り合い、感情をぶつけ、本音でぶつかり合うことで
互いをより理解し、仲間としての絆も、
偽りではないより強固なものになる。

友情・努力・勝利


画像引用元:約束のネバーランド 4話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

この作品はどこかジャンプ原作アニメらしくない部分がある。
這い寄るような怖さを煽る演出と心理合戦、
いわゆるジャンプ作品原作アニメの王道とは違う。
この作品はドラゴンボールでもワンピースでも
ブリーチでもNARUTOでもない。

だが、ジャンプ三大原則はしっかりとある。
友情・努力・勝利。
餌でしか無かった子どもたちが友情を培い、
互いに努力をして勝利を掴む。

ジャンプらしくない雰囲気があふれる中で、
しっかりと根本にはジャンプ三大原則が秘められている。
毎話の引きのうまさはどこか海外ドラマのような要素があり、
本当に1話1話、次の話が気になって仕方なくなる所で終わっている。

諦めてちょうだい


画像引用元:約束のネバーランド 8話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

脱出の作戦が形をなしていき、作戦が決行直前という中で
「ママ」は彼女達に迫ってくる。
1クールの終盤、堂々と、何の演技もなくエマ達に彼女は言い放つ

「諦めてちょうだい」

彼女は紛れもなく子どもたちを愛している。
この世界の中で、この箱庭の中で、彼女の倫理の中では
理想的な幸福だ。子供が子供のまま、
子供として何も知らず幸せな一生を過ごし終える。

終盤の彼女の言葉に偽りはない。
愛しているという言葉も、抗うことを諦めてほしいという言葉も、
「大好きだから」苦しませたくないという言葉も何1つ偽りがない。
紛れもない本心からでてくる言葉だ。だからこそ強い。
エマたちにとっては悪でしかないが、彼女にとっては正義だ。

容赦なく彼女の足を折り、優しく抱きしめる。
「よくできました」と褒め、諦めてほしいからこそ現実を叩きつける。

諦めない


画像引用元:約束のネバーランド 10話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

だが決して彼女達は諦めない、骨を折られようとも、
心が折れなければいい、生きる術を、生き抜く手段を見つける。
誰も死なないため、みんなが生き残るために。
だが、それでも絶望はつきまとう。

希望の先に見えた絶望、そんな絶望を抱いているのにも関わらず
「笑顔」で仲間のもとに戻る「ノーマン」の表情は、
演出も相まってぞわぞわとして面白さを感じさせてくれる。
一体、この絶望からどう希望を見出すのか。

時に彼らは「自己犠牲」すらいとわない。
自分自身の命を大切に考えてくれる仲間の命を守るための自己犠牲だ。
確実な「死」が迫ってきているのに彼はその死へと自ら突き進む。

真実を知らなければ幸せだった、恐怖も感じなかった。
何も知らなければこんな思いはせずに人生をまっとうすることはなかった。
「ママ」の言った言葉が彼女達に痛く刺さってしまう。
諦めなさい、諦めればこんな思いはしなくて済むのだと。

叩き落された絶望から「甘い誘惑」も囁かれる。
他の仲間は死にエマだけが生き残れる手段。
エマ自身が「ママ」になるという選択肢。

それはありえないことだ。
「ママ」という立場の人間は確かに生き残れる。
だが、何年も何年も子どもたちに真実を隠し、
子どもたちを鬼の食料として育て続ける。

そんな選択をエマが取るはずはない。
犠牲になったもののためにも彼女には「諦める」という選択はない。
絶望の底に落ちたからこそ、そんな絶望的な状況を利用する。

どん底からの希望、絶望の中から掴んだ希望により浮かべる笑顔は
主人公とは思えないほど邪悪なものだ。
だが、それほどのことをしなければ抜け出すことは出来ない。

親離れ


画像引用元:約束のネバーランド 12話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

絶望の中でそれぞれの覚悟と決意がさらけ出される。
あるものは12年間溜め込んでいた「人間」としての行動をし、
あるものは自分の死を目の前にして「あと」を託し、
あるものは幼いながらも真実を「分かった上」で残る。
それぞれがそれぞれの立場でやれる最大限のことをする。

それぞれの親離れだ。だが、それは幼いほどに辛い。
「4歳」の少年にとってあまりにも残酷な事実だ。
家族の行動に幼いながらも違和感は感じていた、だけど、
幼いがゆえにずっと考えることしか出来なかった。
そんな彼が真実を知らされる。

自分が餌であること、ママのこと、
そして「真実」を知った上で彼は「残る」選択を取らねばならない事を。
4歳の子供の覚悟から見える彼の強さに涙腺を刺激されてしまう。

「エマ」が真実を知り、これまで様々な経験をしてきたからこその選択だ。
全員を助ける、それは自分たち以外ではなく別の場所にいる子供も、
残してきた幼い子たちもだ。そのために今はあえて残さなければならない。
家族を信じ、全てを明かし、みんなで協力したからこそたどり着ける。

家族という名の友情と知略と諦めない心という努力で
脱走という勝利を掴む。
最終話で見せる「ジャンプ三大原則」の黄金比のような脱走劇は
爽快感と感動に満ちている。

イザベラ


画像引用元:約束のネバーランド 12話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

本来彼女は憎むべき相手だ。
人間ではあるもののママとして子どもたちを育て鬼に食べさせるために
子どもたちを出荷している。
倫理的にも道徳的にも感情的にも「悪」だ。

しかし、彼女にも過去がある。
イザベラは何度もエマたちに告げていた「諦めなさい」と。
それは自分の経験からくる彼女なりの助言だ。

真実を知らなかった少女は「エマ」と同じように真実を知り、
脱走を試みようとした。だが、一人では壁を超えることは出来なかった。
だから諦めた。「ママ」となり子供を生み、
我が子すらも鬼に食われると分かった上で育ててきた。
彼女の人生は諦めの連続だった。

そうせざる得なかった、こうなるしか無かった。
「エマ」のようにはなれなかった。ただそれだけだ。
生き延びるために取った彼女の行動を誰も責められないはずだ。

だが、彼女とは違い「エマ」は諦めず、
彼女のなしえなかったことをやり遂げた。
彼女の負けだ、だからこそ、彼女は彼女達の「ママ」として
愛のある行動をし、彼女達を見送る。

彼女が子どもたちを愛していたのは真実だ。
彼女のバックボーンが最終話で描かれるからこそ、
彼女を単純な「悪役」とは思えず、彼女の決意に涙し、
彼女の見送りの言葉に深い深い、愛情を感じてしまう。

「願わくば、その先に光がありますように」

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総評:絶望の先にこそ希望がある


画像引用元:約束のネバーランド 12話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

全体的に見て秀逸なストーリーと演出の妙が光る作品だった。
1話からきっちりと引き込まれる世界観の種明かし、
そこからもがく子どもたちの絶望と希望の脱出劇、
そんな基本的に会話が多い作品なのにもかかわらず
きちんとアニメーションとして演出で魅せて居る作品だ。

BGMやカメラワークによって大人と子供の心理戦を盛り上げており、
そこに声優さんの演技が重なることでより緊張感が増している。
だからこそ一人一人のキャラクターの魅力をしっかりと感じることができ、
彼女達の脱出劇に目を離せなくなる。

1話1話の引きのうまさはストーリー構成の巧さも感じさせる。
毎話毎話きになるところでおわり、次の話が気になって仕方なくなり
貪るようにこの作品を味わってしまう。

どこかジャンプらしくない雰囲気はありつつも、
根本的な部分は「ジャンプ三大原則」に基づいており、
「エマ」という主人公はまさにジャンプの主人公にふさわしいキャラだ。
ときに感情的に動き、ときに無鉄砲。

しかし、そんなエマだからこそ周りの人間がついてくる。
そんなエマだからこそ導き出せた脱出作戦、
誰も犠牲にはしない彼女なりの答えが描かれるラストと
「ママ」のエピソードを同時に見せるのは秀逸としかいいようがない。

物語的にはこれからだ。脱出だけでは終わらない。
しかし1クールの1期として「脱出」という部分だけを
うまくまとめており、この作品における一章の部分を
きちんと魅力的に魅せている作品だった。

個人的な感想:光る演出


画像引用元:約束のネバーランド 11話より
©白井カイウ・出水ぽすか/集英社・約束のネバーランド製作委員会

ときおり、おぉっと思う演出がいくつかあり、
前述した振り子視線の演出や、まるでホラー映画のようなカメラワークなど
原作の漫画という媒体からアニメーションという媒体へ変換が
どこか実写映画的でもあり、それが光っている作品だった。

2期、シーズン2でどんな展開になるかはわからないものの
いろいろな意味で期待したい作品だ。
原作は週刊少年ジャンプで連載していた漫画作品。
監督は神戸守、制作はCloverWorks。
現在2期が放映中。

コメント

  1. *** より:

    2期はどういう評価するんだろう。いや荒れてるみたいだが…